考証ーー綾乃さんのマンションで
白い壁のお洒落なリビング。窓の外を見下ろすと、森林公園の向こう側のミニチュアのような街並みが、色とりどりのネオンを瞬かせている。ダイニングテーブルの向こう側には、虚ろな表情で綾乃さんがため息をついている。
「茜と里奈、まだ事情聴取されているのかな? 絶対遅いよね」
持ち上げたグラスを眺めながら、綾乃さんはつぶやく様にそう言った。
「まさか第一発見者がいちばん疑われるとは思わなかったよ。綾乃さんだけでも警察が来る前に帰しておいて正解だったね」
「うん、急に気持ち悪くなっちゃって、先に帰っただけなんだけどね。でも、私がいればここをみんなの待ち合わせ場所にできるから、私もそれは正解だと思う。私だけ取り調べを受けないのは申し訳ない気もするけれど」
「取り調べっていうか、僕が聞かれた内容は、美咲さんを発見した経緯とか、なんであそこが分かったかだとか、そんな聞き取りだったんだけどね。でも、全員いっしょの部屋で聞かれたわけじゃないし、一人ひとり別々に聞かれているってことは、やっぱり何かを疑われているのかも知れない」
「おそらく、そうね。あと、救急車が到着する前にこっちに向かったから私は見てなかったんだけど、その後、美咲はどうなったの?」
「綾乃さんも知っている通り、まだ息はあったから病院に運ばれたはずだけど。そこから先は警察でも聞けなかったし、僕もわからない。助かるといいんだけど、意識はなかったから……」
「そっちも心配だね。どこの病院に運ばれたんだろうね」
そう言うと、綾乃さんは再び虚ろな表情をする。
「そういえば、美咲さんが意識を取り戻さないとしたら、美咲さんにあんな目に遭わせた犯人はわからないし、茜と里奈は疑われたままなのかな?」
美咲さんを木から下ろす時に里奈の手には縄の繊維が付いてしまっていたはずだ。美咲さんの衣服には、茜の指紋がくっきりとついてしまっている。最悪、二人が容疑者にされかねない。
「状況からしても、美咲さんは自分であんな状況になったのではなくて、誰かにされたのは確実だと思う。それに美咲さんから君たちへ届いたメールが元になって彼女を発見することができたんだけど、彼女は君たちにメールをできないはずなんだ。美咲さんの周囲に携帯電話は落ちていなかったしね。メールをしたのが他人だとすると、そいつが犯人の可能性が高いと思うんだ。美咲さんが意識を取り戻さない限り、真犯人の存在はわからない、茜や里奈が疑われたままになってしまうと思うんだ。二人の無実を証明するために、力を合わせないか?」
綾乃さんはテーブルの上に力なく顔を伏せている。おそらく三人の友人を案じているのだろう、虚ろな様子の彼女に、僕の声が届いているのかよくわからなかった。けれど、そのあとすぐに綾乃さんは、小さく頷いた。
背中まで伸びた、もうツインテールではないストレートの黒髪に、蛍光灯の明かりが丸く反射しながら小さく揺らめく。僕の言葉は目の前の少女に届いていたようだ。
「とは言ってもこんな時間に何もできないし、とにかく、また明日来るから」
もう夜も遅い。これ以上女の子の部屋にいるのは良くないと思った僕は、帰るための支度を始めようと立ち上がった。支度とは言っても、荷物なんかほとんどないのだけれど。
「待って」
綾乃さんは顔を上げた。ゴスロリでも、ツインテールでもない普段着の綾乃さんは、ただの普通の女の子だった。ただの、普通の、かわいい女の子に見えた。僕の鼓動は早くなる。
「え?」
「……泊まって、いかない?」




