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輪廻転生の分岐点 5

 茶色がかった瞳を細くして、少女は僕の方を向いた。

「ご機嫌よう」

 軽く手をあげて敷居を跨ぐ。

「私の名前は柿沢秤、またの名をミュレース・モールセリ。その実態は華麗なる美少女召喚師さ」

 ウインク。

 クソみたいな名乗りに僕は微かな違和感を覚えた。まるで台本を読んでいるような抑揚のない声に、なんだかこちらが辟易してしまう。

 凍らされたみたいになにも言わずじっとしていたら、

「滑ったみたいになるからせめてコメントしてくれよ……」

 柿沢が少しだけ頬を赤らめて呟いた。

 黄昏は過ぎ、夜と言っても相違ない時間。家に帰りたくて仕方なかった。

「種を明かせば私もエージェントでね。有効期限が満了を迎えたんで、満を持して登場となったわけだよ。本当は私が登場しないルートのほうが良かったんだけど」

「む、むむむ、それって当て付け? ユエはユエなりにうまくやったもん!」

「そうなの? 私にはとてもそうは思えなかったけど。あの程度の記憶操作を自力で解除できない時点で今回の期末テストは赤点だよ」

「そ、そんなっ、先輩、そこをなんとか!」

「ま、いいだろ。つまるところロンリくんが仲間になれば全部解決だからね」

 会話の流れについていけず口を真一文に引き結ぶ僕の方を柿沢は向いた。

「さて、まずは不躾な対応、ほんとうにすまなかったと思っている」

 柿沢ハカリは頭を下げた。 それからすぐに、にんまりと微笑むと懐から杖を取り出した。

 油断しすぎた、と後悔してももう遅い。彼女は杖の先を僕に向け、にたりと片頬をつり上げた。

「ユエ、私は彼と話があるから床の傷を直しておいてくれ」

「それくらい、べつにいいけどさ。ユエには朝飯前だし」

 ちょいちょいと手招きをする柿沢に従い僕は廊下に出た。

 夜気が漂う廊下の空気は澄んでいた。窓が空いている。柿沢が家庭科室に入る前に開けたのだろうか。空っぽのプールから冷たい冬の風が吹いてきて、空虚さを演出していた。

「ずっと捜してた」

 開口一番、柿沢は神妙な顔をして、息をひとつ吐いた。ドアから漏れる頼りない灯りの中、少女は感慨深げに呟いた。

「やっと会えたね」

「ずいぶん前からこの学校にいたみたいだけど」

「……ふむ、そうだな。正直なところ、一週間ぐらい前から潜伏している、死霊やグールを喚び出したのも私だ。本職は召喚師だからね」

「妹を襲おうとしたり、ユエを殺そうとしたのも?」

「おいおいそんな怖い顔しないでくれよ。私自身の任務は魔力が強い者を見つけることにあるんだ。勧誘はあの子の仕事。分業だよ。効率的だろ?」

 勧誘者があれじゃ本末転倒な気がするが、彼女的にはどうなのだろう。

「魔法の素質を持つものは思春期の女の子に多くてね。だから中学校を転々と渡り歩いては死霊を使って魔力探査をしてたってわけ。私たちより魔の者の方が敏感に魔力を探ることができるから。もちろんギリギリで死霊は還すよ。当たり前だろ」

 実に胡散臭かったが、僕には彼女の話を黙って聞くぐらいしか選択肢がなかった。

 彼女が持つ杖。カタチから見て、かなりのアンティークだ。古いものほど魔力が蓄積される。ユエの持っていたセールで三百円程度のやつとは段違いだ。

 僕が魔法を起動させても数秒の差で彼女の方が早く魔法を発動させるだろう。杖には詠唱短縮の効果がある。

 それに、彼女が迸らせている魔力はユエとは段互いだ。

「グールはなんだ? ユエを殺そうとしてたみたいだが」

「意図も容易く敵の術中に落ちたペナルティと死ぬ気でやらなきゃキミを騙せそうに無かったからね。結局バレたみたいだけど」

「騙す? どういう意図があってそんな……」

「とぼけないでくれよ」

 鼻をすんと鳴らす。

「まあ、ひとまず第一目的は君に魔法学校に入学してほしい、ってことだけど……。私はいま単純に嬉しいんだ」

 柿沢ハカリが微笑んだ。雲の切れ間に月明かりが射し、屈託のない笑みを優しく照らし出す。

「久しぶりだね」

 背筋が凍る。寒気がした。総毛立つ。

「フランムルカ嬢、また会えて嬉しいよ」

 かつての名前を呼ばれて私は自身の表情が強張るのを感じた。

 彼女が浮かべた蠱惑的の笑みは間違いなく終末の魔術師のそれだったからだ。


「なんで、ここにいるんだ?」

 震える膝を必死に押さえ背筋を伸ばして彼女と相対する。薄々感づいてはいた。

 喚び出されたモンスターはアンデッド系ばかりでかつての奴の配下ばかりだったからだ。

「君と同じだよ。生まれ変わったんだ。……私もね」

 その場で踊るように彼女はくるりと一回転した。

 スカートがふわりと浮き上がり、無機質な廊下が社交場のように一瞬華やかになる。

「可愛い?」

「は?」

 こいつ、なにいってんだ。

 にんまり、とイタズラな笑みを浮かべたまま少女は続けた。

「私は可愛いと思うんだが。欲を言うならもう少し胸があれば完璧なんだけどね。どう思う?」

「知らないよ、そんなの」

「……」

 なぜ無言になった。

「ふざけるのも大概にしろ」

「おしゃれに気を使うのは女子として至極当然のことだろ?」

「黙れ」

「やれやれ余裕がないね。君はいつも切羽詰まった顔をしている。ゆとりを持ちなよ」

 噛み締めた奥歯が欠けてしまう前に、こいつの口を縫い付けてやろうか。

「いやはや」

 僕の形相で軽口を改めたらしい柿沢はぺろりと舌を出した。

「君を殺して、君に殺されて、私は天球の農民の娘に生まれ変わった。前世の記憶を持ったまま」

 物憂げに月を眺める柿沢に僕は意識を集中させた。

「そんなことはどうでもいい。目的を言え」

「生まれたときから私の一番の目的は、君を探すことだったよ。フランムルカの転生体」

 夜風が彼女の髪を巻き上げる。シャンプーの匂いがした。

「……生まれ変わってるとは限らないだろ」

「私が生まれ変わったんだから、君も生まれ変わっているに違いないだろ」

「……結局、なにが言いたいんだ?」

「贖罪だよ」

 少女は一歩前に踏み出した。上履きのゴムが床と擦れて、キュと場違いな音をたてた。

「前の人生での失敗を生かして今回は慎ましく生きよう思ってるんだ」

「信じられるわけないだろ。あれだけのことを、しでかして」

 筆舌にしがたい。と、いうのは簡単だが、彼女の行いはまさしく悪魔の所業だった。

 村はいくつと火に焼かれ、戦禍が土地を覆い隠し、屍がいくつも積み重なった。

 闇魔法に精通したヤツの信仰者は多く、カリスマ性はピカイチだったのだ。

「断っておくが、間違ったことはしてないつもりだ」

「お前……ッ!」

「失敗したのは勢力拡大を第一目的にしすぎて私の考えが端まで届かなかったこと」

 彼女は一度大きく深呼吸をしてから続けた。

「私の教えは差別はよくないよね、ってただのそれだけだったんだ。だけど、信者が集まらないから、過激派が教義を隠れ蓑に純血の抹殺を提案したわけ。気づいたときにはもう止められなくてさ。膨れ上がった劣等感が大惨事を巻き起こしたんだ」

 落ち着け、落ち着くんだ、私。怒るな。冷静になれ。

 深呼吸して。妄言に惑わされるな。虚言にきまってる。戯言だ。戯れ言だ。空言だ。世迷い言だ。戸惑うな。

 握りしめた拳の痛みで私は目が覚めた。

 僕は。

「……釈明会見は向こうでやってくれ、いまの僕にはもう関係ない」

 吐き出した言葉に柿沢は一瞬目を見開いたが、やがて肩をふるふると震わせた。

「く、くくっ」

「なにがおかしい」

「性別が変わってしまって考え方も変わったのかな。ずいぶんとドライになったじゃないか」

「お互い様だろ」

「まあいい。我々は一度は死んだ身だ。過去の因縁なんてもとより現世には存在しない」

 にこり、と少女は微笑んだ。

「ここにいるのは明野論理という少年と柿沢秤という凡庸な女学生だ。フランムルカや終末の魔術師なんてやつらはこの世には存在しない。そうだろ?」

「そりゃそうだけど……」

 憮然とした表情を浮かべた柿沢は杖の先で僕の胸を軽く小突いた。

「水に流そうじゃないか。難しいかもしれないけど、前世に捕らわれて現世を疎かにしたら、それこそバカだろ?」

「……」

 その意見には賛成だったが、理性を抑えても感情がそれを許さない。煮え切らない僕に、なおも彼女は言葉を続けた。

「わかったよ。信じられないなら、私も正直になるよ」

「は?」

 胸ポケットに手をやると彼女は生徒手帳を取り出した。片手で器用にパラパラとそれをめくる。

「君の仲間だった山田・メテオール・ヴィオレット覚えてる? パーマがかった金髪で古くさい三角帽子がトレードマークの。あれがフランムルカ魔法学校の校長なんだけど、あいつに君の勧誘を頼まれたんだ」

「はあ?」

「いずこかにいるフランムルカの転生体を見つけてほしいってね」

 金髪の少女の穏やかな笑みが瞼の裏によみがえった。

 特派員内で一番幼い女の子だったはずだが、まさか教育業界に転職しているとは。

「もちろん山田は私が憎き敵の転生体ということは知らない。彼女を責めるのはお門違いだし、ある程度私も自分の地位を高めてきたから、この事はオフレコでお願いするよ」

「なにを言い出すんだ」

「学園内に不穏な流れがある。かつての私の教えを曲解して、広めてるやつがいるんだ。そいつの正体がつかめない。山田は私を潜入捜査官として派遣してるんだよ」

 突然のカミングアウトに混乱していくのが、自分でわかった。

 山田。あのバカ。

 だから未熟者だというのだ。

 敵の親玉を部下として扱うなんてギャグにもならない。

「多種多様な考え方を採用するってのはいい考えだと思うんだが、そのせいで学園の秩序が乱れてるんだ。ちょっと占ったら未来は混沌の暗示で満たされていた」

 生徒手帳を懐にしまって柿沢は肩をすくめた。

「放っておくのは自由だけど、私だけじゃどうしようもないから、手伝ってほしいんだよ」

「なにを」

「犯人探しさ。危険思考を流布している人物の捜索と学園内の闇魔法による呪縛の解呪が主な任務だよ」

「探偵の真似事をしろというのか?」

「まあ、そうなるね。どうにも間違ったことを広められるのは私のプライドが許さないし、せっかくたどり着いた理想をふざけた考えで壊されては困る」

 こいつは信用できない。

 姿を変えても、終末の魔術師に違いないのだ。

 知らなければ無視しても良かった。

 言っていることは嘘ばかりかもしれないが。

「考えさせてくれ……」

 絞り出した答えは精一杯の虚勢だった。北風が窓ガラスを叩きつける。考えても答えは出そうになかった。

「いいけど、あまり時間はないよ」

「え」

 どかん、と背後で爆発音がした。




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