表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/70

生と死の間の世界

 窓から暖かそうな光が溢れている。

 美咲さんが吊るされていた広場の脇から、木々の間を抜けた先に僕は立っている。

 目の前には城廻くんの家。けれども昼間見た廃墟の様な姿からはほど遠い、白い豪邸が目の前に佇んでいる。

 家の脇には白い玉石が敷かれた通路があり、正面の庭の方に続いている。


 庭の方向から音が、した。

 気づいてから、この世界に来てから『声』は聞いたのだが『音』を聞くのは初めてだと思った。

 半透明の僕たち四人と、綾乃さん、綾乃さんのお母さんの幻影の様なもの以外は、この世界には『動き』がない。足下の草葉も、木々の枝も、空に浮かぶ雲も、何もかも静止したままなのだ。


 なのでここは、『音』とは無縁のはずだと思っていた。


 この世界の中心に近づいた気がした。この先に城廻がいるかも知れない。

 僕は家の正面、庭の方に向かって歩き出す。

 玉砂利の突起が足の裏を刺激する。確かに凹凸のある小さな固まりを踏みしめているのが感じられた。

 建物の向こう側から、白い光が僕の行く手を照らしている。


 また、音がした。何か柔らかいものを殴る様な音がした。


 胸に、嫌な気配がよぎった。白い建物と林の間の通路を左右を確認しながらゆっくりと歩いていた僕は、先を急ぐ事にした。

 建物の角から、光が漏れているのが見える。



 建物の角を曲がったとたん、眩しい光が空から降り注ぐのを感じた。

 つい、さっきまでは夜だったはずだ。けれどもここはどう見ても夜には見えない。空は青く輝いている。風に乗って、若草の香りが鼻孔に届いた。


 城廻邸の庭には、陽光に照らされて一人の老人と二人の女の子が立っていた。


 僕は今の状況が掴めずに、庭の端に立っている。

 目の前には乱心した城廻くんに発砲されながら逃げた広い庭が広がっている。その向こうには玄関に続くコンクリートで舗装された通路が続く、個人の家としてはかなり広い庭の中央に立つ老人。

 ゆっくりとその老人は僕に顔を向ける。


「今日は侵入者が多い日だな。お前は誰だ?」


 皺だらけの顔には、うっすらと城廻くんの面影が見えた。これが彼の祖父なのかと思った。

 その向こうでは、茜が何かを言いたげに、僕に向けて小さく首を横に振った。


「見たところ、お前も生きたままここに来たようだな。この女たちと一緒か。おい、お前もこの女どもと同じ事を言いに来たのか?」

「同じ事って、何ですか?」


 男は顎を持ち上げて品定めをする目で僕を見た。


「俺の孫と知り合いだってこの女どもは言うんだが、お前もそうなのか?」


 老人の背後で里奈が首を振る。否定しろということか。

 そのとき僕は、おかしな事に気がついた。

 茜も、里奈も僕が一番最初に目にしたときから首から上以外は微動だにしていない。今にも走り出す様な不安定な体勢のまま、時間の流れから切り取られた静止画かのように身動きもせず立っている。

 僕の表情を見た城廻老人は振り返り、背後に立ったまま凍り付いたように動かない里奈を睨む。


「おまえら、何か合図を送っているんじゃないだろうな?」


 太い、腹に響く様な声。その後老人は、右手を里奈に向かって突き出した。

 次の瞬間、里奈は万有引力の縛りから解かれたかの様に宙に浮く。里奈の表情が驚いたものに変わる。

 横たわった格好のまま、隣に立つ茜の胸の辺りで静止する里奈。

 城廻老人は、突き出した手のひらをくるりと下に向ける。里奈の身体は引力の縛りを思い出したかの様に地面に叩き付けられた。


「喋れない様にはしてあるのだが、それでも邪魔をしてくるとはな。どこまでもいけ好かない女だ」


 痛そうな表情をしながら、それでも立っていた時と同じ姿勢で横たわる里奈を見ながら、老人は吐き出す様に言った。


「今、何をしたんだ?」


 非難の気持ちを込めて僕は城廻老人を睨みつける。


「お前も分かっていない様だな。ここが何処なのか、そして俺がここでどんな存在なのか。そんなことも考えずにわざわざ生きたままここに来たわけなんだな」


「その通り、ここにはあんたが作った機械で、あんたの孫を助ける為に来たんだ。それ以外は何も分かっていないさ。僕はあんたの孫に二回会っている。あんたの孫は一回目に会った時は、誠実そうな好青年だった。連絡もせずに家に行った僕らを家の中に招いて、普通に話もできたんだ。でも、二回目は、様子も話し方も全く違い、僕たちを追い出す為に銃まで使う程だったんだ。ヘッドギアをつけて、あんたと同期していると言っていた。彼にも人生があるんだ。あんたはもう死んでいると聞いている。これ以上あんたの孫の人生を奪う様な真似はやめるんだ」


「この俺に指図をするとはな。そこの女どもも、お前も。教えておいてやるが、その女達が動けないのは俺がそうしたからだ。ここでは、全てが俺の思い通りに動くんだ、ここは煉獄だからな。俺の為に用意された、俺が悔い改めるまでの場所だ。けれども俺は悔い改めたりなんてする気はない。だからここに残って、ここの理屈を学習して、全てを思い通りにする方法を見つけたんだ。物理的な法則も、何もかもがここでは通用しない。通用せずに俺の思ったとおりになる。夢の中の世界みたいにな。支配者は俺なんだよ。指図はするな」


「それならここに居続ければいいだろう。この世界を思い通りにすればいい」


「言っただろう? ここは 俺の為に用意された、俺が悔い改めるまでの場所だ って。俺の他には人はいないんだよ。俺を苦しめる裏山の女以外は。俺が殺した女以外はな。だから、俺はお前達が生きている世界に戻りたいんだ。だから孫と交替をする。お前達に邪魔はさせないからな」


「じゃあ、お前の孫はどうなるんだ。城廻くんは」


「俺と交替でここに残る事になる。それが孫の望みでもあるんだ。人と関わるのが嫌になったらしい。学校でいろいろあったとかでな」


「お前は戻ってどうするんだ? そんなに人が恋しいのか?」


「まさか、俺は最初は研究の為と思って女達を襲っていたんだ。恐怖を覚えた時に脳の周波数がどう変化するかを知りたくてな。その後徐々に研究が進むにつれ、人が死ぬ時の脳波がどう変化するか、人は死んだらそれまでなのかが知りたくなったんだ。で、裏山の女を使って実験をした」


「実験って、殺したんだろう。全裸にして、木に縛り付けて」


「そうだ。その時には俺はもう、女が恐れおののく姿を見るのが楽しみになっていた。人を壊す快感がたまらなくなっていたんだ。それは今でも……。だから、俺以外は人のいないここが耐えられないんだ。俺はもっと人を壊したい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ