幼馴染み同士の普通の日常3
教室のドアが開くと、一人の人物が現れた。その人物は俺たちがいるのを確認すると、たったっと元気そうに駆け寄ってくる。そんな相手に雪音は優し気な笑みで挨拶をする。
「噂をすればなんとやらね。おはよう、朝日さん」
「はい、おはようなのです! 皆の衆!」
「はは。今日も元気だな、心。おはよう」
俺のほうはそうやって普通に返すが、実のほうはと言うと、さっきの話が気になっているようで、心に挨拶もなくいきなりたずねた。
「おい、心! お前って俺のこと嫌いか!?」
そのあまりにも直球で突然な言葉に心は一瞬、動きが止まる。だが、すぐにいつもの調子で実に返した。
「そんなわけないっすよ、実ちゃん! 心と実ちゃんは心の友。マブダチっすよ!」
「おお……!! 心!」
「実ちゃん!」
『がしっ!』
二人は数秒見つめ合うと、お互いに手を強く握りしめ合った。
「アホアホ同盟と言うだけのことはあるわね」
「はは……」
そんな二人を眺め、感想を漏らした雪音に、俺は渇いた笑いしかでなかった。
「……あれ? そういえば、真記は? 心、いつも一緒にいるのに」
辺りを見回すが、どこにもその姿はない。
その俺の疑問に心が答える。
「ふふふ。仕方ないのだよ、私のマッハ10のスピードには流石に真記ちゃん程度ではついてくるのは至難の業だからね」
いや、なんか微妙に話が噛みあわないんだけど。
「つまりは、完本さんが遅いから置いて先にきたってことね」
「正解! 10ポイント!」
「雪音……。あんな説明でわかるのか」
「まぁ、幼馴染みだから」
「俺は違うって言いたいわけか?」
適当にやり取りをしていると、もう一人がやってきた。
「心ちゃん! 行くの速いよ~……わっ!」
教室に入って、盛大に転ぶ一人のちびっこ幼馴染み。……って、そんな何もない場所でなんで転ぶんだよ。
「……痛い~」
「もう~真記ちゃんてば、なにやってんのさ、ってわ!」
心配そうに真記の元へ速足で行こうとすると、何故か心も転んだ。しかも、真記を下敷きにして。
「にゃはは……心ちゃんとしたことが、転んでしまったのだ。一生の不覚!」
「あう……それよりも、どいてよ心ちゃん……痛い~」
押しつぶされた真記も不運だな。二度も痛い目に合うなんて。
「大丈夫か、心、真記?」
俺は二人の近くによって(歩いて)、そう声をかける。
「私は大丈夫です!」
「私も大丈夫……ではあるよ」
「そっか。ほら」
二人の返事を聞いて安心しつつ、手を伸ばす。まずは心を起き上がらせる。
「やー悪いね~明夜くん」
「俺にはいいから。それよりも真記に謝れよな?」
再び手を伸ばして、真記に向ける。
「あ、ありがとう。明夜くん」
俺の手を取り、真記を立ち上がらせたところで、心は頭を下げる。
「本当にごめん! 真記ちゃん!」
「い、いいよ~別に~。心ちゃんは私のこと心配してくれてやった結果だし」
「うぅぅ~~! 真記ちゃん優しー! だから好きだぜベイベー!」
心は真記の態度に感激したのか抱きつく。
「あぅ! ちょ、ちょっと恥ずかしいよ心ちゃん~!」
「まだまだ~! 私の真記ちゃんへの愛はこの程度では伝わり切らないよ~」
「こんな場所で伝えなくていいから~!」
仲いいな~この二人。一応、全員幼馴染みでみんな仲は良いけど、この二人は別格だな。どこで馬が合ってるんだろ? 活発と、おとなしいっていう全く別ベクトルの二人なのに。
さて、抱きついてじゃれ合っているのを見ているのも、華があって微笑ましくあるが、教室でこけた上に、この声量。注目を集め過ぎだ。それに気づいて、真記は恥ずかしがっているし。さっさとやめさせるか。
「ほら、お前ら仲がいいのはよくわかったから、一旦離れろよ。人前だぞ」
「ふ……それはできない相談ですぜ、旦那。あたいは今、愛を語っとるんです」
「意味わかんないこと言うなよ」
「だったら、明夜も語るといいよ。愛を。とりあえず私に」
「だから、なんでそうなるんだよ。というより愛を語るって何なんだ」
「決まってるよ! こうやって抱きついて、自分自身を相手に感じさせるの」
そう言って心はまた強く抱きしめる。
「……苦しいよ、心ちゃん」
ああ、なんか余計に変な展開になっちゃったな。ごめん、真記。
「で? どうするの? やる?」
「やらないよ」
「またまた、混ざりたかったんでしょ? それとも、一緒に真記に愛を語る?」
「ふぇ!? みょ、みょみょ、明夜くんが私に抱き付く!?」
また馬鹿なことを……っと呆れていると、真記のほうが反応した。そしてみるみる顔を赤くしていく。
「そ、そそそそ、そんな! こんなところで明夜くんとなんて、恥ずかしい! で、でででも嫌ってわけじゃなくて、嬉しいっていえば嬉しいし、というよりも嬉しい以外には何もないっていうか――」
誰に言うでもなく口早に言い訳を始め、こちらの声が聞こえていないようだ。
「心、真記がおかしくなり始めたし、本当にそろそろ離してやれ」
「むぅ……仕方ない。なら、今日は帰ったら、六時間耐久もみくちゃわしゃわしゃの刑だ!」
「なんだそれ」
「私が真記にゃんをもみくちゃにして、わしゃわしゃってしたりして可愛がるの」
「真記にゃんってネコなのか、真記は」
「ふ、そこに気付くとはさすがだね、明夜」
「誰だって気づくよ」
「そう! 真記にゃんというからにはちゃんとネコになってもらう! ネコ耳つけて、喋る言葉もネコ語だけ!」
想像する。いつもおとなしく恥ずかしがり屋の真記が目を潤ませながら「にゃん」と言っている。さらに、つけたネコ耳は真記の肩にかかる程よい長さの銀色の髪と相まって、より一層際立たせている。
うん。かわいいな。
(っは! 雪音が仲間になりたそうにこちらを見ている!)
そんなことを思っていると、こっちを遠目から見ていた雪音も俺と同じことを想像したのか、不気味な視線を向けていた。しかも、立ち上がりこっちにやってきた。
「あら、それはすごく楽しそうね。朝日さん。私も混ぜてくれないかしら?」
その言葉からは雪音のドSな気持ちが隠し切れないほどにあふれている。雪音……怖い。
「ゆきちゃんの頼みでもそれは聞けないな~。なんたってこれは、私だけに許された特権なのだ!」
「そうなの? じゃあ仕方ないわね」
心の答えに存外あっさりと引き下がる。それを不思議に思いつつも、真記に被害が出なくてちょっと安心する。けれど、雪音はここで予想外の言葉を口にする。
「私は代わりに、朝日さんをかわいがることにするわ」
「おぉ!? ここで私にきた!?」
「えぇ、私も誰かに、この熱い想いをぶつけたいの」
「なるほど~つまり私と同じで愛を語りたいんだね!」
心はそう納得したところで、期待するまなざしをこちらに向けてきた。
「さっきも言ったけど、俺はやらないぞ」
「ええー!? どうしてさ! ここは空気読んでよ、ノリ悪いな~」
「どうやら、海導は朝日さんのことが嫌いみたいね」
「そ、そんな私のことは遊びだったっていうの!」
「いつのことだよ」
「あれが一夜限りのアバンチュールだったなんて……」
だから、いつの話だ。はぁ、毎回リアクションが大きいから疲れる。
「てか、変な事いうなよ。雪音」
「あら? どこもおかしなところはなかったと思うけど? 実際、朝日さんの愛を語るという行為を断ったのだから」
それは、真記と同じで恥ずかしいからだし、最優先は真記を救い出すことだったからな。心の行動にいちいち対応してたら、きりがないし。つーか、結局目立ったままだな、俺たち。
「むぅ……どうなの? 明夜」
心は今度は雰囲気を変え、すねたように聞いてくる。……そんな風に言われたら、こっちもはぐらかすわけにはいかないよな。
俺は一つため息をついて、真面目な口調で答える。
「嫌いなわけないだろ? 大切な友達だよ」
「やった!」
その答えを聞いて、本当にうれしそうに喜ぶ。まったく、ころころと機嫌を変えて。子供みたいだな。でも、そんな心を見ているのはやっぱり好きだ。こっちまで楽しい気分になれる。それにこれが心なんだってそう思えるから。
「わ、私は!?」
感慨にふけっていると突然真記が大声を出した。驚いてびくっとなったぞ。でもさっきの自分一人の世界からはもう戻ってきたようだな。長かったから無視しちゃってたけど、よかった。
いったい何をそんなに興奮をしているのかは知らないけど、心にも答えたし、きかれたからには真記にもちゃんと言おう。
「真記だって、俺にとって大切な幼馴染みだよ」
「へ、へへへ……」
あ、またどこかに行った。まぁ嬉しそうだし、いいか。あ、でも――
「真記。転んだところ、一応、治恵に見て貰ったほうがいいんじゃないか?」
「え? そんな、大袈裟だよ、明夜くん」
俺が話しかけると、我に返ってそう答えてくる。う~ん。本人がそういうならいいのか? でもなー……と悩んでいると、そこに一人、割って入ってきた。