輪廻転生の分岐点 1
まずは自己紹介をしよう。せっかく話を聞いてくれるというのだから、できれば眠らないで頂きたい。
僕の名前は明野論理という。
変わった名前とよく言われるが、流行歌から名付けられただけで、深い意味なんてない。孤独を意味する形容動詞が由来だが、響きがけっこう気に入っている。
今の人生が始まったのは、十五年も前のことだ。
こちらの世界、地球のその時は色々と大変だったらしい。
カラフルなベッドメリーがぐるぐる回る光景と、飛行機が真っ直ぐにビルに突っ込むと映像。それか僕の原始記憶だ。
世紀はじめの二千一年。
アメリカという国で史上最大のテロ事件が発生し、それが原因で国際間の紛争に発展したりもした。
ブラウン管の向こう側で倒壊するビルを見て、「どこの世界でも似たようなことをやってるな」と思ったものだ。
生まれ変わりというものを知っているだろうか。
僕は俗に言う前世の記憶を持っていた。
おまけに注釈を加えるのならば、まるっきり別の文明の記憶である。
明野ロンリには飛行機より前の記憶が備わっていたのだ。
信じられないのも無理はない。普通、前世の記憶というのは転生時に消去されるはずだ。にもかかわらず、はっきりと覚えているのは、死ぬ前にそれを強く望んだからだろうか。
さて、とはいっても、やっぱり最初は戸惑った。
書物でしか見たことのない動物、植物、鉱石、建造物、それらすべてが実際に目の前にあるのだ。前世の記憶が現世の経験と結び付き、新たな回路を産み出すのを感じた。
戸惑いと発見。はじめのうちはその連続だった。
だけど、慣れというのは恐ろしいもので、三年も経てば、僕はこちらの世界の物理法則に順応し、いつしか前世の記憶の考察に没頭するようになった。
神話の類型というやつか、向こうの世界の死生感はこちらの仏教によく似ていた。
輪廻の輪から解き放たれ、神に加わることを至上目的とする死生感。それを思い出した時、僕は生前の人生に軽い失望を覚えた。来世で徳を積み直せと、創造伸が判断した結果が第二の人生だとしたら、あまりにも虚しすぎる。
そりゃベストじゃなかったかもしれないが、未熟なりに最善を尽くしたと思うし、あれで足りないなら、何をすればよかったのか教えてもらいたいものだ。
「……いみわかんない」
ごめん、脱線したね。
本筋に戻ろう。
英雄になれなかった僕は裕福な家庭に生まれた。
父は勝ち気な性格で、飲食業界を牽引する経営者だったし、母は一世を風靡したトップアイドルでいまでも根強いファンを持っている。
生まれてすぐの頃は、都内のタワーマンションに住んでいた。区画整備にあわせてできた新築物件で最上階からの眺めは最高だった。地下駐車場には外国製の高級車が二台停められていたし、海外旅行は当たり前で不自由なんて感じたことなかった。僕はといえば前世の知識を使って神童なんて呼ばれたりもした。
ん? 魔法なんて使わないよ。使う意味ないし、頼らないでも楽しかったからね。
だけど、リーマンショックの景気後退で父の事業はあれよと言う間に失敗した。栄枯盛衰というか、なんというか、あの時の父は惨めだったよ。分かりやすくお酒に逃げたりなんてしてさ。
一家四人は夜逃げするように港区の我が家を売り払い、貯蓄を負債に割り当て、全て失ってしまった。
当然のように離婚する。もとから愛なんてないし、二人を繋ぎ止めていたのはお金だけだったからね。僕と妹は母親に引き取られ、東京から茨城の片田舎に引っ越すことになった。父の行方は知れない。それはともかく、僕らはドデカい大仏のお膝元の下、人目を避けるように慎ましく成長した。父が会社経営の為に色々とグレーなことをやっていたので世間の風当たりは思った以上に激しかったのだ。
東京タワーは牛久大仏に、六本木の高層ビル群は竹林に変化した。それでも僕の青春は悪いものではなかったし、何よりも自然エネルギーを感じることができたのは素晴らしかった。ただ楽観的なのは子供達だけで、母はといえば、母親が出来ない女で、虐待されることは無かったけど、愛されることもなかった。
女を捨てきれない親をクズと切り捨てられればどんなに楽か。
中学生と小学生の子供をほっぽって夜遊びに興じる彼女にとって、子供よりも東京直通のつくばエクスプレスのほうがよっぽど大切な存在だったのだ。
ちょっとばかし前世の記憶があっても、こればかりはどうしようもない。もちろん非合法で活動すればある程度はなんとかなったかもしれないが、少しでも魔法を使えば君みたいに優秀な連中が僕をさらいに来るだろう。そしたら妹が一人になってしまうし、母親に任せるのは教育上宜しくないしね。
だから僕は学校のちょっと頭がアレな連中と麻雀をしてお金を稼ぎまくった。不良を気取っても、しょせん中学生のボンボンの息子たちだ。彼らから金を巻き上げるのは実に容易い作業だったよ。あとは、まぁ、流行っていたトレーディングカードゲームで賭勝負をして、レアカードを大漁に仕入れて、転売したりとかかな。やり過ぎて問題になりかけたけど。
まあ、どうでもいいか。
ともかく妹を養うのに僕は必死だったってこと。親は頼りにならないし、母親に至っては毎月三万円を机に置いておくだけで僕らを放置しても許されると勘違いしてたからさ。
だから高校には行かないで、十五歳になったら働こうと考えていたんだ。
そんなある日のことだった。
学校に死霊がいた。
ぼんやりとしたシルエットで生気のない暗い瞳をしていたっけな。負の感情で構築された霊魂。もはやなぜ存在しているのか、自分自身でもわからないのだろう。
凶悪という二文字がよく似合う、さ迷える魂だったよ。そいつが教師の一人にとり憑いて、なぜかわからないが妹に手を出そうとした。
畑と田んぼしかなく、近所のじいさんが入れ歯を無くしたってだけの話が一日で広がる町でよくやるよ。
妹は僕の二つ下で、母親によく似て可愛い顔をしていた。モテているのは知っていたが、まさか教師まで虜にしているとは思わなかった。同級生以下ならボコっておしまいだが、さすがに大人相手では腕力差がある。加えて教師は柔道部の顧問をしており、どう工夫しても勝てる見込みはなかった。
だから、僕はこちらの世界に生まれ変わり、はじめて前世の記憶を頼りに魔法を使用した。
『退魔』
よこしま気持ちを増幅させていた死霊は僕の手によって祓われたが、一つの重要な問題が発生してしまった。
地球での魔法の使用は厳禁。
不干渉という線引きに僕は抵触してしまったのだ。やむを得なかったとはいえ、もちろんルールは知っていた。
「わかってるさ」
処罰は受ける。
だけど、一つ条件がある。
「妹の援助を頼む。そちらの世界の住人なら余裕だろ?」
僕を捕まえに来た少女は端正に整った眉をしかめた。




