幼馴染み同士の普通の日常
『あ……うそ、だろ? なぁ、嘘だって言ってくれよ!』
誰に言うでもなく、俺はそう叫ぶ。
だって、それはあまりにも理不尽で――。
そして、あまりにも耐え難い現実であったから――。
『俺の……せいだ。俺がちゃんとみんなを導いてやれなかったから……。力があったのに、そうしてやれなかったから……』
後悔……。そう、それは後悔以外の何物でもない。悪かったのは俺なんだ。
みんなを……みんながこうして、死んでしまったのは――。
けれど、もう戻ることはできない。
俺には過去を変えるなんて、できはしない。
それでも、『俺』ならきっと――
*****
「……っん」
目覚める。……夢か。
だったらいい。けど、嫌な夢だな。内容はちゃんと覚えてないけど、こう……心に残るもやもやがホントに嫌だ。
まぁ、ベッドの上でそんなことをただ考えていても意味はない。起きよう。
「……と、その前に」
俺は一旦目を閉じて集中する。これは一つの日課とかした行為。
そうして数秒、目を開け、カーテンの隙間から差し込む朝日を眺め、さわやかな気分で呟く。
「……うん。今日もいつも通り、いい一日だ」
*****
「よう、明夜。おはよう」
登校中の通学路、後ろからそう声をかけられる。その聞き覚えのある男の声に、相手を想像しつつ振り向いて、返事をする。
「ああ、実。おはよう」
返すと、実は、ニっと笑って、隣に並んでくる。
「ん~……今日は他には誰も居ねーのな」
そう一つ伸びをしながら、たずねてくる。
「まぁ、そういう日もあるだろ」
「いやいや、相当珍しいって。お前が一人で歩いているところなんて」
「なんだよ、俺はそんなにいつも朝、誰かと居るのか?」
「ああ。少なくとも俺以外の誰かと」
「その、言い方……なんだか嫉妬に駆られている彼女みたいだな。気持ち悪いぜ」
「おいおい、やめてくれよ、変な設定つけるのは。俺はいたってノーマル。そっち方面は無理だぜ?」
「普段から彼女ほし―言ってるやつだし。別に分かってるけどよ」
「ああ、本当だ。彼女ほしー……」
そんなバカげたやり取りをしながら、俺たちは学校へと向かっていった。
*****
「でねー……あ、おはよう。明夜」
がららっと、『2-1』と書かれた教室のドアを開けてすぐ、入ってきた俺に向かって、治恵はあいさつをしてくる。ドア付近で他の女子たちと会話をしていたが、それを止めてまでしてくるその律義さに感心しつつ、俺もおはようと返す。そして、再び治恵はその女子たちと会話を再開した。
俺は自分の席へ向かっていくと、そのすぐ後に、実も入ってきた。
「うぃーす。治恵、おはよー」
「うんうん、そしてさー……」
「あのー……きいてます? 治恵さん?」
「あはは! なにそれ面白ーい!」
だが、治恵はまるで気づいていないように、目も向けず会話を続けた。これももう、見慣れた光景の一つだ。しかし、それでも無視といういじめのようなことは気になる人がいるようで、「えっと、治恵ちゃん、空谷くん。声かけてるよ?」と声をかけている子がいた。それを聞いて初めて、治恵は実に目を向け、
「……あ、いたんだ。おはよう」
と無表情かつ抑揚なく答えた。
「え!? なにその微妙な反応!」
「あ、そうそう。それでその後……」
「しかももう無視!?」
「あーもう、うっさい。邪魔だからあっちいってよね」
治恵は本当に嫌そうに顔をしかめて、しっしと手を振る。
「くそ! 何か理不尽だ!」
そう言って半泣きになりながらも、自分の席へと向かっていく。ホント、毎度毎度よく懲りないな、実も。
そんな風にして見守っていると、実は自分の席に鞄を置くと、すぐに窓際の俺の席にやってきては、隣に座って文句を漏らす。
「ちっくしょー……治恵のやつ、朝からすっげーむかつく」
そうして治恵のほうを睨む。治恵は治恵でそんな視線には目もくれず(というか、気づいてさえいない)、楽しそうに談笑を続けていた。
「しっかし、お前はなんであんな扱いされているのに何度もぶつかっていく気になるな。Mなのか? それとも、治恵が好きとか?」
「はぁ? ありえねーよ、あんなやつ。ただ、俺はあんな風に人を小馬鹿にしている態度が許せねーの。もう意地だね、これは」
その意地をもう10年近くやってるんだから、ある意味で才能だな。いや、これはもう二人のスキンシップととったほうが自然か。というより、見慣れた景色である以上は、これは既にスキンシップ以外の何物でもないか。
「大体、俺が好きなのは治恵みたいなまな板な胸じゃなくて、雪音ぐらいのでっかい胸じゃねーとな!」
「おい、声がでけーよ」
そんなでかい声だすと、俺まで周りから白い目で見られるだろ。しかも――
「…………」
「えっと……治恵ちゃん?」
やっぱり。治恵の周りにものすごい怒気が。こう、ゴゴゴって聞こえそうなくらいで、髪が重力に反して浮き上がるくらいの迫力に。
けど、実はそんな治恵の変化には気づかずに続ける。
「あ、でも性格はダメだな。雪音相手じゃ下僕みたいに扱われそうだし。できれば、真記みたいに従順でさ、守ってやりたいって感じの――」
「み・の・る?」
真後ろから聞こえたその声に、やっと実は我に返る。そうして、顔を青くして、今にも汗が吹き出しそうな表情で振り向く。治恵のほうの表情はと言うと、表面上は笑っている。
「えーっと……」
「あんた……最低ね」
その言葉とともに、治恵の笑みは消え失せ、侮蔑の視線とともに、右足で実の腹を蹴り上げた。
「うぎゃー!」
そうして実の断末魔が、朝から学校に響き渡った。