境界線上の二人 7
しばしの空中散歩を楽しんだあとは、真剣勝負の再開である。
「に、逃げてどうするの?」
穴から骸骨が並んでいた部屋に戻ると、ユエがボソボソと蚊の鳴くような声で訊いてきた。
「逃げた訳じゃないよ」
浮遊を解除して両手の人差し指で霧を刻み続ける。穴から見える地階の光景は霧に包まれ、松明の明かりを拡散して綺麗だった。
「さて、霧も十分だ」
僕が唱えまくった呪文で地階は伸ばした指先すら確認できないほどの濃霧だろう。
浅く息をつく。
「ご主人様?」
ぴたりと動かなくなった僕を心配してユエが声をかけてきた。
「なにしてるの?」
「集中」
だから邪魔すんな。
「えっ、集中してどぉーすんの?」
答えなきゃしつこく聞いてきそうな雰囲気だった。
「土呪文で反射神経を高めてるんだ。これだけ土に囲まれていれば、初級呪文でも中級程度の威力はだせるしね」
「肉弾戦するの?」
「違うよ」
父親の事業が上手く行っていたころに習った空手の型を思い出しながら、穴の前に立って構えた。
「土の消費魔力が2とすると、同時使用できるのは、消費魔力1の浮遊か霧くらいなもんだろ」
「言ってる意味がわからないんだけど」
「んー、説明するの難しいな。あの人形の回りに煙幕を焚いたのはわかるだろ?」
「うん。すごいモヤモヤしてるもん」
「でも彼らには魔力測定の機能がついてるから、視界を遮ったって、僕らの居場所はモロバレなんだ」
「えっ、意味ないじゃん。どうすんの?」
「自動人形が油断するかは知らないけど、彼らはいま必死に空を飛べる鳥型爆弾を作ってるところだよ」
「や、やばいじゃん。だって飛べる爆弾作られたら、そこの穴から送り込まれて、ユエたち爆発させられちゃうよ! に、逃げようよ、先輩のところまで戻れば、なんとかしてくれるって!」
「まあ、落ち着いてよ。爆弾がその場で 作れるってことは体内に可燃物があるってことだろ。だからあの二体は万が一に備えて水場に出現したんだよ。つまり弱点は火ってこと」
「そ、そうなの? あっ、ユエ、火使えるよ! 任せて!」
「魔力関知機能がついてる人形だから当てるのは難しいんじゃないかな。だけどさ、あいつらの爆弾なら」
と、言いかけたところで大量の鳥型爆弾が穴から一斉に飛び出して来た。鳥というよりも蜂の大群のようだった。
これを待っていたのだ。
僕は指先に魔力を集中させ、一体一体の鳥型爆弾に触れていく。
詳しくはないが、この手の爆弾はぶつかった時の衝撃を火種に、火薬を爆発させるものらしい。昔の知り合いに教わったことがあった。
なので、僕の魔力で柔らかく包み込んでやれば爆発することはないはずだ。上級呪文が使えれば、大氷河で霧ごと凍らせるのだが、魔力5じゃそんなことできるはずがない。
僕の魔法で空中に制止した鳥型爆弾が十五体。まあ、上出来だろう。次が来ることはなさそうだ。
「す、すごい。カンフーの達人みたい」
「まあ、肉体強化唱えてるからね」
浮遊で浮かせた鳥型爆弾の向きを百八十度回転させる。
「でもこんなたくさん浮かせて魔力持つの?」
「最初に触りさえすれば大丈夫。穴の出口全体に僕の魔力をアメーバーみたいな感じで這わせてるだけだけだから」
角度調整、よし。
「おおまかの位置しかわからないけど、こっちから飛んできたってことはあの二体はこの直線にいるってことだろ」
指先をヒョイと動かす。鳥なのにとんぼ返りだ。
穴に飛び込んだ鳥型爆弾は勢いよく霧の中を特攻していった。何らかに着弾し、火花を散らす轟音が連続して地階より響き渡った。
お祭り騒ぎは終わり、霧が晴れてから、穴より地下へ降りる。
至るところ爆発で抉られたりボコボコになっているが、洞窟が崩れることは無さそうだ。
人形は壊れていた。
腕がもげ、足は曲がり、身体中煤だらけだ。どっちがどっちなんて、もうわからない。
「なんだか、残酷だね」
ぼそりとユエが呟いた。
僕は返事をしなかった。
人形が出てきたさらに奥に進むと岩壁に不釣り合いな鉄製の扉があるのを見つけた。
鍵はかかっていない。罠もなさそうなので、僕はその扉を両手を使って押し開けた。




