オープンカフェの喫茶店で
大きく横に枝を広げた駅前広場の街路樹の下で、僕は冷たいコーヒーを飲んでいる。目の前には茜が、グラスから突き出たストローを咥えている。
日は大きく傾いてきた。
街路樹の上から、ひぐらしの声が聞こえている。冬なら、もうとっくに暗くなっている時間だ。
「このカフェ、今朝も来た店じゃない。他にいい店知らなかったの?」
茜が不満そうな表情をする。
「最初に会ったファストフードの店でも良かったんだけど……」
「いや、あそこは。翔太には悪いけどお洒落さが足りないわ。ね、翔太、モテないでしょ」
はっきりとした物言いが、むしろ潔く感じられた。僕も、茜の話し方にだいぶ慣れて来た様だ。
「僕は友達を作るのを止めたからね。モテるはずがない」
「友達を作るのを止めた? なんで? あんなに社交的だった翔太が?」
茜は大きな目をさらに丸くする。
「茜が転校したあと、クラスがバラバラになってね。たぶん、あの事件のせいだと思うんだけど、クラスが友人毎にまとまる事がなかったんだ。『友達』という存在は、茜がいなくなった後、僕には一人もいなかった」
僕は、僕がクラスで一人きりになっていた理由を、事件のせいにした。茜のせいにはできない。当然、二人の関係のせいにも。
「あ、そうでしょ。あの事件の犯人の家族が私たちの学年にいるって噂あったもんね。だから私も転校することになったんだし、みんな疑心暗鬼になっていたのね」
「え? そんな噂あったの?」
知らなかった情報だ。とは言っても、友達が一人もいなかった僕には、情報が入る経路がない。
「うん。それが本当だって今日わかってびっくりしていたところ。城廻くんでしょ? それって」
僕がみんなに避けられていた訳じゃなかったのかも知れない。確かに、あの事件以降クラスの人間関係はバラバラだった牙する。
茜のいう通りならば、みんな疑心暗鬼だったんだろう……それなら、友達を作るのをずっと止めていた僕はいったい。
「そうなんだよね。その事にもう少し早く気がついていたら、僕は今とは少し違った性格になっていたかもしれないな」
「何言っているのよ。さっきのメイドカフェでの翔太、昔のままだったから。頼りがいがあって」
「そうかな?」
「うん。今回も結局は私たちを手伝ってくれて。自分は入院するほどの怪我を負いながら私たちを助けてくれて。ね、翔太、城廻くんもついでに助けましょうよ。昔の翔太なら絶対にそうするから」
僕は黙ったまま頷く。そうして、子供の頃の自分を思い出す。確かに本当の僕は、何かから逃げるなんてありえなかった。そして、茜に再会した事で昔の自分を取り戻しつつある気がする。
「僕はこれから西御門さんに連絡して、話をしてみようと思う。機械を貸してもらえる様に。それから店長さんを説得してもらおうと思う。そっちの機械も貸してもらえる様に。茜は、里奈さんと綾乃さんを招集して。今夜集合でいいかな?」
目の前の短髪の女の子は、笑顔で合意した。そして、急に鳴き出した蝉の声に、上を見上げた。茜の白い肌は今日一日で、すらりと伸びた首筋まで、うっすらと夏の色に染まっていた。
街路樹の向こう側から、ほんの少し涼しい風が流れてくるのを感じた。
照りつける陽の光もオレンジ色を帯びてきた。もうそんな時間なのだろう。
太陽が傾いて来たせいか、僕たちの影もブロックで舗装されたカフェの床に長く尾を引いている。
今日中に全てを済ませなくてはならない。電話を早くかけなくては。
「西御門さんの電話番号なんだけれど、さっきの番号、まだ覚えているよね」
「うん。私の電話からかける?」
「いや、僕の方から。間違っていたら教えてね」
僕は覚えた番号を携帯に打ち込む。
「大丈夫。それで間違いないから」
茜の笑顔に、僕は携帯を耳につける。呼び出し音が聞こえてくる。
『はい、西御門ですけど』
呼び出し音が途切れると同時に、携帯から不機嫌そうな声が聞こえて来た。




