輪廻転生の分岐点 2
「勘違いしないで」
赤いローブを羽織った少女は頬を少しだけ膨らませて唇を尖らせた。
「ユエは別に警察じゃないし保安官じゃないよ」
「じゃあ。なにさ」
霧がかる深夜の緑地公園で僕は尋問を受けていた。
教師に対して使った魔法が、連中のレーダーに引っ掛かり、向こうの世界の住人を呼び寄せてしまったのだ。
金髪の少女。
僕が魔法を使用し二日後に現れた使者だ。それにしても一人称が自分の名前の女の子は好きになれない。
「エージェント」
偉そうに彼女は言ってのけた。
湿った空気が静まり返る。池もある大きな公園にも拘らず、生き物の気配は一切なかった。草木も眠る丑三つ時とはよく言ったものである。
「……えーじぇんと?」
「スカウトする人って言えばわかるかな」
「さっぱり」
「しょうがないから教えてあげる。ユエの仕事は才能ある人を仲間することだよ」
僕が向こうで生きていた時代、地球と天球との間には不干渉が決めれており、双方を自由に行き来できるのは王族や一部のエリートのみに限られていた。
だから最近できたであろう彼女の職業について詳しくなかった。
「せっかく他の学校を出し抜いて見つけたんだもん、絶対に逃さないから!」
彼女の話が理解できないのは僕がバカだからだろうか。
つり目がちの瞳を細めて彼女は続けた。
「その歳で退魔呪文を会得してるなんて、ほっとける才能じゃないしね」
「……よく、わからないけど。地球での魔法の使用は禁じられていたはずだろ。僕はそれを知っていて使ってしまった。言い訳はしない。妹を助けてくれるなら抵抗なんて一切しないよ」
秘匿性は伝統に繋がる。十五世紀前後のヨーロッパじゃ普通に地球と天球との間で交流が会ったらしいが、魔女狩りといった悲劇を繰り返さないために作られたルールだ。
「そっかー。うんうん。説明してあげるね」
ユエはにっこりと微笑むと長年放置されてボロボロになったアズマヤを指差した。
「それはそうと、君の話が長くて疲れたから座って良い?」
「……」
こいつが事情を話せと脅してきたのに。
仕方なしに僕は頷いた。
教師にたいして退魔魔法を発動させた二日後の今日、いつもの通り学校で授業を受けて、家に帰り、明日に備えて寝ていたら自室の窓ガラスを叩かれて起こされたのだ。二階にも関わらず、少女は万有引力の法則に逆らって、事も無げに宙に浮いていた。観念した僕は彼女に誘われるがまま深夜の公園に赴き、経歴を話すように求められた。嘘をついてもよかったが、僕は偽ることなく真実を語った。諦めの境地に達していたのだ。それなりに衝撃の事実だの思うのだが、一見して彼女に驚いたそぶりはない。
「英雄フランムルカって知ってる?」
テーブル付きのベンチに向き合うようにして腰を下ろす。見つめ会うかたちだが、僕らの間にロマンスはなかった。まるで旧友との再会を果たしたような、なんとも落ち着いた雰囲気だった。
「……まあ」
英雄、ねぇ。
とうの昔に死んだはずだが。
「フランムルカが死んだ十六年前。それくらいから地球との交流が活発になってきたんだよ」
切れかけた街灯が彼女の髪に艶を作っていた。
「……それはまたどうして?」
「んー、説明すんのは難しいなー」
ユエは人差し指を少し厚ぼったい下唇にあてて続けた。
「簡単に言っちゃうと戦力不足が先の戦いで明らかになったからだよ。純血だけじゃ真理に達することはできないと判断された結果らしいしね」
「終末の魔術師の思惑通りというわけか」
「あれ、知ってるの?」
「有名人だしね」
奴はいくつもの名前を持っていた。ポピュラーな『終末の魔術師』に始まり、『闇より生まれ者』とか『混沌の縁』とか『不死の王』とか『爛れる汚れ』とか『クソヤロウ』などだ。
十六年前。
血統至上主義に異議を唱え、支持者と共に現体制の転覆を図ったテロリスト。
名目は人種差別の解消だが、その実、彼の目的は混沌と虐殺だった。
いち早く危険性に気付いたフランムルカは仲間とともに彼の居住に赴き、これを征伐した。闇の力を蓄えた終末の呪術師は魔王になる一歩手前だったという。
「もちろん、こちらの一般人に魔法を見られるのは御法度だけどね。前みたいに使用即処罰、みたいなのはもうないんだよ」
「そ、う、なのか」
良かった。
どうやら僕のは前時代的の考え方だったらしい。これで妹が一人になることはない。とりあえず安心だ。
「それどころか交流が盛んになって混血児も多くなってるんだよ。ユエもそうだしね」
「君も?」
「うん、宵島ユエ。フランムルカ魔法学校黒組。あらためて宜しくね明野ロンリくん」
「よろし……えっ! なにが?」
流れに任せて頷いてしまったが、彼女の言葉の意味がわからないのを思い出した。
「決まってんじゃん! ロンリは黒組所属ってこと!」
「……」
だれか翻訳機持ってきてくれ。
北風が公園を吹き抜けた。
混乱を極める僕の脳が良い感じに冷やされる。
「うー、さぶぃー」
と、眉間にシワを作って寒さに震えるユエを冷静に観察することが出来た。
あまり賢そうじゃない。
猫を思わせる瞳につんとした高い鼻。街灯に照らせれ、白さを強調させる肌は、きめ細かく、若さをアピールしているようだった。絹糸のような金色の髪は花の髪飾りで留められ、羽織った赤いローブは間違いなく魔女の証だった。
いまなら彼女一人だ。
細長い枝が悲鳴をあげるように風に揺れた。
昼に降った雨が霧のように景色をぼやかせている。
「つまり僕を天球に行くように要求しているのか。そのあとフランムルカ魔法学校とやらの黒組に通え、と」
「まあ、そうなるね。学園対抗に勝つためにユエはスカウトしてるってわけ。特待生として魔法学校に通うことになれば、授業料は免除だし、就職先も斡旋できるかもしれないんだよ」
「なるほど悪い話じゃないね」
「うんうん。ロンリを推薦すれば推薦者であるユエの株も上がるし、お互いいいこと付く目だよ!」
「だが断る」
「え!?」
そんなうまい話があるわけないし、なにより、
「妹が一人になってしまう」
「それなら心配ないよ!」
あっけらかんとした笑みを浮かべユエはパンと手を叩いた。
「妹さんならすでに入学を決めてくれたからね」
「なに、いってんだ」
理解できなかった。背筋が凍った。
この女はなにをいっているのだろう。
妹を魔法と血統が支配する他世界に引きずり込もうというのか。
正気の沙汰ではない。
「まだ十二歳だぞ。子供だ。なにを勝手に」
「明野アリカ! 彼女もまた魔女の素質がある重要なスカウト対象だからね。来年の春から彼女は中等部の二年、君は高等部の一年に所属する手はずだよ」
「勝手に決めてんじゃねぇぞ。異世界の学校なんて眉唾なもの妹の経歴に載せるわけにはいかない」
「富良六中学高等学校」
彼女がぼそりと呟いた学校名はこちらの世界にある中高一貫校だった。最近設立された私立で、有名校への進学率もかなり高いらしい。
「知ってる?」
「それが、どうした」
「表向きはそこに通ってることになる。富良六中学特別進学コースってやつ? 詳しく知らないけど。そのことをアリカちゃんとお母さんに話したら二つ返事で了承してくれたよ。全寮制だけどお兄ちゃんと一緒なら怖くないってさ」
「母親は保護者でもなんでもない。僕を通せ。通した結果は不受理だけどな」
「許可してもらうよ。君の入学も含めて」
ユエは自信ありげに立ち上がると挑発するように僕を見た。
「どうしたら従ってくれる?」
目を細める。紫色のきれいな瞳だった。
「どうしたら従うと思う?」
「君みたいなタイプの対応はマニュアルとして存在してるよ」
コートの内ポケットにユエは手を突っ込むと、すぐに杖を取り出して、それを掲げて見せた。一見するとただの枝のような杖だが、夜でもはっきりと内包魔力が見てとれた。
「力付く」
「やってみろ」
テーブルの上に飛び乗ったユエはその勢いのまま、大きく杖を振るった。
「火!!」
タクトのような杖の先端から火の球が飛び出す。
想定していなければ直撃していただろう。横飛びでそれをかわし、僕は茂みに飛び込んだ。
どうやらこちらの世界での魔法の使用は本当に解禁されたらしい。少し感動だ。
「賭をしよう!」
ユエの打ち出した火の玉が池で弾けた。水面が飛沫をあげて波立つ。
「もしロンリがユエに一撃あてられたら、諦めて帰ってあげる! だけどユエの魔法を食らったらフランムルカ魔法学校に入学してよ」
「条件付けは双方の同意があって行える二択だぞ」
「プライドの高いロンリはユエの挑戦を受けざるを得ないでしょ?」
なるほど、案外賢いのかもしれない。
彼女の言う通り、僕は魔法比べで負けたことがなかった。どんな条件下であろうとだ。
生まれかわってどうかはわからないけど、今言える確かなことは、空気中の水分量の多い日に火魔法を使うような未熟者には負ける気がしない、ということだけだ。
「霧……霧……霧」
屈みながら移動し、茂みに隠れながら蚊の鳴くような声で呪文を唱える。
節をつけて唱えることで、呪文はカタチをなし、自然現象を巻き起こす。身体を巡る生命エネルギー、魔力といえば分かりやすいか、それを言霊を含む発音で肉付けするイメージだ。
僕が唱えたのは霧を発生させる初期呪文だ。地面や植物の水分を吸い上げ、空気中に散布するだけの端にも棒にもかからない呪文。
「そこだぁー! 風!」
ユエが風の塊をあらぬ方向へぶつけた。公園の草臥れた茂みが吹き飛ぶ。
濃くなった霧に僕を完全に見失ってくれたらしい。
それはいいが、彼女の唱えた風の呪文は思ったよりも威力があった。直撃すれば無傷じゃすまないだろう。
「反射」
念のため保険をかけておくことにした。
退魔の呪文に似た反射の呪文である。これにより一定時間僕に浴びせられる魔法は術者に跳ね返るようになる。つまり彼女が僕に一撃を浴びせるのは不可能になったわけだ。
木の影から顔をあげて、いまだにアズマヤに陣取るユエを見つけた。
やはり未熟者だ。
隠れるということを知らないらしい。あの程度の魔法ならば、総量もたかが知れる。罠なんてあるはずもない、低レベル。
「浮遊……」
コートを脱いで空中に浮かせる。浮遊魔法でユエの頭から被せるように調整した。視界から外れるように、ゆっくり弧を描くように移動させる。攻撃系を唱えてもよかったが、端整な顔立ちをしていたので、傷付けるのは忍びないと判断した結果だ。
「ひゃあ」
紺色の僕のコートを頭から被って、ユエは悲鳴をあげた。
「な、なあに、これっ!」
わたわたと遠くから見てわかるくらいに狼狽えている。
「ふぎゃぁ」
転けた。断っておくが、僕は布を被せただけで他になにもしていない。
「浮遊」
コートを引き戻しながら立ち上がる。
「ふぇー?」
声に反応して少女は振り向いた。僕を視界におさめたユエは自身を覆っていたモノの正体を理解したのか、がっくりと肩を落とした。
「僕の勝ちみたいだね」
宙に浮くコートを手にし、再び羽織る。底冷えする寒い夜だ。厚着をしないと風邪をひいてしまう。
「ううう……、なにそれっ、ずるいよ!」
「どこがずるいの?」
「……わかんないけど、ユエが負けるはずないもん」
「なんで?」
「そ、そんなこと言われても、ユエは天才だから」
「そう。なんでもいいけど、僕は賭けには勝ったから学校には行かないよ」
「ま、まってよ」
立ち上がってすがるような目付きで僕を見てきた。
「そんな……スカウトに失敗したなんて知られたら怒られちゃうじゃん!」
僕はコートについた落ち葉をはたき、おぼろ月を見上げてため息をついた。
「君の事情はなんでもいいけど、僕は帰るよ。二度と話しかけないでくれ。妹の入学もキャンセルだ。じゃ」
背中を見せて歩き出す。
そもそも寝ていたところを無理矢理起こされて、若干不機嫌なのだ。
冬の夜は僕の体から易々と体温を奪っていく。かすれた満月を思って息をついてしまった。
「ねぇ、ってば!」
コートの裾を掴まれた。公園の出口近くのことである。公衆トイレから漏れた灯りが僕らの影を長くする。
「賭けはロンリの勝ちでいいよ」
「そりゃどうも」
「だけど、アリカちゃんのことまではさっきの賭けの対象じゃなかった」
「おい。それはあまりにも卑怯だろ」
「なんて言われようと構わないもん。もう一度、これで最後だから賭けをさせて」
紫色の瞳が涙でにじんでいる。なんでたかだか一人を勧誘するだけでこんなに必死なんだろうか。
「賭けは三日間、まずロンリには今の出来事を忘れてもらう。ユエは記憶操作の魔法が一番得意だからね」
「それで?」
「その後ロンリのクラスにユエが潜入するから、三日後のこの時間までに今日のことを思い出せるかどうか賭けをしようよ」
よほど記憶操作の呪文に自信があるのだろう。
なるほど。技術も魔術も未熟な彼女が何故にエージェントとやらに選ばれたのか疑問だったが、記憶操作魔法が得意なら納得がいく。不味いところを他者に見られたとしても誤魔化せるからか。
「いいけど僕が勝った場合の条件を変更させてもらう」
「え?」
また後だしでルール追加されても困るから、確実性をもつことにした。
「勝った場合の条件は僕の命令には絶対服従ということだ」
「!? それって性奴隷にもできるってこと?」
しねぇよ。
「やろうと思えばね。さぁ、賭けはどうする。やらないのなら、君の負けということで、早々にご帰宅願うよ」
「やる」
「え」
「やるよ。ユエの本当の実力をみせてあげる」
宵島ユエは懐から杖を取り出すと、僕の額に先端をくっ付けた。
予想外の快諾に思わず戸惑ってしまった。普通の感性をしていたらもう少し条件について考えてもおかしくないはずだ。
「お、おい。正気かよ。子供のお遊びじゃないだぞ。魔術使い同士の制約は言霊を持って実際に……」
「忘却!」
「ちょっ、待てよ!」
白い閃光が瞬いた。
呪文の隙間に、少女の勝ち気な瞳が決意に燃えるのを、見た、ような気がした。




