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ゆかり荘異世界征服記  作者: 聖木澄子
第一部
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第五話 「下の名前で呼んでくれた」

第五話 「下の名前で呼んでくれた」


【坂本霞】


 さて。

「――――作戦、というほどのものでもないが。とにかく、話した通りだ」

 場所は最初あたしたちが落とされた森、その入り口のあたりである。

 初戦らしい初戦を目前に、いくらか緊張した面持ちのたっくんと凍華さんが無言で頷く。その手にはそれぞれその背丈ほどもある大剣と、反面すらりとした細身の刃が特徴的なエストックがあった。どちらも初めて持つ『武器』、何かを殺すためのものというのに戸惑いはあるようだが、それでも「試合」「ゲーム」という一般人とは隔絶された至高の世界にしばしば身を置くアスリートだからだろうか、二人に浮足立った様子はあまり見られなかった。落ち着かないのはどちらかというと、あたしのほうかもしれない。

 手にした短杖を握り直す。自前の銃とは別に老人の武器庫で見つけたらしい長銃を片手に話す詩音の話もそこそこに、あたしは僅かな不安と高揚が心を覆うのを感じていた。

 非日常に赴くという、高鳴り。それと同時に「またうまく魔法を扱えるだろうか」「みんなの足を引っ張らないだろうか」「もし間違えて当ててしまったら」そんな危惧がむくむくと頭をもたげ、あたしはみんなに気付かれないように一瞬だけぎゅっと目をつむる。

「岡本と狐塚が前衛。俺や坂本の射線に入るな――――とまでは流石に要求はしない。ほとんど土壇場だしな。二人はとにかく、ワーウルフの足止め。俺や坂本が狙いをつけやすいよう、アイツらの動きを止めてくれればそれで良い」

 まあ叩き斬るなとは言わないが、と付け足し。詩音の視線が次いであたしを捉え、

「お前はとにかく、バカスカ撃ち過ぎるな。待て。お前に堪え性のないのは知ってるが今は……坂本?」

「あっ、うん。分かってる。撃ちまくったら、昨日みたいに狙われるかもしれない――――そうでしょ?」

 そうだ、と特に揺らいだ様子もない、いつも通りの詩音が平然と頷く。危ない、内心の不安を、落ち着かなさを悟られるところだった。

 三人には、心配をかけたくなかった。あたしよりも年上で、大人とはいえ、こんなわけのわからない場所に放り出されて全く大丈夫ということもあり得まい。だから余計な懸念事項は増やしたくなかったのだ。それが、あたしが足を引っ張らないでいられる少ない方法のひとつだろうから。

「大丈夫、どうにかするよ。たっくんたちには当てない。狙って、撃つ。うん、できるから」

 意図してにっこりと笑みを作る。それと反比例するように内心の薄暗いそれは大きくなっていくが、封じ込めるようにあたしはぎゅっと杖を握った。

「……分かった。行こう」

 たっくんを先頭に。凍華さんが続き、あたし、詩音。天気は快晴、外的な不安要素はおよそ無し。そして因縁の場所、例の開けた空き地に足を踏み入れた瞬間。



『GRY……ッ』



 ――――現れた。

 しかも今度は、二匹増えて四匹で。


「嘘だろおい……ッ」

「なんで、増えてんのやろね……」

 誤算も誤算、大誤算だった。もともと群れとしては五匹だったらしい、と発覚して冷や汗が背を伝い落ちた。

 歯を剥き出しにした異形たちは、一様に滲み出るような殺意を迸らせている。それは果たして仲間を殺されたがための恨み辛みによるものなのか、それとも純粋な捕食の本能によるものなのか――――それは判断がつかない。しかしただ一つ理解できるのは、この彼我の戦力差においては最早付け焼刃の戦略など意味はなく――――

「結局殴り合いってわけかよッ!」

 たっくんが飛び出す。先手必勝、あたしの背ほどもある大剣を両手で握り、たっくんは驚異的な膂力で持って振り回してのけた。普段やらかした時にあたしが落とされる拳骨などとは比較にならない暴力を、しかし異形はその素早い身のこなしで難なく後ろへと避ける。

 しかしそれでは終わらない。凍華さんがすかさず切り込み、まだどこか覚束なさが残るもののそれでも初陣にしてはしっかりとした手つきで斬り、突き、素早い動きで着実にダメージを刻んでいく。

「! たっくん危ないっ!」

 たっくんの背後、迫る二匹の異形の姿。あたしは反射的に杖を振り上げ、心を覆う暗雲を振り払うように沸き起こる衝動をそのまま口に出さんと息を吸った。

 あの時と同じように。閉じ込められた蒸気が、熱があたしの中で渦を巻く。まるで何かが導くかのように、されど自分の意志に一歩たりともずれることなく、それはあたしの体から炎という形でこの世界に顕現する。

「<炎羽>――――」

 小さな炎の羽が、あたしの背中に現れるのを感じる。せいぜいが孵化したての小鳥といった程度、しかしそれでも力の萌しであり生の兆しであることには相違なく、そして何よりも、目の前の脅威を打ち払うにはそれで十二分であるということを本能が理解し。

「<華筵封神かえんほうじん>一式ッ、――――火雨ひさめッ!!」

 高らかに呼べば、あの時も現れた炎の矢が、今度は二本瞬時にふわりと浮かび上がる。火矢に使われた分だけ炎の羽が一瞬だけ小さくなり、しかしなお完全に消えることはなく再び盛り返しては轟と大気を、魔力を吸って大きくなった。

 杖を勢いよく振り下ろす。あたしの合図によって撃ち出されたそれらは、それぞれがたっくんへと向かいつつあった異形の背へとぶつかり、その動きを止めて弾け去る。

 そしてぎろり、と異形の二対の濁った瞳があたしを振り返った。今覚えた高揚も一瞬で冷め、その「死」の具現に対する恐怖に足がびくんと竦みそうになった――――その時。



「うちらの可愛い妹、そないな汚い目で見ぃひんといて――――いくで、“スラッシュ”ッ!」


 凛、と。



 冷ややかな声があたしの恐怖を打ち破り、そして更には異形さえも打ち破りせしめる。

 辺りに漂っていた炎の残滓を打ち払うかのように、瞬時にひやりとした冷気が場に渦巻いた。その瞬間、凍華さんが反転し際に放った斬撃が二体共に直撃し――――ひゅぅ、と風鳴りと共に霧が剣閃と化して斬撃の軌道を追う。

 それはさながら氷星。全てを凍らせる凍てつきの息吹が、剣となり斬撃という形を通じて異形を切り裂く。

『『GYYYYYッ!!』』

 背後からまともに直撃を受けた二体の異形が、断末魔と思しき憎々しげな悲鳴をあげて倒れ込み――――どう、という音を立てる前に、前回の如く塵となって崩れていった。

「はぁっ……!」

「らぁあああッ!」

 凍華さんの華麗な剣戟とは裏腹、気合の入った咆哮が森に轟く。もちろん上げたのはたっくん以外にはいないわけで。

 たっくんはその大剣を上手く操って最初の一体と戦っていた。大きな刀身を時には盾として活用しつつ、持ち前の足捌きと腕力でどちらかといえば鈍器の如く大剣を操っているその姿は、紛れもなく普段では見られない「戦士」「闘士」としての彼の姿だった。異形の爪牙を避けたかと思えば、続くたっくんの大振りの一撃が異形の腹に諸に入る。刃の勢いはそれだけに留まらず、

「おおおおおおッ!!!!!」

『GYyYッ……!!』

 一段と腹に響く裂帛を上げ、彼はそのまま大剣を振り切った。異形の腹が裂かれ、その端から塵となって消えていく。これで、三匹。――――まだ、三匹?

 怯むことなく立ち向かう彼のその姿に、見入っていたからだろうか。


 最後の一体がいつの間にかあたしの背後に回っていたことに、ぎりぎりまで気づくことができなかった。


 慌てて振り返るが――――遅い。どうしようもなく遅いということが、理解できてしまっていた。

「しまッ、」

 視界の端に、その凶爪がぎらりと鈍い光を放つのが見えた。嗚呼、足だけは引っ張らないようにしようと思っていたのに。

 二度目の、死の匂い。つんと鼻腔を突くようなそれが間近に迫り、しかし足掻くだけでもと振り上げかけた杖も空しく



 ――――たぁんっ!



『GRYッ……!?』

 爪があたしの首筋を掻き切らんとした、まさしくその時。

 ――――銃声だった。しかもそれは単発ではなく、断続的に「弾」、「弾」と響き、そしてそれが森の中にこだまするたびに異形がよろめく。

 誰がやったのかなど、銃声の持ち主が誰かなど、確認するまでもなく明白だった。あたしたちの中に、随一の銃使いはといえばたった一人しかいない。いつだって冷静で表情の変わらない、しかしとっつきにくいようで案外に面倒見の良いところもないではないあたしの従兄。


「霞ッ!」


 発破。ああ、久々に下の名前で呼んでくれた。

 そんな場合でもないのに、口元がつい笑みの形に歪んでしまう。再会してからというものの、全然呼んではくれなかったから。



「<炎羽>二式ッ――――花霰はなあられッ!!」



 振り上げかけた杖を、勢いよく振り下ろす。

 上げた声と共に背の羽が勢い良く燃え上がり、同時に異形の頭上に紋様が現れる。それは世界でただ一つ、あたしのみが持ち得る理にして術の象徴、そしてこれより引き起こされる撃滅の炎の前触れ。

 陣より生じた緩やかな熱気が四方六方に散らばり、魔力と絡み合ってまた陣へと収束する。瞬く間に引き起こされるそれらの流れを肌で感じれば、陣より現れ出でるは小さな火球の軍勢。



 轟ッ!!



 獰猛な声をあげて火球が異形へと降り注ぐ。それはさながら小隕石の如く異形の身体のあちこちを打ち据え、だけに留まらず止め処ない爆発を引き起こしてはまるで花の如く火花を舞い散らせる。

『y……YYYYyyYYYYyyYYyYッ!!!!!!!!』

 絶叫が、間近で響く。されどあたしが臆することはもうなく、トドメとばかりに、

 弾ッ

 一発が異形の脳を撃ち抜き――――ふらりと、その体から力を喪わせては、塵となって消えていった。

「……はぁっ」

 今回は、腰が抜けて座り込むなどということは、しなかった。耐性がついていたからかもしれない。などとぼんやり考えていれば、「坂本」と詩音がいつの間にやら傍に来ていた。

「ありがと、詩音。っていうかどこいたの、全く気付かなかったんだけど……」

「ああ。そういうものらしいな、俺の能力は。気付かず忍んで、隠れて撃つ。お前らが盛大に引き付けてくれたから、やりやすかった」

 あたしたちを囮にしたようなものだということをしれっと言う。しかしまあ結果オーライというか、助けてもらったのだから文句は言わないこととする。

 たっくんと凍華さんも合流し、皆で一息つく。――――こうして初めての戦闘らしい戦闘は、それなりに満足のいくものとして終わったのだった。




第五話 了

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