幼馴染み同士の普通の日常2
「……で? 空谷はこうなったと」
「ああ」
「……自業自得ね」
教室に入ってきた雪音が、ぐったりとしている実の様子を見て、どうしたのか聞いてきた。そこで、経緯を説明すると、今度は軽蔑を含んだ視線で見下ろしそう言った。
「うっさいな! 男なら当然の気持ちだろ!」
そうして説明している間に実も回復し、テンション高く宣言する。
「そういうのは心の中だけで留めておくべきね。でないと、あなたの評判はガタ落ちよ? まぁ、最初から下がるほど評判はよくないけど」
雪音は追い打ちをかけるように、さらっと余計な一言を付け加える。
「うがー! ったく! どうしてお前ら幼馴染みはこう、俺に優しくないんだよ!」
「いいことじゃない。つまりはそれだけあなたのことを気にかけているってことだもの。どうでもいいと思っている相手には絶対にしないことよ?」
「うっ……そう言われると……って騙されねーぞ! お前は俺を馬鹿にして遊んでいるだけだろ!」
「否定はしないわ。そうして空谷をなじるのも、私の生活の一環だから」
さすが雪音。清々しいな。まぁ、人をからかうこと自体は、実に限らず俺とか他のみんなも対象だから、ちょっと困るけど。
「それより、さっさとそこどいてくれない? ずっと立ってるのもいい加減疲れたし」
「は? なんだよ、それ。横暴だな。頼むならそれ相応の態度ってものが――」
そう言って実は反論する。どうにも、今日はすこぶる機嫌が悪いようだ。さっきからなんにでも突っかかっていってる。
けれど、悪いのは誰かと言えば実であることは変わりなく、擁護のしようもないのが残念だ。
雪音は実の言葉を無視するように、それを遮って告げた。
「そこは私の席だから。そんなに座りたいなら、あなたも自分の席に戻って、一人寂しく妄想の世界にでもトリップしてたら?」
「うっ……」
その雪音のドS発言に、実は思わず立ち上がる。そして間を置かずに雪音はさっとさっきまで実が座っていた席に席に座った。
「まったく、最初からそうやって素直に従っていればいいのに」
折角、席を譲ったのにまだ責められるのか。可哀想になってきた。
「くっそ……なんかもう今日は最悪だぜ……」
そうため息をつきながら文句を言って、俺の前の席に座り直す。そうするくらいなら、最初から反論なんてしなければいいのに。どうせ、雪音相手に言い争いで勝てるわけないんだから。
雪音は話を戻すようにでも、と話を続けた。
「医十院さんはともかく、男である海導に、女でも朝日さんや完本さんは普通の友達くらいには接しているでしょ?」
「そうだぞ、実。5人も幼馴染みがいて、そのうちの二人にしか嫌われてないなんて、それだけですごいことじゃないか。統計で言えば、2対3で好かれているほうが多いんだし」
「いや、その理論で行くと、お前は全員から普通に好かれてるんだから、もっとすごいじゃねーかよ。てか、俺以外の全員がもう、そうだろ。どこもすごくねーよ」
拗ねたように言ったその発言に「あら?」と雪音は悪戯な笑みで実に聞いた。
「それだと、少なくとも空谷は私や医十院さんのことを嫌ってはいないってことになるけど?」
「なっ……!」
それを指摘されて実は顔をかっと赤くする。俺も納得して頷く。
「あ~確かにそうだな」
「それで? どうなの、空谷?」
「は、はぁ? べ、別にそういうんじゃねーし! 俺は抜きでって意味で言ってただけだし!」
そうやって必死に否定するところが、もう墓穴を掘ってるんだよな。実って嘘つけるやつでもないし。なんだかんだで本気でみんなが嫌いでないのも知ってる。そんなやつだから、今までこうやってみんな一緒に居たんだし。
「ふふ……」
ただ、雪音。実の慌てる様子を見て、喜ぶその神経は正直意地が悪いぜ。そろそろ、助けてやるか。
「まぁまぁ、実。別にいいじゃねーかよ。みんな仲良し。それでさ」
「ええ、そうよ。私だって空谷のことは嫌いではないわ。あなたは私のおもちゃですもの」
「明夜……。ああ、そうだな。さっき雪音から聞こえてきた言葉は何やら不吉だったけど、それでも俺だってちゃんと必要とされてるんだよな!」
「当然じゃない。あなたがいないと私もつまらなくて、仕方なく海導で遊ぶしかないんだもの」
「おう! お前は必要だ! 雪音から聞こえてきた言葉には何か悪寒が走ったけど、俺にとっては究極最強唯一無二で必要だぜ!」
実に向かって親指をグッと立てる。
うん。俺、実のこと本当に大切にしよう。
「とにもかくにも、よかったな。雪音もお前のこと嫌いじゃないって分かったし、これで安心だな」
「とはいえ、結局は仮定の話なわけよね。実は私が空谷のことをあんまり嫌ってなかったように、もしかしたら、朝日さんはあなたのこと嫌っているというのも、あり得るんじゃないかしら?」
「そんな馬鹿な! 一緒にアホアホ同盟まで結んだ仲だって言うのに!」
なんだよ、それ。つーか、自分でアホって言っていいのか? 事実だから俺からは何も言えないけど。
そんな話をしていると、また教室のドアが開いた。