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復活を阻止するために

「僕は、父も母もいないし、親代わりだった祖父ももういないんだ。美咲も僕の所には帰ってこないと思うし、僕のそばには誰もいないんだ。僕はいなくなってもいいんだと思う。と、いうよりも、僕の意思でいなくなってしまいたいと思っている。で、祖父は戻って来たがっている。だからこうやって今、上書きをしている最中なんだ。僕の身体は祖父のものになる」

「なによ、それ。そんな事はさせられない。今、私が機械を止めるから」


***

「言ったでしょう? 人が一旦決心したら、止められないって。君に二十四時間僕を監視できる?」


「それは……でも、そんなのって、無い。自殺と同じじゃない」


「そうなのかも知れない。身体は再利用されるのだけれどね。でも、実はもう、半分近く上書きが終わっているんだよ。もうすぐ、こうして僕の意思で話す事もできなくなるばずだ。手遅れなんだ。幻覚を見る薬とは違って、これには致死量なんて関係ないからね。効果は不可逆なんだ」


 茜は、僕を見つめる。僕は茜を見守る。


「きみたちが羨ましいよ。仲がいいんだね。人は人との関係で生かされているってよく言われるけれど、誰かに必要とされるっていうのは、生きていく上で大切な事なのかも知れない。僕にはそういう人は誰も居なくなっちゃったけど、最後に君たちに会えて良かった。誰かに、お別れの言葉を言えるからね。それも、僕の大好きな美咲の友達に。これは、僕からの最後の言葉なんだけど、……さようなら。君たちは幸せにね。いろいろ話すことができて楽しかった」

「ちょっと待てよ。そんな言葉を残されても困るだけだ。今すぐやめるんだ」


 論理的な言葉としてではなく、感情から出た言葉が僕の口から溢れだす。


「嫌な気分にさせたのなら僕は君たちに謝らないといけないね。でも、ここで止めても引き返す事はできないんだ。僕はもう半分は僕ではないしね。それに、さっきから頭がぼんやりとしているんだ。だから、少し眠ってもいいかな。それと、僕が次に目覚めた時には、君たちの事を覚えているとは限らないから、君たちの記憶に関する部分がまだ僕のままでいられる可能性が絶対とは言いきれないから、できれば僕が眠っているうちに家路につくことをお勧めするよ。それでは……おやすみ」


 城廻は、目を瞑った。安らかな吐息の度に胸が上下している。明らかに呼吸をしている。死んでしまった訳ではない。けれども、次に目覚める時には、城廻は、今のままの城廻ではないのだろう。


「な、茜。これでいいのかな?」

「これが城廻くんの意志だとしても、これでいい訳ないじゃない。こんな生き方、いえ死に方は寂しすぎる」

「僕もそう思っていた。僕のエゴがそう思わせている訳じゃないんだよね。茜の気持ちも僕と同じで安心したよ。それに気になる事があるんだ。城廻のおじいさんが城廻の身体で生き返るという話が本当だとしたら……」


「美咲のお母さんをあんな姿で殺した男が蘇るっていう事。それだけじゃなくって、里奈や、綾乃や、美咲のトラウマを作った、そして私の初恋を邪魔した事件の犯人が蘇るっていう事」


「え? 里奈や綾乃さんはなんとなく分かるとして、茜のって……」


「あの事件があったから私のお父さんは転勤を希望したの。あの事件がなければ私は転校することがなかった。いつも一緒に居て、内気だった私に声をかけ続けてくれた一番好きな人と、離れる事はなかった」


 僕は驚いて茜の顔を見つめる。うつむいていた茜は、僕の顔を見上げると、僕に向かって顔を近づけてくる。僕の視界が茜の顔でいっぱいになったすぐ後に、頬に、柔らかい感触を感じた。


「本当は、翔太も同じ気持ちだと思っていたんだけれど、忘れられていたなんてね。この薄情者。ま、それはとにかく、こんな事は、他の誰かが被るにしても見過ごせないわ。なんとか阻止しないと」


 耳のそばで話されると、吐息がこそばゆい。


「店長の所と、西御門さんの所にこれと同じ機械があるはずなんだ。それを使って阻止できないかな? 僕たちが機械を使って向こう側に侵入して、城廻のおじいさんに会って話してみるとか」

「危険な感じがするけれど、その価値はあるかもね、本当に侵入できれば、本当にそっちの世界があるのなら、孫の命がかかっているんだし話は聞いてくれると思う」


 僕たちは、眠ったままの城廻を残してコンクリート造りの古い屋敷を出た。じりじりとした、夏の乾いた日差しが肌を突き刺す。

 振り返って屋敷を見る。こんな、湿った雰囲気の埃だらけの家に一人でいるから自分がいなくなっても何も変わらないなんて思ってしまうんだ。そんなのは普通じゃない。彼を、一人にしておく事は僕にはできない。

 全てが解決したら、また城廻に会いに来よう。そう、思いながら僕は家を後にした。


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