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疲れた愛を置き去りに

作者: ユラカモマ

疲れたなあ。それは、普通休日のの昼下がり。テレビは今日もにぎやかに次の選挙の話や芸能人の浮気の話や天気予報や絶えず気ままに話し続けている。誰かがまだ雪の残る山で遭難した、というニュースを最後に京子はテレビを消し重たいスーツケースを持って1年ほど暮らしたその部屋の扉を閉め郵便受けにカギを入れてエレベーターで階下へ下った。外はまだ薄ら寒いがそれが今の京子には非常にすがすがしいものに思えた。しかし数歩歩いて住み慣れたマンションの自分の部屋であった窓を見上げるとぎゅっと胸の奥がしめつけられる。私、もうここには戻ってこないのかな…。自分で決めたことであった。しかし今ならまだ戻れると、まだ引き返せると思う。京子はもう一度かつての自分の部屋を見上げ、ゆっくりと瞬きをした後、すたすたと大通りに向かって歩き出した。

 京子がこうした理由はいたって簡単だ。きっかけというものすらない。ともすれば、春の陽気に当てられたとすらいえるかもしれないものだ。ただ、ほんの少しばかり疲れてしまったのだ。京子は思う。今年は、怒涛の一年だった。2年付き合ったつよしと結婚して、仕事先では昇進して、いいことがいっぱいあった。しかし、京子は思う。毎日毎日忙しくて誰かに言われるままにここまで来てしまったのではないの。剛のことは好きだしプロポーズされて嬉しかった。でも、結婚してから愛してるなんて言ってもらえなくなったし家事もほとんど手伝ってくれない。昇進してああ、自分も認めてもらえたんだと思った。だけど、実質はさえない上司の尻ぬぐいばかりで第一線であれやこれやとすぐに上司に叩き潰される企画を練っていた、前の仕事のほうが充実していたような気がする。

 大通りは平日とはいえいつもの通り少なくない人であふれている。明日からも仕事があるからそんなに遠くは行けないが、もう少しだけ歩いてみよう。そして、落ち着ける場所が決まったら仕事を辞めてもいいかもしれない。しばらく生活するぐらいの貯金はあるし以前より転職のハードルは下がっていると聞いた。転職するとしたらどんな仕事だろうか。まだ遠い先の話だが少なくても京子は今一歩ずつその未来へと近づいて行っていると確信していた。

 何の気なしに歩いていたが、気づけば懐かしい公園の横だった。剛と散歩したり喧嘩したり仲直りしたり今ではもう昔のことのようだ。…昔の、ことなんだ。どんよりとした重たくて黒い雲が胸の中に広がっていく。こんなことをしているのに剛の顔がちらつく。ごめんね、大好きだよ。大好き、大好き。何度も何度も心の中でつぶやく。心も足もずしずし重くなっていくがそれでも足は進み続けた。本当は仕事のことも大好きだった。少しばかり気苦労の多いところに飛ばされはしたけれど昔からあこがれていた仕事だったし少しでも会社や人のためになることをしているんだと思うと誇らしかった。大好き、大好き。ずっとそうやってその気持ちだけこの先もやっていけたらよかったのに。なんて意地悪な話だろう。大好きなだけではいさせてくれないんだね。大好きだからもっとやりたいようにさせて、もっと私を大事にしてって思ってしまう。そんなわがままな扱いづらい子誰も求めていないし、邪魔なのにね。私ですら。でも、その子は私だから、私と離れるわけにはいかなくて何度も何度もなだめすかしたけれどもう限界だった。ずしずしずしずしその子に背を押されて京子は見慣れた街を歩いていく。明日からもきっといつもと変わらない明日が続いていくのだろう。私以外の人たちには、きっと。


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