輪廻転生の分岐点 4
小一時間叱られた。せめてもの救いは説教係は死霊に憑かれていた教師だったので、報告が教育委員会まで行かないですんだことだ。
それにしても斎藤にはがっかりだ。ちょっと負けたくらいで腹いせにチクるとは人間できていないにもほどがある。あいつとは友達やめた。
苛立ちが僕の歩みを進ませる。とっぷりと日が暮れていた。廊下の空気は淀んでいて、呼吸をする度に不快感が募っていった。ぶつくさと昇降口で外履きを地面に落とした時だった。
「!」
夜の気配が変わった。
これは。
「……」
嫌な予感がする。
酷い腐臭に寒気。それもかなり強い。この間とは段違いの霊力。
僕は顔をあげて、気配を探った。
おかしい。こんな化け物クラスが現れるなんてあまりにもおかしすぎる。鬼門が開いたか、あるいは、
「誰かが喚び出したか」
召喚できるやつなんて限られている。
僕か、自覚はないにしろ妹か、あとは
「ユエ……」
思い出したのか?
僕にフラれたショックに自暴自棄になって悪魔召喚に手を出したのか?
なんにせよ放っておけるレベルを越えている。
霊気が濃い方に向かって僕は駆け出した。
分厚い雲に覆われた夜空は真っ暗で、窓ガラスの向こうの校庭はどす黒いキャンパスのようだった。
非常口の緑が光源の薄暗い廊下を駆け抜け、二階の端にある家庭科室にたどり着いた。数時前、調理実習で賑わっていたのが信じられないほどの静寂に、緊張しながらドアに手をかける。鍵がかかっていた。
「解錠」
鍵開け呪文を唱えてドアを開ける。
電気がついていない家庭科室は暗かった。壁のスイッチを手探りで探し、蛍光灯を灯す。数回瞬いたのち、白い光が広がった。
コンロに水洗、清潔な調理室の端っこに、ユエが膝を抱えてうずくまっていた。
膝に顔を埋めているので、僕が来たことに気づいていないらしい。パンツが丸見えだ。薄ピンク。
「おい」
「はっ」
声かけられてビクリと肩を震わせた。
「明野……ロンリ?」
うろんな瞳が僕を写す。
「おい、大丈夫か、いったい何があった?」
「なにがって……」
彼女がそこまで呟くと、ボッと一気に顔色を変えた。
「ゆ、ユエ、えっ、ロンリにっ、こ、告白したの?」
「いまさら何の話してんだよ」
「きゃあああ!」
叫びながら、頭を抱えて床に倒れこむと、発作を起こしたみたいに足をバタつかせた。
「そんなそんなそんなそんなのってないよっ、なんで、ユエが告白しないとなんないの! あり得ないよっ!」
「……記憶が戻っているのか」
「ズルい! こんなの認めないからね! ユエ、負けてないもん!」
「この状況でよく強がりが言えるな。それにしてもなんでまた家庭科室に」
「なんでって、失敗したクッキーを焼き直……、って、べ、べつにそんなのどーでもいいじゃん! うるさいなぁ!」
まあ、たしかに、どうでもいい。
床をのたうち回るユエを無視して、僕は家庭科室を見渡した。渦巻く淀みがカタチを成していく。
一番奥の黒板前にそれはいた。
手に肉断ち包丁を持っていた。体長にして一メートル程、小柄だが筋肉質な体格。身体にまとわせた布はボロボロでところどころ擦りきれていた。
ドワーフの一種のようだが、全体的に薄汚れている。ずだ袋を被っていたので顔はわからなかった。
「ひっ」
引き付けを起こしたような短い悲鳴をユエがあげた。
「なにあれ」
ゆらゆらとシルエットがぼやけて見えた 。この世ならざる者なのは確かだ。
「グールのようだが」
「グールって、屍食鬼のこと!? 砂漠が住みかの怪物じゃないの? なんでこんなところにいるのさ」
「君が喚び出したんじゃないのか?」
「違う違う。ユエは召喚術使えないもん。それにどうせ喚ぶならもっとかわいいキラキラしたやつに」
「ガァォオオオオオ」
「ひっ」
グールが雄叫びをあげ、飛びかかってきた。天井すれすれの跳躍、幅跳びの競技に出たら優勝間違いなしの大ジャンプだ。
「うわっ」
ユエを蹴り飛ばし、左右に別れることでグールの攻撃をかわした。
ガツン、鈍い音が響く。僕らが文字通り駄弁っていた位置に容赦ない一撃が降り下ろされた。
「グォォ」
ずだ袋が一瞬浮き上がる。ちらりと見えた口からは白い牙が醜悪に並んでいるのが確認できた。
床に刺さった肉断ち包丁を両手で持ち上げ、グールは僕に背中を向けた。
「ひぃ、見た目きしょすぎるよぉー!」
悲痛な叫びをあげるユエの方に包丁を振り上げる。グールは一切の迷いなく、再度それを降り下ろした。
なるほど、狙いは彼女か。
「浮遊」
「きゃああああああ」
大袈裟な金切り声をあげるユエの頭頂部に包丁が突き刺さることはなかった。
僕の魔法で空中に固定されているからだ。
「ウウウ?」
クエスチョンマークを浮かべ包丁の柄を必死に掴むグールを、微笑ましい気持ちで眺める。物理攻撃頼りなところを見る限りコイツは単純に使い魔として喚び出されたらしい。命令はユエの始末か?
なんにせよ、目的が知れた以上、いつまでもこんな危険生物を放っておくわけにもいかない。ご退場願おう。
右手の人差し指で呪文を刻む。
文字には培われたプログラムが封じ込められている。
現在進行形で浮遊呪文を作用しているので、空きが指くらいしかないのだ。
指をスイスイ動かしながら、最後にグールの背中にポンと手をあてる。
刻んだ呪文は『退魔』。
概念によって生み出されたモンスターはあるべきところに強制退去させる魔法だ。
派手さに欠けるが、シンプル故に圧倒的な使いやすさを持っていた。
音もなく消滅した。
やはり召喚術により喚び出された怪物だったらしい。煙のようにグールは消滅した。彼がいた証拠は床にできた裂傷跡だけである。
「いきなり蹴るなんて酷いよ!」
へたりこんだままのユエが制服についた足跡をはたきながら、文句を言った。
「蹴らなきゃドタマかち割られてただろ?」
「あれくらい一人で避けられたもん!」
「そりゃ悪いことしたね」
「で、でも助けてくれたのは事実だから特別にお礼をゆってあげる! ありがと!」
「どーいたしまして」
ユエが唇を尖らせながら立ち上がった。頬を赤らめて少し照れた風の少女に、僕は人差し指を真っ直ぐ向けた。
「? なに?」
「賭は僕の勝ちだ。わかってるだろ?」
「あっ、そうだ、三日前のっ」
ユエが声を張り上げるより先にカメラのフラッシュに似た光が彼女の体を一瞬照らした。
「わっ、いまのなに!?」
「賭と言っただろ。君は負けたんだ。僕には絶対服従だ」
魔法使い同士がお互いの身体を賭けて魔法比べをしたのだ。ノーリスクなんてあるはずがない。
「えぇ、ユエ負けてないもん! そもそも反射呪文なんてズルいもん、賭が成立してないんだから、無効だよ!」
「言葉で取り繕っても無駄だよ。君の魂が敗けを認めたんだ。君はもう僕に逆らうことはできない」
「むぅっー」
ぱしんと頭をはたかれた。
「へへーん、なにが逆らえないだ、偉そうに! ユエを縛ることなんてできないんだからね!」
「まだなにも命令してないんだから当たり前だろ」
若干いらっときた。目にかかった髪を手櫛で戻す。
「それじゃ、手始めに僕のことはご主人様と呼んでもらうことにしようかな」
「なにそれ気持ち悪いんだけど。死んでもユエはご主人様のことご主人様なんて呼ばないからねっ、はっ!」
「このように僕に逆らうことはできなくなった」
「ご主人様ずるいよ! 解いてよ! やだよ! 性奴隷になりたくないよ!」
しねぇよ。
「それじゃ、僕の質問に偽りなく答えもらおうか」
静かな怒りを雰囲気で感じ取ったらしい。ユエはごくりと息を飲んだ。
「さっきのグールはなんだ?」
「し、知らないよ」
僕が三日も彼女の茶番劇に付き合ってあげたのは、ああいうイレギュラーを引き起こすためだ。
言っちゃ悪いが彼女は末端だ。
末端相手に交渉しても意味はない、親玉を呼び出さなくては。
だから人質という意味を込めて彼女の記憶を操作したままにしたのだが、まさか、処分に手を出すとは思わなかった。純粋無垢な瞳が濁るところは見たくないので、先程のグールのマスターが誰かという点で、目星がついていることは内緒にしよう。
「君の目的はなんだ?」
「前も言ったじゃん。才能ある人を仲間にすることだって。だからアリカちゃんとご主人様のスカウトに来たんだよ」
「本当にそれだけか?」
「本当だって。ねぇ、それよりもういいでしょ? はやく解放してよ!」
「だめだ。最後に一つだけ質問に答えてもらう。君以外でこちらの世界に来ているのは誰だ?」
僕の質問に彼女は口を閉ざした。
嘘がつけないという制約なら沈黙が正解なのは間違いない。
「答えろ」
それを封じればいいだけの話だけど。
「ミュレース・モールセリ」
ユエはつまらなそうに答えた。
ミュレース。知らない名前だ。
僕がその名前を噛み砕いて脳に刻み込んでいた時、調理室の扉が開いて、一人の少女が顔を覗かせた。
「どちらも死んでいないね。十全だ」
数分前、僕を呼び出した生徒会長、柿沢ハカリが立っていた。




