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幼馴染み同士の変わった日常3

 その後、午前の授業は滞りなく終わり、昼休みを挟んで午後になった。そして今は体育の時間。

 今日はどうやら野球をするようで、チーム分けが行われた。男女混合で4チームほどできたが、俺、実、治恵と雪音、心、真記の三人ずつはそれぞれ同じチームとなった。そうしてじゃんけんの結果、俺たちと雪音たちのチームが戦うことになって、今しがた始まったところだ。


 まずは、こちらの先行。第一打者はヒットで塁に。続く第二打者は送りバント。三番はライトフライに打ち取られるも、第一打者がタッチアップで三塁に……と、予想以上にいい展開で、野球をしているな~、という感じがした。

 そして2アウト、3塁というこの状況で、ついに4番が打席に立つ。


「さぁ、こいや~!」


 そう威勢のいい声でピッチャーを煽る実。背後には自信とやる気が満ち溢れている。そんな実のことを他のメンバーもがんばれーっと応援していて、どんどんと熱気は高まっていく。


「な~んか、実がああいう態度取ってると、ムカつくんだけど」


 けれど治恵は冷めた眼差しで実のことを見ながら、そう漏らしていた。

 俺もムカつくってことはないが、治恵と同じであんまりこの盛り上がりにはついていけない。こういう調子に乗っているときの実って、大抵から回って大ポカやらかすからな。正直、不安だ。


 それと、たぶん治恵と同じようなことを思っている人物がもう一人。頭だけじゃなくて運動神経もいいハイスペック幼馴染み。俺はサードにいるその人物に目を向けてみる。


「…………」


 うん。不機嫌そうだな、雪音。いつも通りでそこまで顔には出してないけど、長年の付き合いだ。それくらいはわかる。

 治恵は実と相性が悪いからムカついたりするんだろうけど、雪音は苛めてる対象が目立ってて、しかも調子乗っているのが気に入らないんだろうな。


「……ふ」


 あ、なんか不気味な表情になった。あれは何か企んでるな。……実、終わったな。

 心の中でそんなことを考えていると、ピッチャーがボールを投げる。

 そうして実がバットを振るモーションに入ると――ボールは曲がりながら加速して落ちた。


「!?」


 そのあまりにも不可解な動きに、驚いて目を見開く。なんせ、軌道で言えば外角高めだったものが、いきなり内角低めの位置だ。しかも加速するという意味不明さ。こんな球を誰が打てるんだと、そのたった一瞬の間に思っていた。

 当然、実のバットは虚しくも中空を切る――ということはなく、ボールに当たった。


「!?」


 突然のことに頭がオーバーヒートしてついていけず、ほんの数コンマ前と同じリアクションになる。しかもさっきと違って、理解しきれてないせいで、ただただ呆然となる。

 そうしているうちにボールはグングンと伸びていき、レフト前で落ちた。その間に、3塁にいた走者はホームイン。実も2塁にまで回っていた。


 おおー! っと、歓声が上がっているが、俺はまだ何が起こったのかよくわからず、未だ軽い放心状態だ。

 そのままの状態で少しすると、実は高笑いを始め、言い放った。


「ふはは! どうだ! 俺の完璧なシミュレーションの成果は!」


 ……なるほど。それであんなに自信満々だったのか。納得した。

 そんな中で雪音は不満げな表情で実に視線を向ける。実もその視線にすぐ気づいて、ふっと笑い返す。


「残念だったな、雪音。お前がボールの軌道に細工をしてくるのなんて、想定済みさ。なんせ、今日の分、全部を使ったんだからな!」


 あ~……。あのボールは雪音が操作したのか。だから、あんな風に。

 しかし、実はいつシミュレーションなんて……ああ。そう言えば、朝の時に一度やってたか。他にも、授業中も使ってんだろうな。この時間のためだけに。

 こんなくだらないことに貴重な3回分を使ったんだな。……こんなくだらないことには使うんだな。


*****


 あの後、5番の人が三振に終わり、攻守交替。一点をリードしたが、実はあまりコントロールがよくないためピッチャーにはなれず、折角の予習も、ここでは役に立たない。

 実一人がどれだけ頑張っても、自分から離れた守備範囲は守れないし、女子という存在もあってかイレギュラーな事態も起こり、なんやかんやで4-3と接戦になっていた。

 そうして5回の表、こちら側の攻撃が始まる。


「さぁ、またぶちかましてやるぜ!」


 この回の最初の打者は実から。これで3度目の打席となるが、1回目は2ベースヒット。2回目は単独ホームランと、いい活躍をしている。この回も期待できるだろう。そうしてチームの何人かが応援を送る中、俺は静かに見守った。


「おらっ!」


 実はピッチャーから放たれたボールを初球から振りに行く。そしてそれは必然であるとでもいうように、バットはボールをしっかりととらえ、三遊間を超える強烈な当たりが飛んでいった。

 みたところ、雪音が同じように軌道を変え妨害をしたようだが、実には一切通じていない。また面白くなさそうに、二塁まで進んだ実を睨む。それを実も挑戦的に見つめ返す。


「へっ、無駄だってのがまだわかんねーのかよ。この試合……もらったぜ!」


 だが、続く5番、6番はそれぞれ三振とピッチャーゴロで打ち取られてしまった。


「っだー! もう、何やってんだよ、お前ら! それじゃ折角俺が塁に出たのに意味ね―じゃねーかよ!」


 実は怒鳴ってその場で地団太を踏む。どうやらこの展開はシミュレーションできてないようだ。もしかすると、3打席目までしかできなかったのかもしれない。とすると、ここから先は本当の意味で勝負と言うことになるだろう。


 次は7番……と言う事で俺が打席に立つ。今までは内野ゴロとフライで、あまりいい成績を残せてないが、既に2アウト。ここでミスすれば、実の言う通り、塁に出たのが無駄になる。

 さらにこの野球は時間の関係上、6回で終わりだ。現在こちらが1点をリードしているが、この回でもう1点取り相手との点差をつけたい。


(そのためにも、せめて次に繋げる!)


 集中し構えて待っていると、セットポジションから球が放られる。俺はその球をよく見て、惹きつけてからバッドを振りぬく。しかし、それは悲しくも空振りに終わる。

 これでワンストライク……か。今のはちょっと見過ぎたな。完全にタイミングが遅れていた。次はもう少し早くしないと。


 今、相手のピッチャーをやっているのは野球部だ。ポジションは内野手で、変化球もないが、制球力がある上に、スピードだって素人の俺からすれば十分にある。つまりは、強敵ってこと……。


「っく!」


 さっきのことを意識しながら、2球目。またしても空振り。ツーストライク。今のはボールの下か。追い込まれたな。カットしてボールに持っていくなんてこと、当然俺にできるはずもない。事実上、次が最後のチャンスだと考えたほうがいいだろう。

 みんなもそのことは理解しているのだろう。緊張した空気が伝わってくる。それは同時に、俺に寄せられる期待。重圧がのしかかり、焦りの感情が湧いてくる。


「すぅ……はぁ……」


 一度深呼吸して、心を落ち着かせようとする。

 せめて当てないことにはどうにもならない。そして振らなきゃ当てることもできない。思いっきり、振っていこう。

 そうして俺は再び、しっかりと構える。

 ……考えるな。もう、ここまできたら、それは逆効果だ。

 体、固まるな。リラックスしろ。

 理論で行くな。反射神経を。勘を。がむしゃらに。ひたむきに。それだけを信じ、研ぎ澄ませ。


 集中して待っていると、ピッチャーが動作に入って、第三球目が放たれた。俺はそれに必死にそして思った通りに、バッドを振った。


 カキーン!


 金属音が鳴り響く。それは紛れもなく、当たった証拠。どこに飛んだのか? それさえも、理解するより前に俺は駆け出していた。

 思いっきり走る。ただ1塁のベースだけを目指して走る。一心不乱。

 着実に進んで、ベースが目の前にまで近くなる。


「間に合っ……た!」


 そうして俺は、ベースを踏むことができた。


「っと……わっ!」


 けれどそこで、止まろうとして、勢いを殺せずに、バランスを崩して転んでしまった。


「いてて……」

「だ、大丈夫か?」


 盛大に転んだ俺に、心配そうに一塁を守っていた相手の男子は話しかけてくる。


「あ、ああ――っつ!」


 そう返して立ち上がろうとしたところで、足に痛みを覚える。どうやら足を捻ってしまったようだ。それに、転んだ拍子に擦りむいてもいるようだ。

 俺の様子に不安を感じたのか、治恵がこちらに駆け寄ってきた。


「明夜、大丈夫?」

「ちょっと……足を捻ったみたいだ」


 素直にそう言うと、治恵は分かったと頷き、先生に報告しに行った。その後、すぐに戻ってくると、俺に手を伸ばしてくる。


「立てる?」

「悪い」

「いいから」


 俺は申し訳なさそうにその手を取って立ち上がるが、治恵はそう答えた。


「あたし、保健室に連れてくから」


 治恵はチームメイトたちにも呼びかけて俺を連れ、グラウンドから出て行った。

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