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境界線上の二人 5


 階段を下っていくと、少しだけ広けた空間に出た。八畳くらいだろうか。切り石を積み上げて作られた人工的な部屋だ。

 中央には入り口にあったのと同じ石柱があり、狐の紋章が刻まれている。それ以外にオブジェクトはない。石造りの冷たい部屋だが、センサーのようなものがついていたのか、壁掛け松明が一斉に灯り、室内を明るく照らし出した。四方が壁に囲われており、僕らが入ってきた階段以外に出入り口は存在しない。

「行き止まりぃ? なんだ、つまんないの」

 壁回りをペタペタと触りながら、ユエは退屈そうに声をあげた。

「こんなダンジョンもあるんだね。さっ、帰ろうかな。見たいテレビがあることさっき思い出したんだ。今日最終回なの」

 ユエの呟きが反響した。声の反射具合からみて幻惑を見せるような魔法は使われていない。

「いや、行き止まりではなさそうだね」

 柿沢が歩調を緩めることなく、中央の柱に近づき手を当てた。

「おい、気を付けろ」

「大丈夫」

 柿沢が触れた部分から順繰りに、蛍のような淡い光がぼんやりと灯り出す。光はやがて柱全体まで行き渡ると一面の壁が音をたててゆっくりと上に動き出した。

「どうやら魔力を込め続けていないと扉が開かないらしい。少しでも魔力を遮断すると扉が降りてしまう」

「すっ、すごい!」

 シャッターのように上がりきった壁を指差し、はしゃいでいたユエは十秒も経たない内に、思案顔を浮かべて首をひねった。

「えっと、疑問なんだけど、古代人はめんどくさくなかったのかな」

「侵入者避けなんだろう。はやく潜ってくれ」

「はいー。いこーご主人様ー」

「……」

 手のひらを柱にあて続ける柿沢を背後から見る。

「なんだい、ロンリ。私はここで待つしか無さそうだから、先に行ってくれ」

「ちょっと、考えてみたんだ。たぶん気づいてると思うけど」

「ん?」

遺跡(ダンジョン)の入口にホコリがつまっていた」

「だから?」

「この遺跡には長らく人が入っていないということだ。蜘蛛の巣も出来ていたしね」

「そのようだね。どうやらマモンの使者はまったくの無関係だったらしい」

「だとしたらキミが一番この遺跡(ダンジョン)を探索したいんじゃないのか」

「ああ、まったく、その通りだよ。せっかく同じ流派の未探検遺跡に出会えたんだ」

「……変わったな」

「言ったろう。慎ましく生きるって」

 僕とユエは柿沢を残して先に進むことにした。そうせざるを得なかったのだ。


 次の部屋に移ると同時に、背後の扉が轟音とともに降りた。柿沢が魔力を込めるのを止めたらしい。

「一時間、ここで待つ。君たちが一時間で戻らなければ校長に頼んで、援軍を出してもらう。くれぐれも気を付けてくれ。嫌な予感がするんだ」

 心配されて、僕はなんだか、笑いそうになってしまった。

「あれ、でも入り口封鎖されてるよ、先輩」

「行ったことがある場所なら空間転移(スマビト)が使えるだろ」

「さ、さすが先輩!」

「じゃあ、戻ってきたらまた言って」

 壁の先からくぐもった声が聞こえた。


 壁の先は狭い通路になっていた。人工物はなく、掘り進むことによって出来た洞窟のようだった。

「ご主人様、先行ってよ」

「こういうのはリーダーが先頭だろ」

「蜘蛛の巣とか髪についたらヤじゃん」

「うん。全くもってその通りだ。だから僕も嫌だ。どちらかというと潔癖なんだ」

「えー。だったらユエだって潔癖だもん。一日に二回お風呂入るんだから。ビダルサスーンだよビダルサスーン」

「しょうがないな。じゃんけんで決着をつけよう」

「じゃんけん……聞いたことある。東洋の遊びだよね? うーん、ルールあんまり詳しくないんだけど」

「じゃあ、アミダくじで決めよう」

「それならジャンケンで決めるべきかアミダくじで決めようよ」

「君何をいってるの?」

 らちが明かないと判断し、仕方なし僕が折れた。一列になってしばらく道なりに進む。ぐねぐねと曲がりくねってはいたが、概ね一本道であり、道に迷うことはなかった。

 いくつか罠があったが、落とし穴とか壁から槍とか、見慣れたバネ仕掛けのモノばかりだったので、解除するのは容易かった。

 通路を抜けると、また拓けた空間に出た。

 息苦しさは感じないが居心地はよくない。地層がむき出しであり、壁には水が滴っている。

「結局この遺跡はなんなんだろうな」

「何ってなにが?」

「何を目的で作られたか、だよ」

「そんなの知らない。昔の人に聞けば?」

 一緒に探索しているのが、ユエだと思うと頭が痛くなってくる。建設的な意見を求めているわけでなないが、せめてもっと可愛いげのある発言をしてほしい。近頃の若者はまったく冷めているな、

 と、年寄りめいたことを考えながら、うろちょろしていると、

「きゃあああ!」

 別れて探索していたユエが金切り声をあげた。

「どうした!?」

「さ、さつ、殺人事件!」

「え」

 震える指先でユエが示したのは壁際に転がるシャレコウベだった。

「……年代から見て数百年前のもののようだね。通路にあった罠と年代的には一致するか。む」

 近づいて見てみることにした。全身の骨がある。死体があるということはそれに至る原因があるということだ。慎重に骸骨に近づいた。

「ひぃ、連続殺人事件!」

「かなりの数あるな」

 数十転がっている。そのすべてが理科室の骨格標本みたいな骸骨であり、等間隔に横たえられている。奇妙なことに、多くが手足の関節をあらぬ方向に曲げられていた。アーメン。

「き、気を付けて! 人食いの獣が近くにいるのかも!」

 左右をキョロキョロと見渡しながら、ユエは目を細めた。

「いや、違うな。わざわざ、並べられている」

「シリアルキラーなんだから、それくらいやるって! はやく逃げよう! 殺人鬼が戻ってきちゃうよ! ジェーソンだよジェーソン。ハラワタ食らいつくされちゃうよ!」

「遺体に傷はついていないし。火山灰に埋もれて死んだ人たちの骨みたいだな」

 噴火により命を落とした人たちの骨を、何者かが、わざわざここまでに運んだらしい。

「え、じゃあ、この遺跡ってお墓なの?」

「それも違うな。悼む施設にしては並びが乱雑すぎる。これじゃまるで……いや、待てよ」

 数十の骸は壁に書かれた壁画のように、並べられているのだ。

「これは、文字か」

「文字?」

「象形文字みたいなもんだよ。細かい骨一つ一つで文章を作ってるみたいだ」

「なんて書いてあるの?」

「ちょっと待ってくれ。古代語みるの久しぶりで、えーと」

 ユエは古代語が読めないらしい。僕はじっと骨に近づいて脳細胞をフルスロットルで回転させた。

「不死、王、に、至れば、汝、不死、に至る」

「早く訳してよ」

 もう訳してるよ。

「穴、開く、呪文、は、ヒゴラマケ」

「きゃあ」

「なり、先、に、進め。だってさ」

 顔を上げる。

「どうやら解錠(ヒゴラマケ)を唱えれば、先に進む扉が現れるみたいだね」

 背後のユエを見ようと振り向いたが、彼女はそこにいなかった。代わりにぽっかりと黒い穴が空いている。

 どうやら呪文は唱えるだけで発動するらしい。

「予想外だったな」

 すまなかった、ユエ。生きていたら謝らせてくれ。


 ユエは穴の底で生きていた。

 浮遊の呪文でゆっくりと降りていたら、憎々しげに睨み付けられた。運が悪かったと思って許してほしい。少女に軽く会釈をして僕は地面に足をつけた。

 水が張っていた。

 洞窟の湖とは思えないほど澄んでいる。僕はユエの手を取って陸地に案内した。


「こっち向かないでよ。ご主人様。いま服乾かすから」

 全身水浸しになったユエが不機嫌そうに唇を尖らせた。

「洞窟で火系の呪文は使わないほうがいいよ。溜まったガスに引火するかもしれないし、酸素がな」

(イツア)!」

「まあ、壁掛け松明が自動点火してるこのダンジョンなら問題なしか」

 辺りを警戒しながら小休止をとることにした。

 疲れてはいないが、無理にでも休んでおかないと、肝心な時に体力が持たなくなってしまうこともあり得るのだ。


 びしょ濡れになったコートを乾かしながら、ユエは小さく息をついた。

「ご主人様は先輩と付き合ってんるの?」

 え、いきなり恋ばな始める気かよ。

「いや、付き合ってないよ」

「そうなんだ。誰か付き合ってる人いるの?」

「いないけど……今は」

 語尾を強調して返事する。

「え、付き合ってたことあるの?」

「ないけど……」

 僕の見栄は即刻看破された。

「ふぅん……」

 なんだその意味深な頷きは。

「やっぱりね」

「なにがやっぱりなんだ」

「ご主人様みたいな理屈屋、好きになる女の子なんて、……いないよ」

「なんでいきなり僕の尊厳が貶められるだ」

「……わかんない。言ってみただけ。さ、服乾いたから先にいこ」

 近頃の女の子は本当に意味わからない。



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