境界線上の二人 2
青空に白い雲が薄く線を引いていた。
「フランムルカ寄宿学校、日本でいうと中高一貫にあたるのかな。十三から十八歳までの魔術の才能ある男女が通うことができるんだ。天球じゃ唯一魔術を教える学校で、真理探究の研究施設も兼ね備えている。もちろん魔法だけじゃなくて数学や生物なんかは必修科目だし、選択科目には日本語なんかもあるよ」
長い髪を向かい風に靡かせながら柿沢は続けた。いつの間にか制服を着ている。僕の中学とは違うブレザーのデザインだ。
正直それどころではなかった。運転が荒いのだ。バランスをとるので精一杯。
「それと同時に魔術の才あるものを一ヶ所に固め管理するという目的もある。一斉蜂起を防ぐためだね」
「昔のお前がやらかしたからだろ」
「まあ 、否定しないけどさ」
終末の呪術師は各地にいるシンパを集め、現在の王政転覆を図ろうとしたテロリストだ。
目の前の黒髪の少女、柿沢秤は終末の呪術師の生まれ変わりである。
「学校の情報なんてどうでも良い。魔境についてはわかったのか?」
「いや全然。そっちの研究はまったく進んでいないようだよ」
青空を切り裂くように、超スピードで飛ぶ柿沢の魔法の絨毯。本当に免許を持っているのか疑問な荒い運転だ。激しい向かい風に僕はまともに目を開けられなかった。
「魔境の探索が停滞したってことは、新しい魔術とかは創作されてないんだね」
彼女の腰に手を回し、振り落とされないように必死になる。
「あひん!」
「うわっお!」
急に跳ね上がったのでより一層強くつかんだら、
「にょあ!!」
謎の雄叫びとともに、また車体(こう表記するのかは謎だが)が飛び上がる。
「あ、あぶっ、あぶねぇ!」
「わき、わき!」
「は?」
「わ、脇腹が弱いんだ、離してくれ!」
「無理だよ! それならスピード落としてくれよ!」
「なら、最初からそう言ってくれ! なぜ脇をつかんだんだ!」
「何かに掴まらないと振り落とされそうだったからだよ!」
緩やかにスピードを落とす魔法の絨毯。トンビからスズメって感じに穏やかな運転に変わる。
「それで、なんだっけ」
息を切らしながら柿沢が訊いてきた。
「新しい魔術だよ。僕が知らないうちに新呪文が増えていないか気になってね。ドルマとかバキムーチョとか」
「私が知る限りはベギラゴンまでだね。増えてないよ。非常に退屈だよ。いまは魔術の流布が先決らしいよ」
魔境。
天球は地球に比べ,重力は若干重く、かつ太陽に似た恒星との距離が極端なエリアが多数ある。
つまり、暑すぎて人が住めない場所と寒すぎて人が住めない場所とがあり、居住可能エリアは日本の本州と同程度の面積しかない。
天球唯一の王は人が住めないエリア、俗にいう『魔境』の探索に重点を置き、かつての私は調査員でもあった。
探索は推定面積の十分の一ほどしか進んでいないが、人類にとって貴重な資源が多く見つかっており、そのうちの一つが地球へと通じる歪曲空間だ。発見されたのは五百年も前だが、次元の裂け目の重要度は、ことさら特筆すべきことではないだろう。
なぜ地球と天球とが目が眩むような光年を越えてリンクするようになったかは定かではないが、一説によると二つの惑星は同次元に存在しておらず、並行世界として考えられているらしい。つまり、惑星の幼年期に、地球と天球という二つになる可能性に分岐してしまったのだ。その分岐を横飛びし、異世界とを繋げる呪文が、磁場を研究し発明された時空間転移魔法、空間転移である。
つまり魔境の探索は人類の進歩に繋がり、逆に言えば魔境の探索が滞っているのであれば、魔術の進行も停滞しているというわけだ。
「それなら学校に行く意味ないんじゃないか、君も僕も」
かつての私、フランムルカは現行の魔術をほとんどすべて極めた。歩き方を忘れないように、泳ぎ方を忘れないように、自転車のこぎかたを忘れないように、魂に刻まれた魔術回路が錆びることはない。
「学校が教えるのは勉強だけじゃないぞ。人間関係や社会の縮図を学ぶのだ」
どや顔で教師が垂れ流す妄言を口にする柿沢はかつての政敵に他ならなかった。
「ついたよ」
町を越えて郊外の山奥、広大な湖の真ん中に、その建物はあった。古城を改造したらしい。湖の周りの点在する小屋も学校施設の一部だとしたら、敷地面積は恐ろしく広い。東京ドーム数個分に相当するだろう。東京ドーム行ったことないけど。
レンガ造りのアーチで出来た校門の前で柿沢は魔法の絨毯をクルクルとしまった。ポンと音をたててポケットサイズになる。ずいぶんと便利なものである。
「それで建物入り口までいっちゃダメなの?」
「敷地内で監督生や教師の許可なく魔法を使うと罰せられるんだ」
「素直に従うんだな」
「言ったろ。慎ましく生きるって。それに、一応は生徒会長……だったからね。君の学校の」
「偽りじゃねぇか」
二人で並んで歩き出す。天気はいいのに関わらず、空気は最悪だった。校舎に続く道をカラフルに染め上げるのは、薬の原料となる草花の豊かな彩りだった。
魔法使いは基本的に薬学に精通していないといけないので、薬剤師に転職するものも多いらしい。
「現在のフランムルカ魔法学校には約百人の生徒が在籍している。キミは来年の春、首席で入学する予定だよ」
「百人?」
「どうしたの?」
「多いね。なんだその人数は」
「中高合わせて百人って多いかな。ユエや私みたいなエージェントがわざわざ地球まで出向いて才能ある人をスカウトしてるってのもあるし」
「魔法の才能がある人間なんて数えるほどしかいないはずだろ」
魔術とは限られた血筋に伝えられる神秘だからだ。それゆえどの血統が魔術師の家系かなんて、幼い頃に叩き込まれる常識である。
希に生まれながらにして魔法の才能がある僕や柿沢のような人もいるが、それでも百という数字は多すぎる。
「おいおいロンリくん、ボケてしまったのかい。後天的に魔術筋になることは可能だろ」
「……まさか」
「契約したのさ。悪魔とね」
ご先祖様が魔法を使えるようになるのに用いた方法が悪魔との契約だ。
言葉にすると簡単だが、方法は易くない。
魔女の宣誓。
夜宴で、右手を頭に左手で右足を持ち、両手の間にある全てを悪魔に委ねると誓うこと。
つまり、強大な力を持つ悪魔と性的にまぐわう、それが魔女になるための第一条件!
「なんて淫乱な学校なんだ! 最低な学校だな! 校則で不純異性交遊を推進するなんて!」
少しだけワクワクしてきた。
「勘違いしてないか。供物を捧げるとかいくらでも方法はあるじゃないか」
「それにしたって悪魔と契約なんて、魂を売り渡すということだぞ。熟練の魔術師だってリスクが高いからやんないし、フランムルカの時だって、……、まぁ、なんていうか、死んだあとのこと考えてんのかよ。末路は悲惨だぞ」
「ノーリスク、っていったらどうする?」
柿沢はブレザーのポケットから指輪取り出して掲げて見せた。
「それは?」
赤い宝石がついた金色のリングの指輪だ。脈絡もなく、カレシからのプレゼント自慢だろうか。勘弁してほしい。
「アスモデウスの指輪」
「ア……」
言葉を失う。
「これを指に嵌めるだけで簡易契約扱いになるんだ。君や私は別系統の誓約を交わしてるからいらないけどね」
「な、なんで、そんなもの……」
「全生徒持ってるよ。生徒手帳みたいなもんさ」
「色欲を司る大悪魔じゃないか。そいつの指輪なんておいそれと手に入れられるわけがない! それにさっき魔境の探索は進んでいないと言ったばかりだろ、なのに、なぜっ!」
悪魔は人間が住めないエリアよりやって来るとされている。現在確認されている悪魔にも派閥があり、アスモデウスは派閥の長だ。
「あれ、ひょっとして、知らないの?」
「な、なにが」
「フランムルカの仲間で校長である山田・メテオール・ヴィオレットはアスモデウスだぞ」
「は?」
初耳である。




