黎明2
左右に街路樹が規則的に並んだ、丘の上の住宅地に僕は立っている。
交差点の中心。けれども不安な気分になることはなかった。車の気配はないし、人もいない。空を見上げても一羽の鳥もいないし、青空に浮かぶ入道雲さえも息をひそめた様に停止している。
そして、僕はここを知っている。つい先日見た夢の中だ。
僕はこうして、しばしば夢の続きをみることがある。
それに何の意味があるのかは考えない様にしている。
考えた所でしかたがないからだ。夢なんて、現実と結び付けようと思えばいくらでも結びつくものだし、そう考えなければ全く現実とは関係ないものだから。
だいいち、現実と結びついたところで、夢の責任なんて僕にはとりようがない。
子供のころから僕はそう考えていた。
前回は何かから逃げていたのだけれど、今回はあのときの追われている感じはない。今なら、夢と分かっている今ならば、僕の特技で追っ手を返り討ちにできるかもしれないのに。
僕は夢の中の現実を、ある程度なら自分の意志でコントロールすることができるのだから。
気持ちを落ち着かせて辺りを見回す。風景は、美咲さんの家の周囲になんとなく似ている気がした。けれども建物は全く汚れておらず、人の住んだ形跡がみてとれる家がほとんどない。
住宅地自体がまだ新しい気がする。僕のイメージの中では美咲さんの家の周囲はそんなものなのだろうか?
せっかくなので夢の中の住宅街を歩き回る事にした。
舗装したての黒々としたアスファルトに、真新しいセンターライン。建築途中なのだろうか、家の骨組みにかけられたブルーシートがところどころに見え隠れしている。
夢の中なので、いくら歩き回っても当然疲れはない。それどころか夢という事を自覚していれば、現実よりかなり早いペースで歩き回ることもできる。
僕の特技で夢の中の物理法則を無視できるからだ。
しばらく歩くと住宅街の突き当たりに出た。
道が急に細くなり、その先は森が続いている。
深い緑に覆われた小高い森の奥、雲すら静止している青空に黒い動く物、カラスのようなものが数匹飛び回っていた。
夢の中で初めて動き回るそれらを見て、僕はなにかを暗示しているのかもしれないと思った。
なぜなら、そのカラスの飛び回る一帯だけは、陰鬱な気分を閉じ込めた、不吉な空間だと僕には感じられたから。
胸騒ぎのような嫌な気分でいっぱいになり、僕は夢から覚める事にした。
ゆっくりと目を開けると石膏ボードの飾り気のない天井が見えた。
背中にうっすらと汗をかいていた。
青いシーツが、病室の固いベッドに汗で貼り付いている。
部屋の空調は止まってはいない。室温は快適に調整されている。
汗の理由は暑いから、だけではないようだ。
さっきまで見ていた夢を思い返してみる。特別、悪夢というわけではないと思った。ただ、嫌な雰囲気の夢だった。
良くない結末を暗示しているかのような……僕は込み上げてくる嫌な妄想を頭から降り払った。
結末はハッピーエンドの方がいい。それと、目覚めが悪かったのは夢のせいだけではない。まだ身体のあちこちに鈍い痛みが残っている。
僕は痛みを堪えて身体を起こし、窓から差し込む朝の日差しを浴びた。
身体が徐々に目覚めてゆく。
今日は、退院しなくてはならない。
美咲さんの行方を追うために。
病室を仕切っているクリーム色のカーテンに、朝日が反射して黄金色に輝いている。
いつまでもこうしてはいられない。
今日はすでに始まっている。




