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境界線上の二人 3


 山田・メテオール・ヴィオレットについて、知っていることは多くない。

 僕と同じ特派員として魔境の探索を行っているとき、いつの間にかチームに加わっていたからだ。

 彼女は六代続くメテオール家の魔術師で、金髪碧眼の少女であり、幼いながらも非常に頼りになる存在だった。

 柿沢の話を聞きながら歩いているといつの間にか目的地に着いたらしい。一つの重厚な扉の前で柿沢は足を止め顎で合図をした。

「ノックは三回。校長が待ってる」

 校長室らしい。

 かつての旧友を訪ねるだけなのに、なんてめんどくさい。

「……」

 三回のノックは三位一体、父と子と聖霊を否定する行為だ。こいつは本物かもしれない。

「なに構えてんの? 面接の常識だよ」

「……」

 僕は無言で二回ノックした。トイレの時と同じ回数だ。

「はぁい。どぉぞー」

 舌足らずな声が聞こえた。

「失礼します」

 僕の記憶の中のヴィオレットは幼いながらも、容姿には光るものがあり、あの時の少女が成長した姿をみるのは、単純に楽しみの一言だった。

「ツツッ、この気配っ!!! ぴきーん!!」

 真鍮で出来たドアノブに手をかけると同時に机を跨ぐ音がした。嫌な予感がしたが、一度脳が出した電気信号を止めることはできなかった。

「おっっ、ねー様ぁぁぁぁぁ!」

「ぐふぇ!」

 腹部にフライングスモウプレスを食らって背後に倒れてしまった。

 ドアを開けた先で飛び込んで来たのは、昔と変わらぬ少女、いや幼女の姿だった。

「ねー様ねー様ねー様ねー様ねー様ねー様!」

 金色の髪をフルフル振るわせながら、僕にまとわりつく少女。

「スーハースーハースーハー、あー、ねー様の香り、懐かしの香り、迸る魔力! あー、フランムルカねー様! お久しゅうござぃますぅ!」

「く、くそっ、ちょっと離れ……」

 仰向けに倒れた僕に抱きついたヴィオレットが頬をグリグリと擦り付けながら上半身に上ってくる。

 ドアの横に立っている柿沢の瞳が冷たく細くなっていくのが視界の隅で捉える

「ああーーー、癒されますわぁ、数年ぶりの、数十年ぶりのっ、ねー様成分のっ、補充なのですぅ。ううー、ねー様のたおやかなお胸、胸、胸、おっぱいでワタクシを癒してくださいまし、ここちよい、気持ちよい、おっぱい! あー、ねぇーさま、お胸、気持ち……よくない! 板、胸板! はあ!?」

 ガバッと顔をあげてヴィオレットは僕を見た。青く澄んだ瞳が真正面から僕を写す。

「……やあ」

「いやぁー! 男ぉっつ!」

「ふげぇ」

 ビンタされた。理不尽な暴力。


 上向きに倒れたまま呆然とする僕の両足首をヴィオレットはむんずと掴み、ズルズルと校長室まで引きずった。まるっきり殺人犯の死体処理の初動である。

「おい」

「……」

 無視である。摩擦で背中がヤバい。

 ジャイアントスイング三秒前といった風に捕まれた足首には、心霊現象に見舞われたみたいな青紫色の跡が残った。

「秤ちゃん……」

「はい」

 校長室の扉をパタンと閉めながら柿沢はヴィオレットに返事をした。

「どーいうことですの!? フランムルカねー様はいずこへ!」

「彼だ。間違いないぞ」

「おーまいっがっ!」

 悪魔の癖に神様に文句いうなよ。

「むむむ、間違いなくおねー様の魂。まさか男の方に転生されるなんて、嗚呼、おいたわしや」

「勝手に人を哀れむのはやめろ」

 体を起き上がらせて、乱れた衣服を整える。

「これでもわりかし上手くやってるんだ」

 流石、校長室というだけはある。

 本棚に収められた書籍はパッと見た限りすべてが幻書で、意匠巧みに作られた調度品はすべてに魔力が込められている。

「ねぇー様、ああ、なんてこと! 汚らわしいケダモノに生まれ変わってしまうだなんて……ご不便な」

 涙で青い双眸を滲ませ、ヴィオレットは膝から崩れ落ちた。

「ううっ、神も仏もいないのですね」

 悪魔はいるのにね。

「なんでもいいからさっさとガイダンスを終わらせてくれ」

「ううっ」

「おい、聞いているのか、ヴィオレット」

「吹っ切れましたわぁっー!」

「うお!」

 大声を上げながらヴィオレットは右手を突き上げながら叫んだ。

「そーですよ。関係ありませんわ。性別が変わろうとねー様はねー様。ねー様以外ねー様じゃないの。取り乱してしまい失礼いたしました。愛があれば大丈夫。オールニードイズラブ。お久しゅうございます。ご帰還お待ちしておりましたわ」

「ああ、久しぶりだね。ヴィオレット」

 にこりと笑顔を浮かべてお辞儀した少女。

 長い金髪に三角帽子、赤みがさした頬に青い瞳。身長は小学校低学年くらいだろうか。本当に彼女は悪魔らしい。容姿が最後に別れたときと変わらない。

「驚いたよ。君が校長なんて」

「うふふふ、すべてはおねぇ様の復活を祝うためですわ。想定外が多々ありましたが、ご安心くださいませ。性転換の薬の開発を進めますゆえ」

「いや、まてよ。僕はそんなもの飲まないぞ」

「ふふふ、ヴィオレットをなめないでくださいまし。すべては前世でのカルマが原因。ワタクシであれば輪廻の業を排除する術など容易く産み出すことができますわ」

「いや、別に困ってないから男でいいんだけど」

「ねー様が女性でないとワタクシが困るのです。お胸で傷付いたワタクシを慰めてくださるのはねー様しかおりませぬ」

「帰る」

「あぁん、心配なさらないでくださいまし。不肖ながらもおねぇ様の好みも把握しておりますわ。ナニは残して女性になるのですね。たおやかなお胸にたくましい男性器、うん! 無敵ですね」

「もうお前黙れよ……」

 回れ右して帰ろうとする。

「待って待って待って! ワタクシ間違ったことを申しましたでしょうか? だってナニを残さないとワタクシを性的に慰めることが叶わないではありませんか!」

「前そんなクレイジーだったっけ?」

 フランムルカとともに特派員をしていたヴィオレットはいまよりずっとまともだった。少なくとも色欲に支配されてはいなかった。ボディタッチはやけに多かったが。いや、まて、思い返してみると、尋常じゃなく胸をタッチされてたぞ。

「猫かぶってましたの!」

 清々しい開き直りっぷりだ。

「終末の呪術師の排除が最優先だったゆえ! ですが、やつがいない今こそ、思う存分ねー様を独り占めできますの!」

「そっか。うん、ごめん。無理だわ」

「えぇーー。なんてことですか。謝るから謝るから、ワタクシの話を最後まで聞いてくださいまし」

「何を謝るかわかってんの?」

「……さあ。なにか気に障ること申しましたかしらん」

「帰る」

「待って待って待って! なにが気に入らなかった存じ上げませんが、改善しますから、悔い改めますのでっ」

 下半身にしがみついて僕の歩行を妨害するヴィオレットはただの駄々っ子にしか見えなかった。

「戯れはそこら辺にして、話を進めてくれないか。私も暇じゃあないんだ」

 呆れ顔の柿沢がため息混じりに呟き、僕の入学願書をヴィオレットに差し出した。

 頭を抱えたいのは僕の方だ。

「もとよりそのつもりですわ」

 キメ顔で願書を受けとると、ヴィオレットは一番奥まで歩き、高級そうな机の上で、誓約書に押印した。

「ふっふっふ」

 ポンと音をたてて願書が煙に変わる。

「これでおねぇ様はワタクシに逆らえませんわ」

「え」

「生徒心得、第32条、乙(記入者)は本学最高責任者(校長)に対し、抵抗は一切行わないと誓う。絶対服従である」

「ず、ずるいぞ。契約書をそんな細かく見るわけないだろ」

 書いてあることどうせ同じだろうと読み飛ばしていた。ワンクリック詐欺の警告並みに卑怯だ。

「ふっふっふ。これでおねぇ様はワタクシの性奴……生徒! 清く正しく美しく健やかに学んでくださいまし!」

 なぜユエが僕に対しての服従を恐れたか、その片鱗を見た気がする。

「まあ、ワタクシはエスというよりエムですので、命令はワタクシにエッチな命令をしろ、に留めますのでご安心ください」

「安心できねぇ」

 もうだめだ。早くも帰りたくなってきた。帰って妹と戯れたい。

「さぁて、それでは早速入学試験を開始します」

「……試験?」

「おねぇ様の入学は確定ですので、試験という名の個人的な依頼だと思ってくださいまし」

「なにいってんだコイツ?」

 柿沢に尋ねる。

「ここからが本題だよ」

 肩をポキポキと鳴らし柿沢が話を聞くように目で合図をした。

「校内の敷地で遺跡(ダンジョン)が発見されたのです」




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