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西御門の電話番号

「社長、面接の方をお連れしました」


 メイド服の女の子は事務室のドアをノックする。

 中から声がするのを確認してから僕たちに笑顔を送ると、女の子はドアを開けた。


「失礼します。この方です。じゃ、面接、がんばってね」


 僕は案内をしてくれた女の子に会釈する。


「二人とも、そこに腰掛けてもらえるかな」


 社長と呼ばれていた、歳の頃は三十台半ばくらいの、丸まるとした重そうな身体をポロシャツに詰め込んだ目つきだけが鋭い男が、僕たちに椅子を勧める。


「履歴書はある? 学生だから職歴は無いと思うし、学校名と連絡先だけでも書いてあればいいんだけれど」

「私たちは面接に来たんじゃありません」


 先に椅子についた茜が答える。僕は茜の隣に腰掛ける。


「面接じゃないとしたら、ここへは何をしに?」

「唐突に切り出しますけれど、西御門さんっていう人、知っていますよね」


 これはいつもは茜の仕事なのだけれど、今回は僕が口火を切る。


「西御門、ねぇ。名字だけじゃどうだかね。で、その西御門っていう人がどうかしたのかな」


 男は、はち切れそうなポロシャツの上にある、パンチにも似た髪型の頭を面倒くさそうに左右に揺らす。


「いきなりなんですけど、まずは西御門さんに連絡をして欲しいんですけど」


 あえて連絡先が分からないとは言わない。その方が効果的だと思ったから。


「なぜ俺が西御門とやらを知っていると? なぜ連絡をしなくてはいけないんだ?」

「それが僕たちの、ここに来た目的だから」


 これは本音だ。この社長が西御門さんに連絡さえ入れてくれれば。


「知ってるも知らないも、そんな危ないやつとはなるべく関わりを持たない様に経営しているんだけどな。あっちから勝手に何回かバイトの女の子を連れて来たくらいの関係だし、そんなに詳しくは知らないね。用件を言ってもらおうか? 面倒くさい事をさせないで欲しいな」

「西御門さんに連絡をしてもらえますか?」


 僕は繰り返す。ここで負けてはいけない。


「お前らが来た理由を、お前たちから聞き出す事が出来ないっていう訳なんだな。……わかったよ。西御門も面倒くさい事をするな。待ってろよ」


 社長は胸ポケットから携帯を取り出す。


「あ、西御門さんの携帯にお願いしますね。それから、西御門さんが電話に出たら、その携帯を僕に渡してください」

「なんだか分からねえけど、いいよ。その通りにするから。そうすれば西御門に睨まれないんだろ」


 社長は携帯を操作する。最初は『0』から始まる筈だ。僕は指の動きに注目する。その指が上に動けば『8』、右に動けば『9』だ。相手が携帯の場合、それ以外の可能性はほぼ無いと言ってもいいだろう。


「繰り返しますけれど、西御門さんが電話に出たら、すぐに僕に代わってくださいね」


 言いながら、僕は指の動きから電話番号を読み取る。


「分かってるよ。当たり前だろう、俺にはそいつに用事なんか無いんだからな」


 タバコに火をつけたあと、眉間に深い皺を寄せながら社長は電話に出るのを待っている。その仕草から、この社長も一癖ありそうなタイプに見えた。その社長さえ敬遠しようという西御門さんとは一体どうう人なのだろう。連絡を取ろうとした自分に、少し後悔する。


「あ、西御門さん? 俺です。メイドカフェの社長の……ええ。そうです。俺の所に西御門さんの使いが来ているんですが……え、知らない? 知らないって言ったって……とにかく代わりますよ」


 社長は僕を睨みつけながら電話を渡す。


「西御門さん、ですか? 僕です。nest of moth の店長さんを通じて美咲さんの件でお話しした、翔太です。覚えていますか?」


 覚えていて欲しい。そうでなければここまで来た意味が無い。


『ああ、美咲ちゃんの彼……じゃなかった。片思いの彼だったかな?』


 覚えていた。


「あの件ではお世話になりました。美咲さんが見つかったのでお礼と、あと、あの時にメイドカフェの話が出ていたのでその件を聞きに今、メイドカフェの社長さんと会っています」

『メイドカフェ? あ、話したかな。で、俺の疑いは晴れたんだな。と、言う事は』

「ええ。申し訳ありませんでした。ただ、美咲さんは今病院にいるんです。僕と美咲さんの友達が見つけたんですけれど、その時から意識不明で。その件で第一発見者の僕たちが警察から疑われたり大変だったんですが、とにかく相談に乗ってもらったことを感謝しています」

『そうか、とにかく良かったな。わざわざ電話、すまないな』

「あの、また何かあったら連絡してもいいですか?」

『ん? まぁ手伝えるとは限らないけれどな。で、犯人はメイドカフェの社長なのか? 俺はその子を紹介したつもりは無いからな。それなら全くの無関係だ。それから、変な気を起こさずに警察に任せるんだぞ。お前らはこっちの世界には首を突っ込むなよ』

「わかりました。後で連絡しますが、美咲さんの件は西御門さんの言う人ではないと思います。詳しい事はまた」


 唖然とする社長の顔をわざと見ない様にしながら僕は電話を茜に見せる。

 通話記録の所に西御門さんの電話番号が乗っている。

 さっき、僕が手の動きから読み取った番号と一緒の番号だ。


「ありがとうございました。で、社長さんは美咲さんを知らないですよね。茜、写真を見せて」


 僕の隣に沈黙のまま座っていた茜は、携帯を取り出すと美咲さんの写真を社長に見せる。


「知らないな。そんな女。面接に来たもその女だけは採用しない事にするよ。それより西御門に、nest of mothの店長って言ったら十二所だろ? それから警察? おまえら、二度とこの店に関わらないでくれ。こう見えても俺は真っ当に商売をしているんだからな。俺は商品でもある女の子を病院送りになんかしたりしないからさ」


 社長は徐に立ち上がると、僕たちに出て行けと催促した。もうここには二度と来ることは出来ないんだろうなと思った。けれどもなんにしろ、僕は西御門さんの電話番号を手に入れる事ができた。


 帰り際に店の入り口で、僕たちを案内してくれた少女が笑顔で僕たちに手を振った。何も気づいていないのだろう。再会を期待するかの様な、素直な笑顔だった。


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