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さよならを妹にしておく


 僕の妹は生まれつき体が弱く、少しの風邪ですぐに寝込んだ。

 中学生になってからも、病弱なのには変わりなかったが、最近は体調がすこぶる良いらしく、折角の三連休なので、遠出をしようという話になった。

「どこに行きたい?」

 と僕が尋ねると、妹は嬉しそうに、

「滝に行きたいです」

 と白い歯を見せて答えた。久方ぶりのお誘い。もろ手をあげて承諾するのは簡単だが、いまいち目的地がわからなかった。

「滝?」

「袋田の滝です」

「なにそれ」

「県民は遠足で必ず訪れなきゃいけないきまりになってるのです。遠足の時、寝込んでいけなかったんで……」

「有名なの、それ」

 元都民の僕にはぴんとこない地名だった。

「久慈川の上流にあるでっかい滝です。日本三大瀑布に数えられます」

「三大幕府? 江戸と室町、鎌倉?」

「瀑布は滝です。華厳滝、那智滝、袋田の滝です。ともかくすごい有名なんですよ」

 妹の力説に押されて、よくわからい滝に行くことになった。


 当日。

 母親は帰ってきていなかったので、机の上に置き手紙を残して、家を出る。

 いつものことだが、アリカはやっぱり寂しそうだった。

 早い時間の電車だが、祝日ということもあってあまり混んでいなかった。

「もうちょっと洒落たところを選んでも。上野の美術館とか世界遺産に選ばれたんだしさ。休みの日に滝を観に行く中学生なんてそんなにいないよ」

 調べたら、同じ県内とは思えないほど遠かった。電車で二時間。東京に出る方が時間的には近いし、守谷のショッピングモールに行く方がよっぽど有意義だと思う。

「滝が良いのです」

「なんで」

「雄大な自然、マイナスイオンに荒んだ心が癒されること間違いなしです」

 鼻息荒く説明される。

「おばあちゃんが一度は行ってみるべきだと。凄くエキサイティングらしいですよ」

 座席でくつろぎながら他愛のない会話に花を咲かす。

 整った妹の顔立ちを横目で眺め、あの派手好きの親から、なんでこんないい子が生まれたのだろうと軽く首を捻った。

 車窓を流れる田園風景は冬の陽光を浴びてキラキラと輝いていた。

 駅を通過する度、自然溢れる風景が増していく。

 途中乗り換えが一度あり、二時間ほどで目的地に到着した。もはや福島県である。

 座りっぱなしだったので、お尻が痺れてしまい、右手で自分の尻を揉みほぐしていたら、

「変態さんみたいです」

 と、妹に笑われた。


 朝の早い時間に出たのに、着いたのは昼過ぎだった。

 駅からバスに乗り継ぎ、終点で下車する。滝は思った以上に遠く、しかも道中緩い勾配になっていたので、息を切らして目的地についたとき、彼女の体力は限界を迎えていた。

「お昼食べようか」

 暑くもないのに、青い顔で汗をたらし、気丈な笑顔で妹は答えた。

「そうですね。お腹ぺこぺこです」

 土産物屋が並ぶ一角の蕎麦屋で僕らはお昼ご飯をとることにした。

 どうでもいいが、地方に行くと必ずと言っていいほど蕎麦が名物なのはなぜだろう。

 僕は山菜うどん、妹はざるそばを注文した。

「美味しいですね」

「そうだね」

 相槌を打ったがぶっちゃけ不味かった。麺はゴムみたいだし、汁は温いし、たぶん、アリカが作ってくれた方が百倍うまい。

 店を出るついでに土産物を軽く眺めた。

 しょうもないクッキーにしょうもない饅頭がならび、とりあえず納豆ぶちこんどけというスタンスは嫌いじゃないが、節操はない。なぜか知らないが三度笠と木刀が売っていたので、買おうかと迷っていたら、「無駄遣い、よくありません」と妹に嗜められた。


 休憩も終わり、気合いを入れ、滝に向かって歩き始める。

 近くを流れる久慈川のせせらぎを感じることができた。

 買い物すれば駐車場無料を大々的に掲げる土産物街を抜け、軽い登山を終えると、入場ゲートが見えてきた。入り口で料金を支払いコンクリートでできた観瀑台に入る。中学生は百五十円とお財布にも優しい金額だった。

 観瀑台へ続く道はトンネルになっており、横道にそれるとそれぞれの展望台へとつながるようにできていた。

 トンネルに入って数十メートル進んだところに第一観瀑台があったので、さっそく見てみることにした。


 第一観瀑台は見上げるように、滝の全容を眺めることができる。

「うわぁー」

「でっかいですねぇ」

 悠然と流れ落ちる水。

「……」

 思ったより水量がないぞ。

 横幅があるだけに、ちょろちょろと流れる水が陳腐だ。

「……」

「おにいちゃん、思ってることを正直に言ってみてください」

「ちゃちぃ」

「ち、違うのです。最近雨が少なかったから、あんな感じなのです。そ、それにもう少し早く来れてれば氷瀑が見れたかもしれないんですよ。凍りついた滝、圧巻です!」

「ま、まあ、まだ第一観瀑台だしね」

 正直期待うすである。

 観瀑台から戻る途中、仏像があった。

「なんだこれ。四度……ん?」

 仏像の前にはお供えものが並び、木製の看板には四度うんたらと書かれていた。

「滝が四度に渡って流れ落ちることと、昔この地を訪れた西行法師が、この滝の素晴らしさは四季ごとに訪れないとわからないと言ったことが由来となっているそうですよ」

 僕は一度で充分かなぁ。


 第二観瀑台へと向かう途中、恋人の聖地という謎のモニュメントがあった。

「なんだこれ」

「滝の雄大な光景がプロポーズに相応しいとして選ばれのです」

「まあ、世の中色んな人がいるよね」

「どうですか。おにいちゃん、ドキドキしてきませんか?」

「……」

 僕は回りを見渡してみた。

 壁に配置されたベンチには、スマホをいじる大学生とご老人、この場にいるのはアリカ以外全員男である。

 悲しい気持ちになった。

「帰りは吊り橋を渡って帰れるようになってますし、若いカップルから、お子さま、ご老人まで楽しめるようにできているのです」

「お、おう」

 なんでこの子こんな熱量持ってるんだろう。


 第二観瀑台へはエレベーターで向かうようになっていた。従業員の案内にしたがって篭に乗る。最近できたのだろうか、内部は広く閉塞感は一切無かった。

「おばあちゃんの退院祝いを買いましょう」

 アリカが階数表示を眺めながや、口を開いた。

「花とかでいいんじゃないかな」

「あとでお土産物屋さん見てみましょうよ」

「さっき見たじゃん」

「一瞬じゃないですか。もっとしっかり確認しなくちゃ」

 離婚後、実家に戻った母がのらりくらりと遊び歩けるのは、子育てを祖母に押し付けたからだ。母は生家を片田舎と毛嫌いしているが、妹は田圃が広がる風景をいたく気に入り、窓から見える景色をよくスケッチしていた。

「おばあちゃん、早く帰ってこないかな……」

 一年ほど前に祖母は脳卒中で倒れた。学校帰りのアリカが見つけ、救急車を手配したらしい。

 幸い命に別状は無かったが、歳を取ると治りが遅いらしく、最近になってようやく家に戻る手続きが進んでいるらしいのだ。

「そうだね」

 これで、僕も安心ができる。

 祖母はほんとうに頼りなる人だからだ。

 祖母はよく母を叱った。もちろん僕らの前で表だって怒ることはなかったが、子供を守れと口酸っぱく忠告していた。母の耳には届かなかったが、僕は祖母に感謝している。

 エレベーターが第二観瀑台へ到着した。すれ違いに二組の親子がエレベーターに乗って下に降りて行った。

 広がる空に解放感を味わいながら、木製のデッキに登る。滝の落ちる音と鳥のさえずりが不思議な音楽を奏でていた。

 僕ら以外の客は金髪の少女一人だけだった。赤いコートを羽織り、手摺に凭れながら、ぼんやりと流れ落ちる滝の水を眺めている。

「あれ、ユエさん……?」

 アリカがかけた声に反応し、少女が振り向いた。

「あ、やった来た。もう遅いよ。待ちくたびれたんだから」

 ユエは頬をぷくぅと膨らませて不機嫌を露にした。

「ごめん。思ったより徒歩の時間が長くて」

 飯食ってたから遅れたなんて言えないな。

「え、おにいちゃん、どういうことですか?」

 妹が疑問符を僕に飛ばしてきた。

「ユエから説明してくれるよ」

「えー、ご主人様してよ。ちっ、まだこれ……」

 ユエの舌打ちに妹は混乱を極めたように頼りない視線を僕に寄越した。

「ご主人様って……」

「ユエが僕のことそう呼びたいって言って聞かないんだ」

「あー、そうなんですか……。まあ、個人の趣向は自由ですからね」

 ドン引くアリカにユエは必死の形相で「違う!」と否定した。

「ともかくユエはご主人様に呼ばれてわざわざ来たの!」

「呼ばれたって、どうして」

「来年度のアリカちゃんの入学なんだけど、なんやかんやあって難しくなったんだ」

「え、そんな、なんでですか」

「その、なんていうか、まあ、色々あったんだよ」

「お、おにいちゃんもダメなんですか?」

「いや、ご主人様は大丈夫なんだけど、アリカちゃんは難しくて……」

「な、納得できません! 説明してください」

「う、ううー」

 ユエは助けを求めるように僕を見た。誤魔化し方が下手すぎる。

「アリカ、そういうわけなんだ。君の人生に魔法学校なんて眉唾なものいらない。普通の人生を人となりに歩んでくれればそれでいい」

「嫌です!」

 アリカが拒否するなんてはじめてだ。昔から物分かりが良く、不満があっても息を飲み込んでグッと我慢するタイプだったのに。

「おにいちゃんと離ればなれになりたくありません」

 くう。

「あ、アリカ、僕も同じ気持ちだけと仕方ないんだ」

「あ、そうだ、見ててください。おにいちゃんもユエさんも!」

 アリカはワンオクターブ声を高めて、嬉しそうに手をうちならすと、一歩前に出て、両手を突きだした。

「な、まさか……」

 冷気を感じた。アリカを包む気配が変わる。

 彼女は深呼吸をすると、 目を見開き、

大氷結(タメツ・イゴス・ノモ)!」

 呪文を唱えた。


「な」

 まともに声が出せなかった。

「す、すごっ」

 ユエもおんなじだった。

 滝は一瞬にして凍りつき、流れが写真に切り取られたみたいに止まる。轟音を響かせていた音も止み、辺りは信じられないくらい静まり返った。

「な、なんつう」

 なんつう、強大な魔力だ。

 辺りがにわかにざわつきだした。第二観瀑台には僕ら以外に人はいないが、第一で何人か見物していたらしい。

「ふぅ」

 アリカが手を下ろすと同時に滝の氷は溶け、再び流れ始めた。もとより気温はそれほど低くない。本当に一瞬の出来事だったし、記憶消去の魔法を使うまでもなく、観光客はただの白昼夢と納得するだろう。しかし、

「おにいちゃんに氷瀑を見せてあげたくて練習したんです。お借りした魔導書の通りにやってみたんですか、この通り私も簡単な魔法ぐらいなら使えるのです」

 珍しくどや顔をする妹に僕は言葉かけられなかった。

 簡単? とんでもない。

 今のは気化熱を利用して対象を凍らせる水系統の最大魔法であり、とでもじゃないが一朝一夕で会得できるものではない。自然豊かで、いくら水エネルギーが豊富な場所であろうと、ど素人が書籍だけの情報で自らの魔力を使って最大呪文を使いこなすなんて不可能に近い。

 アリカは本物かもしれない。

 血統なしにも関わらず、ごく稀に現れる先天性の魔術師だ。彼女が多大な魔力を帯びた原因はわからないが、少なからず僕が関係しているのは確かだろう。もし、フランムルカ魔法学校に通い、ヴィオレットことアスモデウスの契約を結べば稀代の魔術師になれることは間違いないだろう。

 だからこそ、

「どう、したのですか? だまりこくっ

て」

 だからこそ、覚悟を決めることにした、

 才能という芽を摘む覚悟。

「ユエ……」

「まさか、本当にやるの? アリカちゃんは天才だよ!」

「だからこそだ」

 ユエを呼んだのには訳がある。

 まず、柿沢に僕の潜在魔力が著しく乏しいことを知られたくないから、ということと、彼女が記憶操作の魔法が得意だからだ。

「手はず通りに頼む」

 僕の命令にユエは渋々頷いた。

「わかった。だけど、ユエはこのやり方、好きくない」

「……」

 ユエは懐から杖を取り出した。

「え……」

 ただならぬ雰囲気を感じて、アリカは一歩引いた。

「こ、こわいですよ。ユエさん、どうしたんですか」

「ごめん、アリカちゃん、痛くないから」

「ど、どういうことです、や、やだ、こないでっ」

 ユエは杖を振りかざし、そして唱えた。

大忘却(ロレスワ・イゴス)!」

「おにいちゃん……」

 兄がいたことを忘れる呪文を。


 滝が流れ落ちる。

 杖から放たれた目映い光は収まり、再び大自然が広がった。

 エレベーターが到着する音がした。

 妹は虚ろな表情で景色を眺めている。

 ユエが唱えたのは記憶操作の最上位魔法だ。僕の低い魔力では妹の記憶を完全に操作するのは難しく、ユエを頼らざるを得なかったのだ。特定の人物の記憶を消去し、かつ対象を発信源に接触を行った別の人物の記憶をも操ることができる。風邪と同じだ。つまりアリカは僕のことを忘れる忘却ウイルスの感染源になった。

「あ」

 妹がふらついた。僕はとっさに手をだし彼女を支える。

「す、すみません、ちょっと立ちくらみが」

「大丈夫?」

「ええ、問題ありません。失礼しました」

 僕の手を静かに払い、彼女は真っ直ぐ正面を向いた。

「滝、綺麗ですね」

「そうですね」

「……では」

 見ず知らずの他人に助けられて恥ずかしいのだろう。妹は頬を赤らめてよそ行きの顔で階段を下っていった。

「よかったの?」

 アリカの背中を見送りながら、ユエが訊ねてくた。

「ユエはよくないと思う。わかんないけど」

 妹の透き通るような黒髪が視界から消える。

「魔法が使えても、現実社会で役に立つことはないよ」

「そ。そんなことないし。便利だよ、魔法が使えたら!」

「火を起こしたいならコンロをひねればいい。水を出したいのなら蛇口を捻ればいい。人を殺したいならナイフで刺せばいい。魔法は簡単に出来ることを魔力を使って難しく表現してるだけだ」

「普通の人ならそうかもしれない。でも、アリカちゃんなら」

 感情豊かなユエは魔術師には向かない。魔術師は冷徹で合理的でなければならないからだ。

 彼女に依頼を出したのは間違いだった。柿沢ならきっとなにも口答えすることなく僕の願いを叶えてくれたはずだ。

「ユエ、もう帰ってくれ」

「……それは命令?」

「お願いだ」

「じゃやだ」

「頼む。一人にしてくれ」

「……わかった。下に降りてるから。でも帰らないよ」

「なんでだよ、帰れよ」

「ご飯奢ってもらってないもん」

 そういえば、そんな約束してたな。

「それに、ご主人様、いまにも泣きそうなんだもん」

「……僕が?」

 それは彼女の勘違いだ。僕が最後に泣いたのは小学三年生の時、フランダースの犬を観たのが最後で、それ以来涙を流したことはない。

「ユエが励ましてあげる!」

 ハツラツとした笑顔に沈んだ気持ちが浮き上がる気がした。

「……ありがとう」

「じゃ、下で待ってるから一通り泣いたら降りてきてね」

「あー。うん、そうだね」

 ユエはにこりと微笑むとそのまま駆け足で階段を降りていった。


 もちろん僕は泣かなかった。

 妹と別れることとなって、それはもう悲しいのだが、自分で選んだことだし、なにも今生の別れになるわけでないと知っているからだ。

 泣くはずがない。

 第二観瀑台に観光客が上がって来たので、僕も帰ることにした。ユエも待っているし、彼女に不味い蕎麦を奢ってあげないといけないからだ。

 いままでありがとうアリカ。幸せを祈っておこう。




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