幼馴染み同士の変わった日常
その後、授業をこなしていって時間は過ぎ、今は3限目の数学が始まったところだ。
「では、授業を始める……前に、今日は抜き打ちテストをする」
教師のその言葉に、方々から不満の声があがる。まぁ俺もテストなんてものは好きではないけど、普段からちゃんと勉強もしているし、授業をも真面目に受けているから大丈夫だろう。
教師はざわざわとした教室を静かにさせたところで、用紙を配り始める。
「まだ始めるなよ~」
そんなお約束の言葉を言いながら、配り続ける。そうして用紙が全員に行き渡ったところで――
「制限時間はこのタイマーが終わる15分だ。ではよーい、はじめ!」
セットしたタイマーを押すと同時に、そう告げた。
俺は始めに、一通り問題を眺める。……うん、このくらいなら余裕だな。そう思って1問目から解きはじめた。
*****
(ねぇ、みょうやー)
(うん?)
テストを解き始めて数分したところで、誰かが声をかけてくる。
とはいえ、今はテスト中。そんな状態で話しかけるなんて、普通に考えたらおかしい。そんなことしたら、ずっと生徒が妙な行動を起こさないか目を光らせているあの教師にばれるに決まっている。
それに、くぐもった感じがしないこのクリアな声と、頭に直接話しかけて来ている感覚。それらすべてを統合すると――
(心か?)
(うん)
たずねると案の定、そう返してくる。まったく、テスト中に話しかけてくるなんて。何を考えているのか。いや、もうなんとなくわかっているけど。
(ねぇ、お願い! 答え教えて!)
やっぱり。俺は呆れてため息をつく。
(いやだよ。勉強してない心が悪いんだろ?)
(そうだけど、今回はひどいよ! 抜き打ちじゃ勉強する暇なんてないもん!)
(普段からしてないのが悪いんだ。授業中も寝てばっかだろ)
しかも寝てないときって、大体はこんな風に誰かと話している時だし。真面目に授業を受けろよな。
俺は至極全うなことを言ったつもりだったが、心は俺の態度に不満を漏らす。
(いいじゃない、こんなときくらい助けてくれたって!)
(別にこれが本番のテストってわけじゃないんだから、頑張れ)
(う~……もういいよ! 明夜には頼らない!)
そう言って心はそっぽを向いた……様な気がした。う~ん。機嫌を損ねたな。
ちょっと甘いかなとも思ったが、このままというのも俺の気分が悪い。
俺は心に提案することにした。
(そんなに悩むくらいなら、実にでも聞けば?)
(あ~駄目だよ。実ちゃんは私と同じで頭空っぽのお馬鹿さんだから)
自分で言って恥ずかしくないのか? 実も自分で言ってたし、まったくもってその通りだから、こっちは何も言えないけど。
(けど、あいつの能力のことを考えれば、すでに問題を見てきているかもしれないぞ?)
(おお! 言われてみればそうかも! さすがみょうやー。頭いいー! よ~し。実~)
心はさっそくとばかりに、実に声をかける。
(うん? もしかして心か?)
その問いかけに、実もすぐに反応する。そして待ってましたとばかりに食いついてきた。
(だったらちょうどよかったぜ! 今そっちに誰居る?)
(え? 明夜とゆきちゃんだよ?)
「え?」
まずい。思わず心の中だけじゃなくて、実際にも声を出してしまった。テスト中ということもあって、生徒は誰もこっちに目を向けなかったけど、静かな教室の中での声。ばっちりと教師にはも聞こえてしまい、怪訝そうな視線を向けられてしまった。
俺はその視線から逃れるように、問題に集中する。
そんな俺を心はおかしそうに笑いながら話しかけてくる。
(あはは! なにやってんの~)
(うるさい。つーか、居たなら何か話せよ、雪音)
(勝手にいないと思い込んでいたのはそっちでしょ? 私は関係ないわ)
まぁ、その通りだけど。
(だったら、雪音が教えてやればよかったのに。俺より普通に頭いいだろ?)
(私は別に教えてもいいと思ったわよ? ただ見返りとして条件を出したら、やっぱりいいと言われてしまったけれど)
(……その条件とやらは聞かないでおくよ。先が怖いから)
(そんなことより、二人がいるなら俺に答えを教えてくれよ!)
雪音とそんなやり取りをしていると、実がまた声を張って(というのもおかしいが)、助けを求めてくる。その態度に疑問に思って心はたずねた。
(え? 実ちゃんは問題の内容、未来に行って見てきてないの?)
(当然だぜ! 問題を知っていたところで、俺じゃ解けないからな! そんなちっぽけなことに俺の大切な一日三回しか使用できないこの力を使うことはしない!)
威張るなよ。とはいえ、実のことだからそんなとこだろうとは考えていたけど。心はそっか~とため息をついて、落胆する。
(ということはもう、治恵ちゃんか真記ちゃんしかいないね……)
(うわ、治恵は駄目だって! あいつ変なところで真面目だから、説教くらうぞ)
(だよね~……でも、だったらやっぱり真記ちゃんしかいないか~)
(真記だったら気が弱いし、ちょっと強引にいけば教えてくれるな!)
二人がそうやって会話するのを聞きながら、俺は雪音にだけ話しかける。
(ものすごく不安なんだけど)
(そうね……。このままだと、完本さんは二人に凌辱……)
(何の話だ)
その想像のほうが二人より不安なんだけど。
(冗談はともかくとして、完本さんに話がいくのはまずいわね。あの子、二人が言っている通り、迫られたら断れないだろうし)
(教えても、ズルしてるってことで、悩むだろうしな)
俺と雪音が断るようにさせても、それはそれでまた悩むだろうし。今のうちに止めないと、面倒だ。
けど、どうするか。早くしないと、心が真記に話しかけちまうし……。
考えてみるが、特に何も思いつかない。俺は雪音に聞いてみることにした。
(雪音、どうする?)
(そうね……)
そうして考え込んだように、言葉が途切れる。俺はちらっと隣に座ってる雪音に目を向ける。雪音は他のことを考えているなどとは思えないほどに表情には何も出さず、黙々と手を動かし問題を解き続けている。
そうして見守ること数秒。雪音は口を開いた(開いてないけど)。
(もう、私たちで教えてしまうという手があるけれど、どうする?)
(それは最終手段だけど……背に腹は代えられないか)
どうするか決まったところで、俺は実たちの話に再び耳を傾けた。