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境界線上の二人 4


 僕と柿沢は湖畔の近くの崩れ落ちた民家の前に来ていた。

 学園周辺には幾つか建物があるが、そのほとんどが廃墟だ。

 近くにあるアフレ山の噴火による火砕流によって、街全体が被害にあったためである。震災があったのは数百年前だが、街は遺棄されたまま放置されている。この辺り一帯は、灰の下の街と呼ばれ、ヴィオレットが手をつけるまで、忘れられた土地だった。いや、正確には土地所有者である不動産会社が軒並み不幸な目にあって、誰も手をつけたがらないのだ。

 なるほど、たしかに目を凝らしてみてみると死者の残留思念が半端ない。それをまるごとどうにかできてしまうのだから、やはりヴィオレットは上級悪魔なのだろう。今度魔境について詳しく聞きたいところである。

「ここだよ。見つけたのは私とユエ。君に会いに行く前にたまたまね。そこの門柱に誓約者が魔力を込めると扉が開く仕組みになっている」

強欲(マモン)の誓約か」

 崩れた民家の一室に今もなお堂々と立つ石柱があった。煤けた石柱には狐のマークが刻まれている。

「厄介だな」

 魔術を志すものには幾つか派閥があり、代表的なのが七つの大罪である。

 つまり現行の魔術は大まかなに七つの流派に別れる。

 学校の連中は基本的にはヴィオレットこと色欲(アスモデウス)の派閥。

 僕個人は暴食(ベルゼブブ)の流派である。

 突き止めた真理の探究を共有するのは派閥内だけで留めるのが通例であり、重要な研究書類などは同じ誓約者しか閲覧できないように魔法(ロック)がかけられていることが多くあった。

 遺跡に記された紋章がそうだ。

 この遺跡(ダンジョン)の入り口を出現させるには、 強欲(マモン)の加護を受けた人物の力がいる。

「どうするの?」

 かつての仲間でマモンの誓約者、誰かいたっけな。

「問題ない」

 事も無げに柿沢は呟くと、小さな手のひらを石柱にピタリとあてた。

「忘れたのか、終末の呪術師は強欲の誓約者だ」

 魔力を込めると同時に床下が動き、青い入り口が姿を表す。

「だからヴィオレット校長はこいつを問題視してるんだ」

 もうもうと立ち込めるホコリに軽く咳き込む。

「なんで?」

「鈍いなロンリ。終末の呪術師の流派は強欲だった。学園内に広がる不穏な流れのもとが私由来のものならば、強欲の誓約者を警戒するのは当たり前だろ。だから、天敵であるフランムルカの転生体が調査員として派遣されてるんじゃないか」

「そんなのヴィオレットがやればいいじゃないか」

「彼女は彼女でなかなか忙しいみたいだからね。腹心の部下である私が代わりということだよ」

「腹心の部下が終末の呪術師の転生体じゃ話にならないよ」

「可愛い悪魔だよ。ほんとに」

 灰とホコリが煙のように僕の鼻孔を刺激してくしゃみが出そうになった。

 砂埃の隙間で見えたのは、地階へと続く長い階段だ。底は暗くよく見えない。

「それじゃあ行くぞ」

 柿沢がゴクリと喉を鳴らして階段に足をかけた。

「ちょっと待ったほうがいいと思うよ」

 僕は彼女の肩を掴んで止める。

「なんで?」

「入り口のところに札が貼ってあった」

「なに」

 つまんで見せた千切れた札を僕から奪うと柿沢はしげしげとそれを眺めた。

「なるほど。境界に跨ぐように張り付けておいたのか。千切れると貼付者に信号が飛ぶようになっているのだな」

「受信先は十中八九、学園内で末端思想を流布している奴だろ。行動も慎重にしないと」

「マモンの使者」

「ん、なんて?」

「私と校長はそう呼んでいる。私たちが探すべき相手のことだよ。勝手に人の考えを歪ませおってからに、許せん」

「ああそう。頑張ってくれ」

 勝手に仲間に加えるな。

「マモンの使者がこのダンジョンをなんの目的で利用しているかはわからんが、ようやく尻尾が掴めたのだ」

「それよりどうするの。このまま進むべきかキミが決めてくれ。僕らが扉を開けたことがバレたんだ。罠があるかもしれない」

「当然進む」

 柿沢は階段を指差した。

「挟み撃ちにしよう」

 にたり、と底意地の悪い笑みを浮かべる。

「おそらく何者かが侵入したとなると、マモンの使者も慌ててココにくるだろう。あとは私たちが気付いているのを悟らせないように慎重に行動して、ふんじばる。簡単な作業だろ?」

「なるほどね。それじゃあ、僕が先に潜るよ」

 意外なものでも見るように彼女は目を見開いた。

「いいのか? 敵に背を向けるってことは、オトリだぞ」

「背を向けるといっても、奥まではいかないさ。中程で様子を伺う。それにそんな危ない役、女の子にさせるわけにはいかないだろ」

 冗談のつもりだったのだが、柿沢の顔はみるみるリンゴみたいに赤くなっていった。

「私のこと女扱いしてたんだな」

「まあ、一応」

「……」

 なんだこれ、恥ずかしいぞ。甘酸っぱくなりかけた空気を切り替えるように僕は言葉を吐き出した。

「キミはマモンの使者が来てから階段を下り、背後から拘束呪文を大きな声で唱えてくれ」

「う、うむ。作戦をまとめるぞ。ロンリは逃げながら奴と戦う。私は追いながら奴と戦う。つまり、挟み撃ちのカタチに……」

「いいから行くぞ」

「……了解」

 柿沢はすぐ近くの崩れたレンガの壁に隠れ、息を潜めた。さすがと言うべきか、野生の獣並の気配の殺し方だ。

 僕も深呼吸してから、階段に足をかける。落ちていた枝で、階段の間にかかった蜘蛛の巣をワタアメみたいに絡め取り、二十段ほど進んでから、立て膝をついて息を潜めた。闇に紛れるのは昔から得意だった。

 あとはターゲットが来るのを待つのみだ。

 上手くいくといいけど。

 緊張で不整脈をおこしかける心臓を、心の中で歌うヒーリングミュージックで慰めること五分、

「ああー!」

 静けさは新たな声に即刻塗り隠された。


 階上を見上げる。

 逆光になってよく見えない。

 いつでも呪文が唱えられるように、全身に魔力をみなぎらせる。

「一緒に見つけたのに先にはいるなんてずるいよ! 抜け駆けしないように札を貼っておいて良かった。もうっ」

 この声、聞いたことがあるぞ。

「むぅ。いまから潜って追い付けるかなぁ。それに一人だとちょっと怖いし……」

 みずみずしい弾むような声、喉まででかかってるんだけど。

「うぅー。がんばれユエがんばれユエ! ユエならできる。ユエならできる。怖くない怖くない。よしっ、行くぞぉ!」

 ユエだ。

「なんでここに?」

「ひやぁ!」

 痛々しすぎて、たまらずに声をかけた。

「え、え、なに、誰かいるの?」

 どうやら影になって僕のことが捕捉出来ていないらしい。

「え、ってことは……、あ、独り言聞かれた……」

「……まあ」

「つつつ、……って! なんなのあなた!」

 独特な落ち込み方していた少女は逆ギレすることで、気まずさを吹き飛ばした。

「って、あれ?」

 赤いコートを浮き上がらせて、だだだっと一気に階段を下り、僕の前に現れたのは宵島ユエに間違いなかった。

「あ、やっぱ、ご主人様じゃん! ちっ、これまだ解けてないの」

 ユエは賭け勝負に負けて以来僕には絶対服従なのである。

「なんでここに? ってか、先輩は?」

「私ならここだよ」

 柿沢がトボトボと呆れ顔で階段を降りてきた。

 マモンの使者をハメたつもりが、相手が無関係な能天気な少女となると拍子抜けしてしまい、肩を落とす気持ちはわかる。

「ユエ。キミ、暇なのか? 今日休みだろ」

「う、うるさいなぁ。とっもかっく、見つけたのは同時だから、潜るときはユエと一緒って言ってたのに。先輩の嘘つき!」

「ああ、すまん。えっとなんというか、なりゆきというか」

「もうっ、まあユエは寛大だから、許して上げるよ。その代わりユエがリーダーだからね」

 鼻息荒く行った宣言が階段内をこだました。

「えーと、なんのリーダー?」

「そんなの決まってるじゃん! ダンジョン探検隊のリーダーだよ!」

 こいつは本格的に頭沸いてんな。

「ユエ、悪いけど遊びじゃないんだ。危ないし、帰ってくれ」

 たまらずに僕は声をかけた。

「はい、ご主人様!」

 居酒屋の店員みたいな、いい返事をしてユエは下ってきた階段を小走りで再び上っていった。

「きゃあっ」

 出口から外に出ようとしたユエはガツンとなにかに頭をぶつけ、後ろ向きに倒れた。拍子に階段を転がり落ちそうになったので、慌てて「浮遊(クウ)」を唱えて彼女を支える。

「おい、大丈夫か」

「大丈夫じゃないよっ、なにこれ、痛いんだけど!」

「これは……」

 どうやら、入り口は一方通行らしく、内部から外には出られないようにできているらしい。ダンジョンの奥に別の出口があるのだろう。

「進むしかないようだね……」

 柿沢の声だけが静かに鼓膜を揺らした。



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