美咲のメール
店長に送られて家に着いたのは、正午を少し過ぎた頃だった。
家についてからの僕は、茜、里奈、綾乃さんの三人に退院した旨をメールで伝え、そのあとパジャマに着替えてベッドに横たわった。
痛みはかなり収まってきたものの、まだ無理ができるほど良くなったわけではない。彼女らに合流して美咲さん探しをするには、まだ身体の回復が追いついていない気がしたからだ。
今は、もう少し身体を休ませるべきだと思った。
それに捜索するための情報も既に尽きている。そんな状況でむやみに動き回ったとしても、無理をした事の対価として見合う程の効果はないだろう。
ベッドに横たわり、しばらく休んでいると、携帯が鳴った。メールの着信音だった。
『退院おめでとう。心配をかけた分の働きは期待しているから、覚悟をしおくように。仕事ができたらメールをするので、それまでゆっくりからだを休めておいてね。これは命令だから』
『心配をかけた分』……一応は心配をしていたんだなと思った。意外……でもないか。しかし、相変わらずのツンデレだなと苦笑していると、メールの着信ランプが光った。
『退院できて本当によかった。まだ痛みはあるのかしら? 私がお手伝いできることがあったらメールください。今はゆっくり身体を休めてね。無理はダメだからね』
本文の末尾に、黒いウサギの絵文字が三つ並んで手を振っている。
女の子のメールはやっぱりこうだよな……と思う。まぁ、ウサギは黒いんだけど。普通は白じゃないかな?
『今の私の蹴りを食らったら、とてもじゃないがこんなに早くは退院できないぞ。フォームを改良したからな。次こそは私が翔太を守るからな。とにかく、退院おめでとう。早く会いたいな』
最後に到着したメールも絵文字がなかった。まぁ、こいつはこんな感じなのだろう。
メールの文章からはその姿が想像できないなと思った。一応は雑誌の表紙を飾る様なモデルなのだけれど。
三人の無事を確認して安心した僕は、ベッドに横たわって目蓋を閉じた。午後の日差しが顔にかかり、目蓋をオレンジ色の陽光が透かす。
熱気に満ちた窓からの光にたえきれなくなった僕は、エアコンのスイッチを入れる。心地よい、乾いた風が部屋に流れ出す。
再びベッドに横たわった僕は、しばらくは茜たちと出会ってからの出来事を回想していた。そうしているうちに次第に意識が遠くなってゆくのを感じた僕は、それ以上の回想をあきらめて、睡魔にその身を任せる事にした。
僕が夢から覚めたのは、携帯がけたたましい音をたてたせいだった。窓から差し込んでいた柔らかな日差しは、すでに月の光に変わっていた。エアコンから流れる乾いた風だけは相変わらず流れ続けている。
壁にかけてある時計を見上げると、夜九時をまわっていた。
「はい、翔太です」
僕は電話をとる。
『あ、翔太? 茜だけど。身体はどう? もう動ける?』
茜の声は、いくぶん慌てている様に聞こえた。
「うん。動こうと思えば動けると思う。派手なアクションはまだ無理な気がするけれど」
眠い目をこすりながら僕は答える。茜の質問から、また僕の出番なのだろう思った。
『アクションはなさそうだから安心して。それより事態が急変しそうなの。美咲からまたメールが入ってね』
「美咲さんからメール? それって、まだ無事って事だよね。朗報だね」
『今はね。でもね、内容がね』
「どんな内容? 無事なんだよね?」
『今は。でも……。かいつまむと、『これからお母さんに会いに行く、いままでありがとう』っていう内容なの。会いに行くって、絶対亡くなった方のお母さんだと思うのよ。急いで探さないと、大変な事になりそうなの。助けて、翔太』
ツンデレキャラを忘れてしまったかの様な、助けを求める茜の言葉に事態の深刻さを呑み込む。
「これから行くから。どこへ行けばいい?」
ベッドから下りながら僕は携帯電話に問いかける。脇腹に鈍い痛みが走るが、そんな事を気にしている場合ではない。
『綾乃のマンションの前にお願い。翔太も何回か行っているから、いちばん分かりやすいでしょ?』
「わかった。これから向かうから」
携帯を切ると、僕は急いで出かけるための準備を始めた。