境界線上の二人 6
コートをばさりと払う音がして、ユエがそれを羽織る気配がした。
「キスするよ」
「ん?」
衣擦れの音に混じりぼそりと何かが聞こえた気がした。
「キスするね」
いや、気のせいじゃない。舌足らずな幼子の声だ。
「キスするよ」
「くんずほぐれつだよ」
「カップルだもんね」
「エッチなことするよ」
「十八歳未満は閲覧禁止だよ」
声の主は二人だ。いずれも幼い。ボソボソとないしょ話をするみたいな囁き声が聞こえた。
「ユエ、聞こえたか。警戒が悟られないように、いつでも杖が出せ……」
「し、しないよっ!」
なぜ返事をした。
「バレてるよ」
「どうしよう。バレてるね」
「出る?」
「出ようか」
「そうだね、出ようか」
「うん、そうだね。出よう」
ユエの返事を待っていましたとばかりに、岩影から二人の子供が現れた。
白い髪で長髪の女の子と、黒い髪で短髪の男の子。女の子のほうは黒いゴシックロリータ風のドレスを着ていて、男の子の方は白いタキシードを来ていた。女の子の靴は白く、男の子の靴は黒い。二人でオセロでもやってるのかな。
背丈と顔立ちは異様なほどそっくりだった。
「双子……?」
異質な状況に思わずユエがこぼした。
「双子だって」
男の子がクスクスと笑いなから口を開く。
「双子だって」
女の子も合わせてクスクスと笑いながら返事をする。
「おかしいね」
「おかしいね」
なんてベタな話し方をするやつらだろうか。いまどき流行らないと注意して上げるのは簡単だが、自分達で気付くことに意義があると判断した僕は、いつでも逃げられるようにグッと足に力を込めた。
「こんにちは」
「こんにちは」
微笑みながら行われた挨拶に、ユエは小さく頭を下げて「こんにちは」と返事をした。素直だな、こいつ。
「僕の」
「私の名前は」
「クロです」
「シロです」
「よろしく」
「お願いします」
名付け親のネーミングセンスに脱帽だ。
「宵島ユエだよ。こっちの人はご主人様、じゃなくて、ご主人様、くっ、上手く言えない」
ユエは僕の名前を呼ぼうとすると自動的に『ご主人様』と変換されてしまう呪いにかかっているのだ。
「この人は、あーけーのーろーんーりー! 言えた! えっと、よろしくお願い、って、なにをよろしくなの?」
ユエは違和感を感じないのだろうか。 長らく人が入っていないダンジョンの奥で、身綺麗な幼子二人に会って、警戒心が働かないのだとしたら、それはそれで平和な生き方をしてきたのだと思うだけだけど。
「僕たち」
「私たちは」
「不死王に作られ」
「不死王に依頼され」
「不死王の後継を探すため」
「不死王を作るため」
「不死王に至る者かを」
「確かめる人形」
卒業式みたいに器用に交互に喋るやつらだ。絶妙な掛け合いに感心してしまう。きっと丹念に練習したに違いない。
「え、人形って、え」
「自動人形だよ」
状況についていけず戸惑う少女に注釈を加えて上げる。
「オートマータは二体一対で作られることが多くある。互いにメンテナンスができるようにね。そうすることによって半永久的に稼働することができるだろ」
「か、彼らの目的って」
「ユエ、下がって。この遺跡自体が不死王とやらを奉る施設みたいだね。彼らは何かを守るために作られたガーディアンだよ」
僕はユエより一歩前に出て、二つの人形と対峙した。
「確かめる、というのはどうやるんだ?」
「決まってるよ」
「決まってるわ」
全身に魔力を走らせる。さてどうしようか。
「勝つか」
「負けるか」
「やるか」
「やめるか」
「生きるか」
「死ぬか」
「殺すか」
「殺されるか」
彼らが言葉を発する度に、ネズミのおもちゃのようなものが床にボトボト落ちていく。
「壊すか」
「壊されるか」
「壊すか」
「壊されるか」
「壊す」
「壊す」
「壊す壊す壊す壊す壊す」
最期にはどっちが言葉を発しているのかさえ分からなくなるほど早口で、ただひたすら「壊す」を連呼する彼らは不気味以外の何者でもなかった。
言葉が連なる度に、積み重なったネズミのおもちゃが増えていく。おもちゃには車輪がついていて、なんとなく僕は彼らの目的がわかってきた。
「おねえさん」
「へっ、な、なに」
異様な光景に言葉を失っていたユエに男の子の人形が声をかけた。
「すごくたくさんの魔力を持ってるね」
「あ、うん、ユエ、生まれつき魔力総数がスゴいんだって……」
「でもあんまり呪文覚えてなさそうだね」
「う、うるさいなぁ! 延び盛りだもん!」
薄々気づいていたけど、ユエは忘却魔法以外で完璧にマスターしている魔法は風と火くらいなもんらしい。
僕が感心するほどの魔力総量をもっているだけに、勿体ない話である。
「おにいさん」
「ん?」
女の子の人形、シロのほうが僕に声をかけてきた。
「すごくたくさん魔法をつかえるのね」
「そりゃどうも」
「でも魔力……たったの5、ゴミめ」
「……」
一発で弱点が見抜かれた。
どうやら彼らには魔力測定の機能がついているらしい。うむ。本当にどうしようか。
「え、ご主人様……」
「まあ、キャパシティは生まれつきだからね」
個体の魔力容量が著しく低かっただけのこと。もちろん器はある程度の修行で増やすことはできるが、それにも限界があり、あとはアイテムや工夫でどうにかするしかないのだ。
「これなら、勝てるね」
「うん、勝てるね」
勝利宣言されてしまった。なめられたものである。
「勝てる勝てる勝てる勝てる」
「勝てる勝てる勝てる勝てる」
「いっけぇー!」
二対が叫ぶと同時にネズミのおもちゃが僕らめがけて突っ走ってきた。
「浮遊」
ユエをつかんで浮き上がる。
「飛んだ」
「飛んだよ」
「卑怯だ」
「卑怯よ」
なんと言われても、これは戦略的撤退である。あのネズミはおそらく爆弾だ。卑怯なのは人形どものほうである。
「ご、ご主人様、べ、べつにユエたち不死王とかに興味ないから、あの子たちにそのこと説明して、わかってもらおうよ!」
「いや、あいつらはここで叩く」
「え、なんで?」
「不死の王、は終末の呪術師の二つ名の一つだ。放っておくわけにはいかない」
柿沢がいないのが悔やまれるが、彼女に僕の弱点が知られなくてよかったと思おう。
「そ、そうなの。で、でも、どうするの、ご主人様。魔力5で唱えられるなんて初級呪文くらいだよ」
「心配無用だよ。早詠みスキルが僕には備わっているからね」
「はやよみ?」
「魔力の回復スピードは半端ないってこと」
精神統一し発動させる魔法の連続使用はかなり難しいものとされる。
だが、僕に至っては一呼吸おかないでも魔法を発動させることができるのだ。生前の修行の賜物である。
「飛んだよ」
「飛んだ」
「どうする」
「どうしようか」
「そうだ」
「思い付いた」
「飛べる玩具を作ればいいんだ」
人形が両手を広げ、大きく口を開く。
「落ちて」
女の子の人形が言葉を発すると、男の子の人形の口から鳥のおもちゃが出て来て、その場で羽ばたいた。
「死んで」
男の子の人形の言葉で女の子の人形の口から、同じように鳥のおもちゃが出てくる。
「落ちて」
「死んで」
「落ちて」
「死んで」
あとはその繰り返しである。
マジシャンも顔面蒼白になる荒業だ。なんにせよ、悠長に構える時間はあまり無いようである。
「霧、霧、霧」
地底に溜まった水溜まりを利用しない手はない。浮遊を発動しながら指で霧のルーンを刻む。僕の人差し指が世話しなく動く度に、辺りは霧に包まれていく。
「なにこれ」
「なにこれ」
戸惑う二体の目を盗むようにユエの手を引きながら、落ちてきた穴から上に戻る。さよーならー。




