第七話 「どこにいっても旅人は生きづらい」
第七話 「どこにいっても旅人は生きづらい」
【坂本霞】
――――喧騒があたしたちを包む。
人々の声。商いの呼び声がそこかしこを飛び交い、往復する人の波は一様に活気づいている。アラベラという都市は、誰もが楽しげに日々を生きている、そんな印象を与えてくるところだった。
「ここが、アラベラ……!」
その活気に、あたしは目を見開いた。技術レベルとしては近代ヨーロッパくらいだろうが、魔法という技術があるから実際のところはもっと進んでいるかもしれない。しかしそうであったとしても、あたしたちがもといたような現代都市とは違って、軒下にはさまざまな屋台が常に並びさまざまな会話が飛び交っていた。
「地方都市だろうからともっと静かだと思っていたが、案外人が多いな……」
これならそれなりに情報も集められるかもしれない、と詩音が呟く。
カンデラリア王国はキングスコート領、そのいち都市・アラベラ。傭兵業をするにもまずは依頼を受けなければならないわけだが、どこで請け負ってくれるものか。そしてそれを探すにしてもまずは常道として、この街でのあたしたちの活動の拠点を決めなければならないというのは四人全員がすぐ考えたことだった。互いに視線を交わし合い、詩音が頷く。
「まずは、宿だな。ここだと目立つ」
全員が感じていたことだった。
とにかくまず、視線が集まる。その理由はと言えば一目瞭然で、単にあたしたちの格好と持っている武装が釣り合っていないためだった。明らかに普段着――――というか、戦闘にはどう見ても適していない服装であるのに、それぞれ腰に差したり背中に背負ったりしているものが物騒なのだった。詩音はいつも持っているケースの中に収めているからわからないとしても、特にたっくんなんかは大剣なので大変目立つ。非常に目立つ。これでもかというほど目立っていて一番視線を集めている。
凍華さんやあたしも、たっくんほどではないにしろ戦闘慣れなどしていないであろう女二人が剣と短杖を差しているというのは、どうにも違和感を生むのだろう。特にあたし。
というわけで、街を散策し始めてすぐ。石畳で舗装された大通りを進んでいると、ほどなくして宿屋を見つけることができた。奇異の視線を浴びながらも中に入り、代表者として詩音が主と思しき女将に話しかける。
どうやら一階は酒場、というか食堂になっているようだった。カウンターに女将がいるその奥に厨房があり、部屋は階上にあるようだ。……あまり目立つようなことをしないほうが良いのはわかっているが、それでも物珍しさに対する好奇心を抑えることはできそうになかった。世界史の教科書には載っていないような、普通の人が暮らしていた普通の生活、その舞台である普通の建物。海外旅行でもしなければ一生見ることのできないような、あたしたちの『普通』とはかけ離れた文化。それらにいちいち視線を巡らせていれば、凍華さんが「霞」と小さな声であたしを呼んだ。
「詩音が部屋とれたって。あんまりお金もないから、一部屋やけど」
「わかった。あとなんだっけ、その、依頼を受けるための窓口? 的なものはあるの?」
「王商連、とやらに行けだとよ。詳しいことは詩音さんが道すがらで話してくれる」
たっくんの補足。詩音は二階にあがることはせず、鍵を受け取ってすぐ玄関の方へと引き返していく。それについていけば、詩音は外に出ながらこちらを振り返って、
「休むのはあとだ。いったん座ったらもう動けなくなりそうだからな、先に行くところにだけ行ってしまおう」
それには賛成だった。慣れない土地を徒歩で行ったおかげで既に足はぱんぱんで、お風呂にも入れていないがためにそこそこ疲労度は蓄積したまま。この状態で一度ベッドに落ち着いてしまったらそのまま倒れ込んで夢すら見ないほどに爆睡しかねない、詩音の判断は的確にして最善手だった。
「(……夢……?)」
そういえば、夢。仮の宿としたあの洞窟の中、浅い眠りの中――――見たような、見なかったような。
払暁、黎明――――始まり、兆し。そんな言葉が不意に脳裏をよぎって、しかしそれ以上のことが浮かび上がることはなく、あたしは小さく首を傾げた。もともとあたしの睡眠は深いほうで、夢を覚えていることのほうが珍しい。その覚えている夢にしたって起きて数時間もすればぼんやりとしてもうほとんど記憶から過ぎ去るというのに、なぜだかこの言葉の羅列だけは脳に残って離れなかった。
「どうした霞」
うーん、と首を捻っていればたっくんがあたしの顔を覗き込んできた。しかしあたし本人にすら概要もつかめないほど朧げな記憶を説明するのは至難の業で、悩んだ挙句結局あたしは「なんでもないよ」とごまかすに留まった。
まあ、しょせん夢だ。異世界にきたものだから、それに引きずられてよくわからない夢を見たに違いない。重要なことであれば、きっといずれ思い出すことだろう。多分。
「これから俺たちが向かうのはカンデラリア王国商人連合組合――――略して王商連だ。そこがどうやらこの王国の経済の元締めで、様々な依頼の仲介所としての役割も負っているんだとさ。真っ当な商人ならまずそこに登録するし、逆に言えばそこに名簿がない商人は必ずどこかがキナくさい。上から下まで広く門戸を開いていて、傭兵の登録もそこが請け負ってるんだと」
なんというかまあ、ようは商売に関わることを広く手掛けているところらしい。あたしの理解力ではその程度の納得で精いっぱいで、まあそれでも詩音や凍華さんがどうにかしてくれるだろうという楽観からふんふんと頷くだけだった。ちなみにたっくんについては理解力という点についてはおそらくあたしと同程度だろうと思っているので、あまり期待はしていない。実際なんだか理解を放り投げたかのような清々しい顔で相槌を打っているし。
「……若干不安だが……まあ、なんとかなるだろう。問題はこの世界においては全くもって根無し草、身元の証明ができるものを持っていない点だが……」
「そこらへんも、王商連にいったらなんとかなるんちゃう? ならんくても、何をもって証明とすればええのかくらいは教えてくれるやろ」
「……お前も大概楽観だな、狐塚」
「そう?」
凍華さんが相変わらずの表情でこてんと首を傾げる。この人はこの人で案外抜けているところ、というかたまに天然をやらかすとかいう可愛いお姉さんなので、詩音のぼやきは半分くらい当たっていることになる。多分この中で一番しっかりしているのは詩音だろうと思いつつ、その詩音も結局は「まあ、なんとかなるか」というところに落ち着いているから、やはり似た者同士のパーティなのだろう。単に諦めただけかもしれないが。
そんなわけで、場所は移って王商連。街中にどんと建っている、一際存在感を放つ大きな洋館だった。ひっきりなしに商人と思しき身なりの整った人々が玄関口を行き来していて、正直言ってあたしたちのようなあまりにも軽装な人間が入っても良いものか逡巡したものの、詩音はほとんど怯んだ様子もなくいつも通りの無表情でつかつかと扉へと向かっていく。こういうところ度胸あるよなあうちの従兄はと思いながら三人揃ってその後ろについていけば、中の受付と思しきフロアにはそこそこ人がいたものの、タイミング良く空いている受付を見つけることができた。受付のお姉さんはにっこりと微笑んで曰く、
「ようこそ、こちらはカンデラリア王商連アラベラ支部です。本日はどのようなご用件でしょうか」
「傭兵としての登録をしたいんですが。ここで受け付けてもらえるでしょうか」
傭兵、とお姉さんは呟く。詩音の後ろにいるたっくん、凍華さん、そしてあたしをさっと眺めたものの、決して怪しむような視線を送ることはなく、お姉さんは申し訳なさそうな顔で続けた。
「申し訳ありません。傭兵としての登録を行うためには、身元を保証し、万一の時の責任を取っていただくためのスポンサーの紹介状が必要でして。それがない場合本登録ではなく仮登録という扱いになり、本当に簡単で単純な討伐依頼などしか斡旋できない決まりになっており……」
はっとなった。スポンサー。なるほどようは、命を張ってお金を稼ぐ人間たちのバックアップ役であり出資役であり――――そして何より、狼藉を働いた際に頭を下げる役というわけだろう。傭兵などという危険な職をするからには、それなりに気性の荒い人間も多く集まろう。そういった人間に依頼を任せ、その結果護衛するはずの人間が強奪する側の人間に変わったりしないなどという保証はどこにもない。きっとそうならないための予防策かつ次善策として、「後始末係」が必要なのだ。
という思考は、あたしが回す前に詩音が既に行っていたものらしく。彼は特に落胆した様子もなく、「そうですか」とあっさりと引き下がった。
「案の定だな。それにしても紹介状か……それなりに社会的地位を持つお偉いさんなら、まあ誰でもいいってことなんだろうが」
「問題は、そもそものツテがないってことだよね……」
普通に生きていたってそんな大層な人とのつながりなんて持てないものなのに、まだここに来て日の浅い、振る舞い方も把握しきれていないあたしたちが持っているはずもなかった。詩音は受付のお姉さんに「出直します」と伝え、とりあえず出よう、とあたしたちに向け小さく手を振る。
「となると、先にその手紙の方から処理したほうがいいかもしれんね。市議会堂やったっけ、詩音」
「ああ。あのデカイ建物だな」
その後あたしたちは市議会堂――――王商連の建物よりもいくらか大きい、街の中心らしい広場の前に立つ洋館だった――――にも向かったのだが、案の定そこでもスポンサーの紹介状が必要ということで面会を断られてしまった。
やはりどこにいっても旅人は生きづらい。それを痛感せざるを得なかった。実際あたしたちの場合街どころか世界すら飛び越えてしまっているわけで、ゆえにこそどうしたものかと頭を抱えるハメになっているのだった。市議会堂から外に出て相談タイム。
「で、断られまくったわけっすけど……」
「まあ、そうだな。本当に案の定ってわけだ。当面の日銭はその簡単な討伐依頼ってのをこなしていくくらいしかなさそうだが……まずは」
くぅう。
「……あう」
詩音が言葉を切ったところで、ちょうどいいタイミングであたしのお腹が鳴いたのだった。大人たちの視線がじーっとあたしに集まる。いたたまれなくなって視線を逸らせば、力の抜けた顔で「まずは、飯だな」と詩音が僅かに相貌を崩した。たっくんと凍華さんも相槌を打ち、あたしもそれにつられてつい笑ってしまうのだった。
前途多難、されど腹が減っては戦はできぬ。それは異世界であろうと変わりのない事実で、しかしまあとりあえずは前向きに堪能しようという気持ちで、あたしたちは昼下がりのアラベラの街へとくりだすのだった。
第七話 了