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みんなのいない絶望の世界2

 ピンポーン


「……誰だ?」


 部屋の中で何をするでもなく、ボーっとしていると、インターフォンが鳴った。

 この家に尋ねてくる人なんて、本当に限られているはずだが。特に、みんながいなくなった時からは、来たのはその両親たちくらいで。

 その両親たちだってみんな、悲しかったはずなのに。会いに来てくれたから。本当に胸が痛んだ。


 ピンポーン


 そんなことを思い出していると、もう一度その音が鳴る。

 無視をすれば帰ってくれるかもしれないが、それこそ家に尋ねてくる人。本当に限られた人である。身内の上に、何か重大な用件がある可能性もあるだろう。だとしたら、会わないわけにはいかない。

 俺は立ち上がると、部屋を出て玄関に向かっていった。


 扉を開けると、そこには一人の女性がいた。その容姿に一瞬目を奪われる。長い銀髪に紫の瞳。年齢は俺と同じか少し下といったところか。誰なのかはわからないが、綺麗な人であるということはわかった。


「久しぶりだね、ヒカリ」


 相手は俺を見ると、そう言って微笑む。どうやら、相手のほうは俺のことを知っているようだ。間違いと言う事ではないらしい。だが、こっちには一切の見覚えもない。


「……誰だ、お前は。それに俺はヒカリ何て名前じゃない」

「……そっか。忘れてしまったんだね、君は」


 俺がそう答えると、相手は悲しそうに俯く。

 忘れる? 何を? 忘れられるなら、俺はこの記憶を忘れたい。みんなを失ったことを忘れたい。そうすれば、俺は悲しむことも苦しむこともないんだから。


「何のことか俺には分からないが、俺には関わらないでくれ。もう俺は、なにもかもが嫌なんだ」


 けど、当然そんなことはできない。ありえない。だから俺の選ぶ道は一つだけで。こんなところで、一人朽ちるのを待つしかないんだ。

 相手は俺のその様子に心配そうに声をかけてくる。


「どうしたの? 君にはやるべきことがあったでしょ? 5人の……君にとって一番大切な人達を救うことが」


 俺にとって大切な5人。それは、実、雪音、治恵、心、真記。その5人以外にはいない。そしてそれを知っているということは、この女性は、少なくとも俺に関わりがあったことは嘘じゃなかったということか。


「知ってるんだな。本当に俺のこと」

「……うん」


 相手は小さく頷く。その顔は先ほどと同じようにどこか悲しげだった。

 どうしてかは知らない。聞く気もない。

 それよりも今重要だったのはこの人物が俺を知っていたこと。そして俺はこいつのことを知らないということ。

 だからだろう。俺はこいつに自分のことを喋っていた。胸にあるこの痛みを、話すことによって軽減したかった。


「そうだ。俺はみんなのことが大切だった。みんなとずっと一緒にいられれば……そうすることができたら、俺は幸せだったんだ。楽しく過ごすことができた」


 それだけが俺の願いだった。そうしていくことが。

 その程度の……どこにでもありふれていそうなことが、俺の願いだったんだ。なのに……。


「それなのに、みんなは消えてしまった。理由もわからないまま、みんなは苦しみだして、そのまま死んでしまった」


 語っていると、思い出す。目の前で起きたあの出来事を。

 何があったのかわからなくて。どうすればいいのか、混乱して。

 俺はそれを見守っているしかなくて。そうしているうちに、みんなは――。


「そのとき俺は無力で……何もすることはできなかった。俺にはそのための力がなかったから」


 そう。俺にはなにもできなかった。俺にできたのは、未来予知。

 いや、『未来の結果を見る』という事だけ。たとえ未来予知をしても、俺にはその変えようのない現実を先に見るこしかできない。それだけの……力だけなんだ。


「そんな自分が情けない」


 けれど、同時に仕方のないことだと思えてしまう。

 持っていないんだから。

 持っていないなら、俺にはどうすることもできないんだ。

 それに普通に人ならこんな使いようのない力でさえ、持つことはできない。最初からそれを望むほうがどうかしている。おかしいんだ。


 ……それでもやっぱり、俺は……自分が情けない。持ってないからって。持ってるほうがおかしいからって。それで納得なんてできないだろ。

 俺にとって一番大切な……失いたくなんてなかった存在だったんだから。

 相手は俺の苦々しい表情に、また悲しそうな顔で俺に言った。


「そっか。君は自分の目的さえも、忘れてしまっていたんだね」

「俺の……目的……?」

「みんなを救ってあげることが。導いてあげることが出来なかったんだね……」

「……救う? ……導く?」


 相手の言っている意味が理解できず、ただ単語を繰り返す。

 目的ってなんだ? 導くってなんだ?

 救うってのは、みんなを死なさないことなのかもしれない。

 けど、その二つはどういうことだ?


 相手の言葉に混乱していると、女性は何かをポケットの中から取り出す。あれは……石? にしては妙な色をしている。緑色で、少し透き通っている。言うなら、宝石といったほうが正しいか。

 けれど、それで何をしようと言うんだ?

 疑問に思っていると、女性は宝石を両手で握りしめ、目をつぶる。


「……お願い。その力でヒカリの失った記憶を蘇らせて」


 そう呟くと、彼女の手の中から、光が溢れてくる。次第にその光は大きくなり、やがて俺を包んだ。まぶしさに目をつぶると、何かが俺に中に流れ込んでくる。


「これ……は……?」


 そこにあるのは、俺の見たことのないイメージ。けれど懐かしさを感じさせるもの。

 ……違う。見たことはある。流れ込んでくるのでもない。これは初めから俺の内部あるもの。最初からある――俺の記憶。


「思い……出した」


 無くしていたであろう、すべての記憶が戻る。

 目を開いて、前の女性を見ても、成長してはいるが、その面影から、誰なのかちゃんとわかる。

 だとすれば、やはり……。それを理解すると、やるせない気持ちがどっと押し寄せてきた。


「……うそ、だろ? なぁ、嘘だって言ってくれよ!」


 誰に言うでもなく、俺はそう叫ぶ。

 だって、それはあまりにも理不尽で。

 そして、あまりにも耐え難い現実であったから。


「っぐ……なんだよ。俺は……俺はどうして忘れていた! 俺がみんなにしてやるべきことを! 目的を!」


 そして――なんで忘れていたんだ。

 俺の未来予知は、未来を変えられるってことを……。

 どうして――忘れて、気づかないでいた?

 救える力があってどうして、使わなかったんだ。


「俺の……せいだ。俺がちゃんとみんなを導いてやれなかったから……。力があったのに、そうしてやれなかったから……」


 後悔……。そう、それは後悔以外の何物でもない。悪かったのは俺なんだ。

 みんなを……みんながこうして、死んでしまったのは。


「くそ……くそ! くそ、くそ、くそ! くそ!!」


 叫ぶ。俺の不甲斐なさに。俺の馬鹿さ加減に。俺の……情けなさに。

 ……本当に情けない。さっきまで思っていた情けなさとは違う。あれはいわば嘆きで。どうすることもできなかったことを、どうにかしようとするものだった。

 けど、今は……救えたのに、救えなかったことに対するものだ。


「くそ……くそ……くそ!」


 それしか言葉が出ない。それほどに俺は後悔している。やり場のない心がそれを叫ばせ続ける。


「くそ……くそ……」

「ヒカリ」


 そんな俺に、相手は一言俺の名前を呼び掛けて、正面から抱きついてきた。そして俺の顔を見上げ――


「……ん」


 唇を奪われる。その行動に、驚くもすぐに俺は落ち着きを取り戻していった。

 そのまま、少しすると唇を離して、優し気な声色で、俺に話しかけてくる。


「やり直せるよ。きっとまだ。そのための力なんだから」

「……ヤミ。……ありがとう」


 俺はそう答えて、ヤミのことを抱きしめ返す。

 俺はこいつのことも忘れていたんだよな。さっきの悲しそうな顔も全部……俺のことを想っていたから。

 俺は酷いな。遠く離れてもずっと想ってくれていた人がいたのに。あんなこと言って。忘れてなんていて。

 そんな俺のことを怒りもしないで、みんなのことを心配してくれた。俺のことをこうして支えてくれた。俺にはできすぎなくらいにいい彼女だよ、お前は。


 ……そうだよな。ここで叫んでも何も変わらない。俺にはもう戻ることはできない。俺には過去を変えるなんて、できはしない。

 それでも、『俺』ならきっと――


「救ってくれるよな、明夜」

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