メイドカフェ
灰色のコンクリートでできた薄暗い線路下の高架を抜けた先は、パステルカラーの看板がひしめく商業街だった。
左右に立ち並ぶ商業ビルの、それぞれの一階には本屋やパソコン用品、DVDの店等がテナントに入っている。
店先に並ぶ色とりどりのパッケージの後ろには、それぞれ等身大のアニメ風マスコットが置かれている。
茜は迷う事なく、そのうちの一件に入って行く。
「なんか、詳しいんだね。意外な感じがするけれど」
茜の後ろ姿に話しかける。
「この店でバイトをしたいっていうクラスメイトがいてね。面接に付き合った事があるのよ」
僕は、一瞬固まった。茜がコスプレをして笑顔で接客する姿が重い浮かばない。こいつ、そんなキャラだったっけ?
「付き合ったって、茜も面接を受けたの?」
「なに言ってるのよ。付き合うっていっても店の前までよ。私にメイド服が似合うわけないでしょ。ちょっとは考えなさいよ」
「た、確かにそうだね。茜の言う通りだ」
茜の本気で不機嫌そうなその話し方に、なぜか僕は胸を撫で下ろす。
「納得されるのも微妙だけどね。似合わないって言われてるみたいだし。まぁ、私は髪が短いからああいう格好は似合わないと言われても仕方ないんだけれどね」
狭い通路の先はエレベーターホールになっていた。
先を歩いていた茜がエレベーターのボタンを押す。
やっと二人が並んで立てる程の狭い空間に、アイドル歌手の楽しげな曲が響き渡っている。
壁を見ると、アニメ風の少女のイラストが、ポスターの中で微笑んでいる。
そういうのが嫌いなわけではないのだけれど、初めて来るのには一人では勇気が必要とも思える場所だった。
「一緒に来てくれて感謝するよ。茜」
「なによ。今さら」
後ろ姿でそう言う茜の声が、まんざらでもなさそうに聞こえる。
到着を告げる甲高いベルの音とともに、エレベーターのドアが開いた。
エレベーターの三面の壁には、ハードディスクやメモリの型番と容量毎の値段など、アルファベットと数字だらけの張り紙が貼られていた。張り紙をぼんやりと眺めているうちに、エレベーターは目的の階に停止した。
「この張り紙、なんか不気味じゃない? なんの呪文かしら」
茜には分かっていない様だ。
張り紙は、分かる人にだけ分かればいいと割り切ったものだったが、実際そうなのだろう。内容が分かったとして、茜が喜んで購入する物とも思えない。
音も無くエレベーターのドアが開く。楽しそうな、けれども耳を劈くような音楽が流れ込む。
「お帰りなさいませ。メイドの園に」
メイド服の女の子が、笑顔で僕たちを出迎える。
女の子を綾乃さんと見間違えてしまった僕は、一瞬、動揺してしまう。
僕にはメイド服とゴスロリの区別が、いまひとつ付いていない様だ。
僕が怯んでいる間に茜が一歩前に出る。
「店長と会いたいんだけど」
茜のいきなりの言葉に、女の子は怪訝な表情を浮かべる。
「失礼しました。私に、なにかありましたか?」
「いえ。私たちはお客じゃなくって、店長に用があって来たのよ」
少し時間をおいて、女の子の表情が何かを理解した顔に変わった。
「なら、こっち。社長は事務室にいるから、レジ裏のドアから案内するわね。ついて来て」
女の子が先に歩き出す。
「でも、このお店で働くのなら、もう少し髪を伸ばしてからの方がいいかもね。でもまぁ、ウイッグがあるから誤摩化しは効くかも。なんとかなるから心配しないで」
歩きながら小声で付け加えたアドバイスに、茜は少しむっとした表情で僕に何かの同意を求めた。髪が短いからメイド服は似合わないかも知れないって、自分で言ったばかりなのに。
レジ裏の、従業員以外立ち入り禁止と書かれたドアを抜けると、左手に休憩室と書かれたドアがあり、その先に事務室と書かれたドアがあった。
何の飾り気も無い壁面は、表の華やかさから想像できない程に殺風景だった。




