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闇の中の幻影

 ——暗い森の中に、僕はいた。

 左右から鬱蒼とした木々の枝が空を覆い、足下にはくるぶしの辺りまで雑草が伸びている。

 枝葉の間からこぼれる月明かりで、かろうじて視界が確保できている。

 やっと歩くことができる明るさだ。

 この景色はどこかで見た事があると思った。いや、思うまでもなくこの景色は美咲さんの発見現場に続く道だ。そして、過去に美咲さんのお母さんが発見された場所に続く道。


 左右の木々の奥から、背後から、何かの視線を感じる。視線の方向に目を向けるが、闇に紛れてしまい手前の木までしか見る事ができない。

 思わず走り出したい気分になるが、それには足下が荒れすぎている。

 いや、数日前に茜や里奈、綾乃さんと通った時には少なくとも道には草は生えていなかったはずだ。


 僕はヘッドギアの事を思い出す。

 ここは、現実ではないのかもしれない。

 今は夏なのに暑さは感じなかった。そして風の動きも無い。

 頭上の枝に規則正しく並んだ葉の一枚いちまいは絵の様に静止したままだ。

 空を見上げると、枝葉の間に見える月の光も瞬いていない。

 そういう事かと僕は思った。思って、先に進む事にした。


 暗がりの中、一歩ずつ踏みしめながら先を進む。

 確か、ここは枯れ葉が積もった腐葉土の感触がしていたはずだ。

 けれども、今は足の裏の感触があまりない。例えるなら綿の上を歩いている様だ。

 現実感のない足の裏の感覚に、戸惑いながら僕は先を進む。


 と、急に開けた場所に出た。この先は美咲さんが吊るされていた場所だ。

 その時、背後に気配を感じた。僕は振り返る。

 半透明の僕と、茜と綾乃さん、それから里奈が背後を歩いていた。

 前を歩く僕には全く気づいてない様子で。

 四人は、半透明のまま、強く、そしてか細く、ぼんやりとした光を発しながら僕を追い越して歩いていく。

 現実の僕を追い越すと同士に、半透明の僕を残して走り出す三人の少女たち。

 少女達の先には……さっきまで見えなかった全裸の少女がいた。美咲さんだ。

 少女達が美咲さんの元に到着するや否や、演劇の幕引きの様に暗転し、三人の少女の姿が見えなくなった。

 そして、半透明の僕も。


 前方の木の下に半透明の全裸の少女と、いまここにいる僕を残して、四人はスポットライトから外された様に闇の中へと消えていった。

 まるで当たり前の事の様に、僕は全裸の少女のもとへと歩み寄る。

 行く手を遮る膝丈までの雑草は、なぜか消え去っている。感触のない地面を踏みしめながら、いや、歩いているという感覚すらも霧のように曖昧だ。僕は氷の上を滑る様な感覚で前に進む。

 いや、進むというよりむしろ、少女のもとに引きつけられているという気分だった。


 近づいてゆくにつれ、吊るされた女性は美咲さんではない気がしてきた。良く似ているけれど、もっと年上の女性。

 僕の身体は、全裸の女性の前で止まる。女性は、うっすらと目を開ける。


「美咲さんの、お母さんですか?」


 思いついた言葉が、僕の口から流れる。意識はしていないのだけれど。


「そう。私は美咲の母です」


 長い髪の女性は、美咲さんに良く似た、綺麗な人だった。

 吊るされたまま、苦しそうな気配もなく、半透明だった。

 月の光の様に儚げなその女性は、吊るされたままの手首をゆっくりと動かしてある方向を指差した。


「あっちの方向で、あなたのお友達が困っている」


 消え入る様な、けれども美しい声。


「お友達って?」

「女の子、二人」

「茜と、里奈ですか?」

「私には分からない。けれども、助けにいくとあなたも危険な目に遭うかも知れない」

「危険って……」

「私をこんな風にした男が、そこにいるから」

「城廻……」

「知っているのですね。あなたはいったい?」

「そいつに会う為に僕はここに来たんです。茜と里奈も」

「危険を承知で? 二人の女の子の様子を考えると、私をこんな風にした城廻の仲間とも思えないし」

「危険を承知で。彼の孫と知り合ってしまって、彼が今しようとしていることを止めるのが目的なんです」


「あなたを止めようかどうしようか迷っていたんですけれど、それが目的だというのなら」

「僕自身が思いとどまらない限り、止めても仕方ないですよね。それに二人を裏切れない」

「そうね。あなたは多分止めても二人を助けに行くんでしょうね。あなたみたいな人が、私の娘の友達になってくれたらいいのに。そうしたら……」


 女性は目を伏せる。


「以前、同じ様な言葉を誰かから言われた気がします。あなたの娘さんの近くにいる女性から」


 僕は美咲さんの『今のお母さん』から言われた言葉を思い出していた。けれども、目の前の女性にその存在を告げる事はできないとも思い、曖昧な表現で伝える事にした。


「娘の事は、起きてしまった事は元に戻す事はできないから、あとは幸運を祈るだけです。あなたはお友達を助けに行ってあげて。二人の女の子だけで乗り切る事はできそうにないから」


 女性が指差す方向を確かめた。城廻の家の方向だ。うっすらと明かりが見える。


「でも、その前に、あなたを自由にしないと」


 僕が振り返ると女性は消えていた。美咲さんを吊るしていた大木が一本、そこに立っているだけだった。


 どうする事もできないと思い、僕は、その場を後にすることにした。

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