美咲の実母と過去の事件
僕が綾乃さんのマンション前に到着したのは、それから約三十分も過ぎたころだった。
熱帯夜ともいえる、蒸し暑い夜の街をほぼ全速力で走ってきた僕は、全身から汗を滴らせていた。
腿の痛みは我慢できる程度になっていた。けれど脇腹が、正確にいうと、恐らくヒビの入った肋骨がまだ痛む。
僕は綾乃さんの家に転がり込むや否や、脇を抱えてしゃがみ込んだ。
「翔太、走って来たけど、もう痛みとかは平気なの?」
頭の上から茜の声が聞こえる。僕はしゃがんだまま痛みを堪えている。
「大丈夫だ。心配いらない。もうすっかり元どおりだ」
そして、心配をかけないために、茜に初めての嘘をつく。
「それより美咲さんのいる場所に心当たりは? どこを探せばいい?」
「それが、検討がつかないのだ。メールの内容だけでは特定できない」
めずらしく、里奈も慌てている様子だ。
「そのメール自体も私たちあてに美咲のメールアドレスから届いているんだけど、打ったのが本当に美咲なのか、それとも美咲の携帯を使って他の人が送ってきたのか、それすらも分からないから」
綾乃さんはこんな時でも冷静だ。確かにそこから疑う必要もありそうだ。けれど。
「とりあえず、美咲さんの携帯電話を持った人物が美咲さんの自殺をほのめかすメールを友達に送って来た事だけは間違いない事実なんだ。どちらにしろ、自殺をするにしろ、それを装うにしろ、美咲さんが自殺するとしたらどこでしそうか分からない?」
三人が顔を見合わせる。
「お母さんに会いに行く……もしかしたら、お母さんが発見されたところ?」
茜がつぶやく。
「発見されたって?」
「私たちが小学五年生のころ、若い女性が相次いで教われる事件があったじゃない? その時の唯一亡くなった犠牲者が美咲のお母さんなの。美咲の家がある住宅街の、ほら、奥の方にまだ開発されていない森みたいな所があるでしょ? あそこで発見されたらしいのよ。その事件のせいで今でも開発がそこまで及んでないって聞いた事がある。今でも鬱蒼とした森でしょ? あそこ」
「確か、全裸で木に括り付けられていたって聞いた事があるな。犯人はつかまって、確か服役中に自殺をしたって聞いた事があるけれど。私たち女性の共通の敵ではあるし、死んでも当然だ。私も長い間トラウマで苦しんでいるわけだしな」
僕は先日みた夢を思い出した。最初の夢は、住宅街の中を誰かから逃げ回る夢だった。入院中に見た二回目の夢は、住宅街の奥、森の中になにか不吉な物がある夢。
両方とも今回の美咲さんのお母さんの情報がない状態での夢だったので、関連性があるか分からない。けれど、何かを暗示しているようにも思えた。
美咲さんは無事なのだろうか。それと今日の夢、茜からの電話で飛び起きる前に見た夢も気にかかる。
「とにかく、行ってみない? 私たちだけじゃ心細いけれど、翔太さんが、男の人がいれば安心だし」
綾乃さんから提案を受ける前から僕はそこに行くつもりになっていた。
「これからすぐに行こう。一刻を争うことになるかも知れない」
僕の言葉に、三人が大きくうなずいた。




