決行
明かりが消された店内の、テーブルの一つに僕は座っている。
満員だった店の客は、既に他の店で飲み直すか、若しくは家に帰っていることだろう。店の中には僕たち四人しかいない。茜と里奈、そして、店長の引きつけ役を演じた後に戻って来た綾乃さんがいるだけだ。
客が入って来ない様に看板の電気も既に落としてある。
店の入り口に鍵をかけていない。なによりかけるべき鍵を預かっていないから。けれど、既に閉店の雰囲気を漂わせたこの店に、間違って入ってくる者はいないだろう。
キッチンの明かりだけが店内を薄暗く灯している。
真っ暗では僕たちが店の中を動き回る事ができない。必要最小限の明かりだ。
「よくあの時のゴキブリが見つかったね」
オレンジ色の明かりが、綾乃さんの顔をぼうっと照らしている。綾乃さんは遠くを見る目で答える。
「幸い、あれから生ゴミの回収日が来ていないから。でも、ゴミ箱の中から探すのは大変だったけれど」
「初めて翔太とあった日の事だったな、綾乃の家にゴキブリが出たのは。それほど前の事ではないのに、かなり昔の様な気がするな」
茜とファストフードの店で再会し、綾乃さんから美咲さんの事を聞いて、里奈と初めて会った日の事だ。
この厄介な捜索に巻き込まれた最初の日。その時はまだ美咲さんが家出か、犯罪に巻き込まれたか分からずに、僕は『そのうちに帰ってくるだろう』なんて軽く考えていたのだけれど。
「まさか、美咲は自分の意思で失踪していて、その原因になった人を助けるためにこんな犯罪めいた事までするなんてね。翔太には、関係ないのに巻き込んでしまって申し訳ないと思っているわ」
茜が僕を、そして二人を順番に見つめる。
「いや、これも乗りかかった船だから。嫌なら途中で降りる事はできたんだし、茜は気にする必要はないよ。少なくとも夏休みを漫然と過ごすよりは楽しかった気がする。不謹慎かもしれないけれどね。それより、西御門さんの話だと機械はあのドアの奥にあるらしいけれど、どうする?」
僕は小さなドアを指差す。最初にここに来た時にはパイプスペースだと思っていた、ふらふらになった女性が出て来たドアだ。
「私と茜がヘッドギアを着けるっていう事でいいかな。綾乃には機械の操作をお願いしたいのだけれど」
「うーん。西御門さんの話だと、ここには機械は二台しかないのよね。誰かが操作をしないといけないのだから仕方ないけれど、一人だけ安全な仕事だとやっぱり二人に悪い気がする。いいのかな?」
「ごめんなさいね、綾乃。私は城廻くんを知っているから、私を外す事はできない。言い出したのも私だし」
「機械の操作を私に任せる事ができるならば私が残っても良いのだけれどな。私自身が機械の操作ができるか心配なのと、それより何より操作が私ではヘッドギアを着ける二人が心配だろう」
綾乃さんの口元が微かに動いて笑みを作った。
「わかった。私が責任を持って操作するから。で、翔太は西御門さんの機械を使うのよね。大丈夫?」
「うん。さすがに女の子を西御門さんに任す訳にはいかないからね。そこまでは彼を信用していないから、そっちは僕が行くしかない」
「気をつけてね。翔太」
三人の視線が僕に集まる。
「たぶん大丈夫だよ。心から信頼している訳じゃないけれど、言われている程悪人とも思えないしね、西御門さんは。それより、こっちも気をつけて。西御門さんや城廻くんの話だと、操作によってはあの機械は危険らしいから。あと、城廻くんの話も確かに荒唐無稽な所があるから、どこまで信じて良いかは正直わからないけれど、でも、彼の話が本当なら茜と里奈とはあっちで会えるはずだ。一緒に城廻くんを助けよう」
僕はテーブルの上に手を差し出した。小さな温かい手と、冷たい手と、柔らかい手が重なった。




