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ゆかり荘異世界征服記  作者: 聖木澄子
第一部
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第九話 「君は君にしかできないこと」

第九話 「君は君にしかできないこと」


【坂本霞】


 ――――――――蹂躙せんと迫る嵐に対して、ぎりぎりで絞り出された生存本能の声。

 そしてそれらは合わさって、反逆の火蓋は切って落とされる。


「らァアッ!!」

 雄叫びと共に先陣を切ったのは、たっくんだった。


 異形――――サイクロプスの黄色く濁った眼がじろりとたっくんを捉える。目の前の獲物を圧殺せんとばかりに向けられる威圧を一身に受けても、その背中は決して退くことはなく泰然と構えた。

 たっくんが前に向かって地を蹴ると同時にあたし、詩音、凍華さんも動き出す。特に事前に示し合わせたわけではない、強いて言うならばここまでに繰り返されてきた幾度かの戦闘の経験が、ようやく芽吹き始めたといったところだろう。あたしがたっくんとは対照的に後ろへと下がり、背に<炎羽>を展開させる。詩音はあたしよりも後方へ、森の木々に紛れるようにして姿を隠す。凍華さんは、その手にあるエストックを華麗に降り抜きながらたっくんのカバーをするために巨体の右側面へと回り込む。

「おらァアッ!!」

 発破と共に大剣が振り抜かれ、刃はサイクロプスの胴へと吸い込まれる。勢いのままに叩き斬るかに思えた。

 ガリッ、ギィンッ!

『GRYYYYッ……』

「! ちぃっ!」

 何かが削れるような音と共に、刃は異形が上げた右腕を上滑りする。どうやら体重を乗せたたっくんの大剣の一撃でさえも砕けないほど、あの氷は強固なものらしかった。弾かれ、たっくんは体制を持ち直したものの――――僅かに揺らぐその体躯に、異形の棍棒が振りかぶられる。

「<華筵封神・一式/火雨>ッ!」

 しかしそれより、あたしが短杖を振りかぶるほうが早い。呼ばう声に応じて火の矢が宙に浮かび上がり、「轟ッ!」と逆巻いてはその左腕を打ち据え弾いた。

 巨体の唸る声が木々を震わす。それを振り払い打ち消すように、更には凛とした声が重なって。

「アイスバレットッ!」

 凍華さんが剣を振れば、現れた氷の礫がそれに従うように薄緑色の異形へと殺到する。だがそれは甲高い音を響かせて弾かれ、それに苛立ったかのような右腕が――――振り下ろされる。

 ズドンッ!

「ッ、……!」

 辛くも逃れる。凍華さんが一瞬前までいたところには拳がめり込み、地面に窪みと霜柱を生じさせた。その巨体と頑丈さは問題だが――――しかし、右半身の氷が鎧ながらも邪魔をして、動きが鈍いことだけは救いか。

 弾ッ!

 屈んだ異形の頭に光が散る。詩音が放った弾丸は、しかし氷に覆われた右側頭部に衝突して霧散してしまった。ワーウルフを吹き飛ばした時のような威力はどうしてもそこからは窺えず、やはりあの氷をどうにかせねばやりづらいということを改めて理解する。

 苦戦する、その一方だった。たっくんが斬撃、というよりはほぼ打撃に近い音を響かせて大剣を振り回し異形の気と狙いを引き、凍華さんがその隙を縫ってのヒット&アウェイで傷を刻んでいく。あたしはその二人が動き回りやすいように後退と妨害を心得、詩音が様々な角度から射撃を叩き込む。練度から考え得る限り最高の連携ではあるものの、それでも及ばないのは――――道具を扱うほどには知能のあるこの異形が、右半身の氷を効果的に盾として使ってくるからだった。

 大剣は氷を滑り、細身の剣は弾かれ、火矢と弾丸は無残に散る。唯一姿を潜めて狙撃に専心する詩音の弾丸が時折左半身を撃つことがあっても、それでも元の皮膚の分厚さが並ではないのか撃ち抜くことは叶っていなかった。

「埒があかねぇぞ……ッ!」

 たっくんが零す。その横顔には僅かに焦りの色が見えた。いくら熟達したアスリートで体力に優れているとはいえ、未だ使いこなせたとは言い切れない武器を操って囮としての役目を全うし続ける負担たるやあたしには想像しきれない。しかしさりとてあたしの魔法もまだ有効打たりえるほど火力も連射力もあるわけでもなし、こうしてせいぜいが妨害と誘導に努めるのが精一杯という現状は、どうにも、歯痒かった。

「っづッ……!」

「凍華さんっ!」

 苦悶の声が上がる。円を描くように振り払われた棍棒をバックステップで避けきることができず、先端が盾のように構えられた凍華さんのエストックに触れる。それだけでも勢いは十分だったらしく、彼女は踏み止まることができず背後にあった樹へと強かに背を打ち付けた。そこに氷に包まれた腕が追い討つが如く彼女に迫り――――



「させるかよォッ!!」


 鈍ッ!!



 しかし、その腕はたっくんが間に滑り込み、構えた大剣によって阻まれた。その衝撃はびりびりと銀光を震わせ、たっくんの顔は苦悶に歪む。しかしここで退くわけにも、崩れ落ちるわけにもいかない――――そう言いたげな彼の顔に向けられる容赦のない圧に、あたしは反射的に声を上げた。

「――――こっちだよッ! <花霰>ッ!」

 短杖を大きく振り上げ、そして勢いよく振り下ろす。巨体の直上に炎で描かれた魔法陣が現れ、そこから落下した小隕石がサイクロプスの身体のあちこちを無差別に叩く。

『GGYYYYッ!!』

 悲鳴とそして、焔が酸素を喰らう獰猛な音が入り混じって大気を揺らす。そしてたっくんと凍華さんを見据えていたその巨眼が、熱に揺らぐ空気の中を滑って、――――あたしを捉える。


 次はおまえか、と、殺意と威圧が全身を叩く。

 足が竦みそうになった。――――しかしそれでも、立ち止まるわけにはいかない。


 殺されるわけには、いかない。

 殺させるわけには、いかなかった。


 だっ、とたっくんたちの方とは反対側へと駆け出す。さして広くもない森の合間を必死に走るあたしを脅威と認識したらしく、サイクロプスは彼らからは意識を外しこちらへと向き直った。

 怖い。真正面から、誰が庇ってくれるわけでもなくあの巨体と向かい合うのは――――正直、とても怖い。ともすれば足が震え、腰が砕けて立ち上がれなくなりそうだった。でもそれは、同時にあたしの代わりにたっくんや凍華さんが一身に受け止めていてくれたものでもある。

 だからきっと、逃げちゃいけないと思った。あたしを守ってくれる大人たちのために、あたしだってやらなければならない。

 やれることを、全力で。きっとこの魔法の力は、そのために授けられたものなんだろうと――――思ったから。


『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッッ!!!!!!!!!』


 咆哮が耳を劈く。地を僅かに震わせてその巨体があたしへと迫る。負けるものかと鼓舞するように上げるのは、数多を焼き尽くす地獄の業火の詔。

「来たりて、貫けッ!! <一式/火雨>ッ!!」

 その挙動は威圧を伴うものの――――しかし、確実に、鈍い。そして大きい。遠距離攻撃の的としてはこの上なく最上で、誰かを巻き込むリスクも今はない。背の翼と呼応して宙に浮かび現れた火の矢の数は三本、右手の短杖を真横に振り抜けば、それに従って焔が空を滑る。

 轟ッ!!

『GGYYYYYYYYYッ!!!』

 狙いが甘い。一本は左胸に、二本は氷に覆われた右肩と右腕に直撃した。スカして後ろにかっ飛ばすことだけは避けられたが、しかし逆に言えばそれだけだ。ぶちあたった火矢は、消えるだけではなく燃え上がり広がって、左胸から右上半身にかけてを覆って異形を苛む。氷に妨げられているとはいえ、その熱の苦しみはたっくんや凍華さんが苦労して付けた傷、そして詩音の弾丸が抉っていった傷を伝って倍化していることだろう。異形の足が止まる。巨体を捩って鎮火させようとしていたが、しかしその程度であたしが手を止めるはずもなかった。

「<二式/花霰>ッ!!」

 再びの小隕石の招来。真横に振り切った短杖を今度は真上に掲げ、振り下ろさんとした――――その時。


『GRYUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!』


「っ、うそっ……!?」

 魔法陣が広がっている範囲を抜けて、異形がこちらへと急に距離を詰めてきた。その挙動は今まで見せていたものとはあまりにも違っていて、ゆえにこそ、反応しきることはできなかった。

 踏み込まれた足が土を蹴り上げ、そしてそれすらも踏み越えて瞬く間にあたしの眼前へと薄緑が迫る。下から斜め上に、あたしの頭のある位置を狙って大振りな一撃が放たれた。

「きゃあっ!」

 反射的にしゃがみこむ。頭蓋が果実の如く爆散する悪夢のような景色こそ回避はできたが――――しかし、一度膝を折ってその体躯を見上げてしまえば、せっかく奮い起こした勇気も何も、あとは砕け散るのみだった。

 さながら己が、矮小な小人にでもなったようだった。ああ、やはりあたしのような小娘が、たった一人でこんな巨人の人外を相手にしようなどと、行き過ぎた無謀だったのだろう。

 振り上げられた棍棒が、今度は真っ直ぐに真っ直ぐに、ただ真っ直ぐにあたしの頭蓋を砕き割らんと降ってくる。重力に引かれたそれが止まるべき謂れなどはなく、ゆえにこそ酷くゆっくりと光景は流れ落ち、



「何諦めてんだ、このバカスミがッ!」


 ――――――――弾ッ!!



「ふぇ……ぁっ!?」

 叩き起こすような怒声と銃声と同時に、あたしの身体は後ろに引っ張られる。突然のことに目を白黒させていれば、しかしあたしに振り下ろされんとしていた棍棒は、それを握る左腕ごと消えていて。

『――――――――GY、』


 ボトッ


 軋む声と共に、湿ったような落下音が響く。サイクロプスの背後に、肘から離れたその左腕が落ちる音だった。

「守るために死んでどうするッ! お前に死なれたら後味悪いんだよこっちはッ!」

 上からの叱責。あたしを引っ張ったのは木陰から出てきた詩音で、あの腕を吹き飛ばしたのも詩音だった。彼はどうやらあたしを引きずりながらも手元の銃を差し向け、至極正確にその左肘を撃ち抜いた――――らしい。その剣幕はいつもの無表情からは考えられないほど鬼気の迫ったもので、あたしは思わず縮こまってしまった。

「あう、ご、ごめんなさい……で、でもたっくんたちが、」

「あの程度でヘバるわけねえだろッ!」

 ガッ、ギイイインッ!

「たっくん……ッ!」

 上からに続いて今度は横からの叱責が飛んできて、大剣が異形の右腕を全力でぶっ叩き――――更には、そこに罅まで入れてみせた。サイクロプスの巨体がその衝撃に吹き飛ばされ、たっくんが一気呵成にそれを追い立てていく。

「霞ッ!」

「! 凍華さん!」

 たっくんのカバーに回るように立ち回る凍華さんが声を上げる。どうやら無事のようだというのに安堵したのも束の間、彼女の真面目な顔つきに緩んでいる場合ではないと慌てて立ち上がれば、凍華さんは言葉を続ける。

「その氷は、多分うちのと一緒や! つまり魔法の氷――――だから、きっと君の魔法の炎でしか融かせへんし、ダメージも与えられないんやと思う。あとはせいぜい、詩音がやったみたいに関節部分を狙うくらいしかうちらにはできひん!」

 凍華さんのエストックが巨体の左膝を狙う。痛烈な一撃を受けたサイクロプスは動きをぎこちなく一瞬止め、苛立ったように凍った右腕を振り回す。蓄積したダメージもあるだろうに、彼女はそれを感じさせない華麗な動きで一撃を避けきり、


「霞のことはうちらが守るッ! だから、君は君にしかできないことを頼みたいんやッ!」


 あたしにしかできないこと。魔法を、そして炎を使えるあたしにしかできないこと。

 確かに先ほどの無茶は、あまりにも無謀だった。自分にできることを超えて、できないことをやろうとしてしまった。

 しかしそうする必要はなかったのだ。あたしにはあたしにしかできないことがあるように――――たっくんにはたっくんにしか、詩音には詩音にしか、そして、凍華さんには凍華さんにしかできないことがある。それを超えなければいけないようなら、チームなど――――“信頼”など、そもそも成立しない。

 信じ、信じられる。そうすればきっと、絶対に勝てないような脅威だって乗り越えられるはずだった。


 だから、返すべき言葉は一つ。

「――――――――任せてッ!!」


 決意は新たに。恐怖を拭って立ち上がり、――――いざ、反撃の狼煙を。




第九話 了

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