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ゆかり荘異世界征服記  作者: 聖木澄子
第一部
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第一話 「蒸気の溜まった器に、封をしているような」

第一話 「蒸気の溜まった器に、封をしているような」


【坂本霞】


「……、ちょっと待って……」

 かろうじて絞り出した言葉より先は、流石に告げることができなかった。

 一変した風景に思考がフリーズする。目の前の景色をうまく読み込むことができない。

 ちょっと待て、ちょっと待てこれは。なんだってあたしたちの前には生き生きと生い茂る木々と草っぱら、頭上にはオーストラリアでしか見たことのない視界一杯の抜けるような青空が広がっているんだ。百歩譲って、百歩譲ったとしてだ。ここがあたしたちが慣れ親しんだ愛すべき排ガスの街、日の本が誇る大都市・東京でないことだけは――――かろうじて、かろうじて理解できる。したくもなかったが。

 では、東京でなければ一体どこだというのか。その答えを求めるように周囲をぐるりと見渡せば、これまた見慣れたはずの彼らに激しい違和感を覚えた。

「……? なんだよ霞、そんなにまじまじと見て、……!?」

 真っ先に視線がかちあった岡本拓海、たっくんは何故か髪が黒に近い緑色に、瞳が鮮やかな赤になっていたし、

「!? お前らなんでそんな……」

 巡らす前にこちらを見ていたらしい相馬詩音、詩音は日光にきらきらと輝く白銀の髪に果実のような薄橙色の瞳になっていたし、

「なんだか頭がおもいな……」

 不思議そうに首を傾げる狐塚凍華、凍華さんに至っては髪の長ささえ一変して、流れるような銀の長髪に透き通るような青色の瞳になっていた。

「なんでそんなみんな、髪も、瞳も……」

 呟いた言葉に返されたのは、


「霞、……お前も変わってるぞ」

「……え?」


 慌ててポーチから手鏡を取り出す。そこに映っていたのは、



 桃色の髪をサイドテールに結わえた、紅の瞳の少女だった。



「は、……」

 いやあの。


「えええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」


 ――――どうやらあたしたち四人は、東京とは全く異なる土地に来てしまったらしい。そういう結論が出たのは、あたしの絶叫から五分後のことだった。

 どんな方法を用いたのか、一体何処の馬鹿野郎がこんなことをしやがったのか、直前まで十一人全員いたはずなのに何故この四人だけなのか、そもそもここは一体何処なのか。様々疑問はあれど、まずはここから動かねばなるまい。というのが結論だった。

 今あたしたちがいるこの場所は、どうやら森の合間、たまたま木の生えていない小さな草原のようだった。冬の日の木漏れ日のような、ともすれば猫が昼寝でも始めそうなほど暖かな日差しが降り注ぐこの場所は、腰を据えての会議に相応しいとはお世辞にも言えなかった。それこそ猫の如く昼寝するには良い場所だろう、しかし今あたしたちが欲しているのは睡眠などではなく、現在の状況を把握するための十二分の情報だった。

「とにかく、森の外に出よう。こんなところじゃ落ち着いて話もできない」

 詩音の言葉にうん、と頷いて立ち上がりつつ、ふといつもの癖で自分のスマホを見やる。

「……やっぱ、やっぱちょっと待って」

「? どうしたんや」

 凍華さんが唐突に伸びた髪を鬱陶しげに振り払い、スマホを凝視したまま硬直するあたしの手元をひょいと覗き込む。するとその瞳が見る間に大きくなり、「拓海、詩音」と二人を呼んだ。呼び寄せられるままに近付いてきた二人もそれに倣えば、思い思いの表情を作る。即ちたっくんは困惑、詩音は怪訝。

「……時計の表示が狂ってるし……電波も立ってない。それに坂本お前、こんなアプリ入れてたか?」

 本来なら四桁の数字が表示されているべき場所にはただただ空白のみがあり、その左に目を移せば「圏外」の表示。それだけならばバグだと思っただろう、しかし圧倒的な違和感を誇るのは、様々なゲームアプリの隣にある<情報>などというあまりにも風変わりなアプリだった。色とりどりのキャラクターたちが遊ぶ画面の中に、それだけ唯一真っ青で見慣れないアイコンがあるのは場違いにもほどがある。

「ううん、入れたことなんて……とりあえず、見てみよっか」

 幸いにして充電自体はだいぶ残っている。開いてみれば、圏外にも関わらず「読み込み中」の文字が流れた後、ぱっと画面が切り替わった。

 ダークブルーの背景に白を基調としたメニュー欄。リストに載っていたのは、上から「名簿」「地図」「共有」の四つだった。試しに「名簿」を押してみる。

「あっこれ……」

「……ゆかり荘の、面々やね」

 凍華さんが頷く。言う通り、画面には合計で十一個の名前が並んでいた。

 一潟満之。

 岡本拓海。

 雨宮雪路。

 兎川唯人。

 千代川兼。

 槻弓鈴明。

 時嗣優羽。

 月ノ宮流沙。

 狐塚凍華。

 相馬詩音。

 そして、坂本霞。

 よく見ればそれぞれの名前はタップでタブをおろせるようだった。自分の名前を押せば、「現在地」「能力」という二つの項目が下りる。

「現在地は――――キングスコート・アラベラ西。能力は――――<炎羽えんば>?」

 たっくんが復唱する。聞き慣れない地名に、いまいち掴めない能力という項目。そしてその<炎羽>の下には、更に簡潔ながら説明らしきものも添えられていた。

「『<炎羽>』――――『<炎界えんかいの祝い>。炎の魔法を操る能力。<魔法の才能>。理論ではなく本能で魔法を扱う才能』……ん~?」

 三人が揃って首を傾げる。何を言っているのかよく分からないだろうが、言っているあたしにだってもちろん分からない。少なくとも理解できたのは、誰にだかわからないがともかく馬鹿にされているということだけだ。なんだ本能って、まるで人が何も考えず生きているような表現じゃないか。まあ実際そんなもんだけど。

 絶妙な具合に生態を言い当てられていてあたしとしては地味に不服なのだが、まあそれはこの重大な状況の前においては些末なことだろう。いくらなんでもこんな理解不能な案件を前にして私事を持ってくるほど子供ではない。

「坂本、お前体にどこか変なところはないか? どこか痛むとか、何か違和感があるとか」

 詩音が深刻そうな顔で見てくる。変なところといわれても、あたし自身は非常に健康体だ。今年はまだ風邪の一つもひいていないし、目立ったケガだってしていない。強いて言えば、

「……なんか、もやもやする。そんな感じ」

「もやもやする? どこらへんが、や?」

「なんかこう、なんとなく……言葉に表しきれないの。体のどこか一部分がって感じじゃなくて。例えるなら、そう……蒸気の溜まった器に、封をしているような」

 またも首を傾げる詩音とたっくん。しかしあたしに訊ねた凍華さんだけは二度目の怪訝を表に出すことはなく、少し考え込んだのち、「……うちもや」とぽつりと呟いた。

「姐さんもっすか」

「うん。うちも、なんだろう、そう確かに『もやもや』、って感じ。……霞がいったこと以上に、適切な表現が思いつかないんや」

 そう告げ、凍華さんはたっくんにこくりと頷く。頷かれたたっくんはといえば全く掴めないようで首を傾げっぱなしだったが、詩音はといえばおもむろに彼自身のスマホを取り出し、中身を見て――――「やっぱりか」と零した。

「? やっぱり、って?」

「俺のスマホにも、その<情報>ってアプリが入ってた。ほとんど中身は同じらしい」

 ほら、と彼のスマホの画面があたしのスマホに並んで映される。それは同じようにダークブルーの背景に白を基調としたシンプルなメニュー画面で、更に項目自体も「名簿」「地図」「共有」と同様。

「詩音さんのほうには、詩音さんの能力が乗ってたりするんすかね」

 失礼します、と。言いつつたっくんが詩音のスマホに触れ、名簿、相馬詩音、の順にタブを開いていく。

「……能力は<隠密>。<隠蔽>、魔力の大半を使って全身に薄い膜を張り風景と同化する能力。<第六感>、『何となく』で何かを察知する能力」

 大雑把かよ、と詩音がごちる。そしてたっくんと凍華さんも続くようにして各々スマホを取り出し、四人で顔を突き合わせるようにしてそれぞれのアプリの内容を確認したところ、以下のようになった。

 坂本霞。<炎羽>――――<炎界の祝い>、<魔法の才能>。

 相馬詩音。<隠密>――――<隠蔽>、<第六感>。

 岡本拓海。<暴力>――――<筋力>、<威圧>。

 狐塚凍華。<氷花>――――<氷界ひょうかいの呪い>、<魔法の勉学>。

 現在地はいずれも「キングスコート・アラベラ西」。

 じわじわと、実感――――予感があたしたちの足元に忍び寄る。即ちここは、あたしたちが元いた愛すべき日本ではない――――どころか、世界線すら違うかもしれないということが。

 キングスコートとかアラベラとかいうのは、察するに国名か街名、そんなところだろう。世界は広い、もしかすればあたしたちが聞いたことさえないそんな場所があるのかもしれない。しかしそんな名さえ知らない場所に旅行でもなしに吹っ飛ばされた理由もわからないし、<情報>などという意味不明なアプリがスマホに勝手にインストールされている説明にだってもちろんなるはずがない。

 であるとするならば。

 百歩、いや、千歩譲って。

 能力だとかそんなのも、本当だとして。



 あたしたちは、――――異世界に飛ばされた。



 そんな風に結論付けた方が良いんじゃないか、と。

 冷や汗が背を伝う。視線が一瞬で交錯する。相手の思考が己と同じであることを窺うかのような赤、薄橙、青、そして紅色が静寂の中を駆け抜け――――そしてそれは、唐突に破られた。


 ガササッ


 四人共が、弾かれたように音の方を見やる。後に思えばその時から既にあたしたちの適応は始まっていたのかもしれない。それとももしくは、生存本能ともいうべき勘が懸念の全てを上回ったか。

 そうして現れた多数の影に、あたしたちは目を見開くことしかできなかった。


『GRRY……』


 一言で言えば、狼の群れ。落ち窪み濁った黄色の瞳はぎらぎらと飢えに輝いていて、背にたなびく一筋の鬣は炎が燃え盛るかのように禍々しかった。開けっ放しの口からは赤々とした舌が鋭利な牙と共に覗き、悪臭を漂わせる涎が地面に滴っては跡を作る。しかしそれよりなにより一番の問題は、――――その三匹の狼が、一様に直立を可能としていることだった。

 ああ、願わくば夢であって欲しい。悪夢を見たと飛び起きてみれば、満さんや鈴さん、雪さんがいつものように朝の共有スペースで寛いでいて、厨房からはるっさんが料理している音が聞こえる、そんな他愛もない日常が待っていると。

 しかしそれはどうにも期待できそうにない。逃避に浸るには、目の前の状況はあまりにも現実に過ぎ――――なかなかに、絶望だった。

 どちらも動かず、均衡が、緊張が続く。それを破るのは――――どちらか。




第一話 了

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