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ベッドの上で

 感触からして僕はベッドの上にいるらしい。

 少し固い、寝心地のあまり良くないベッドに感触からして円筒形の固い枕。昔、どこかで嗅いだような消毒薬の匂いがする。

 遠くから、スリッパで歩きまわる音が聞こえてくる。


 目を開けると、乳白色の天井に蛍光灯が二つ並んでいるのが見えた。

 ここはどこなのだろう?

 周囲を確認しようと身体を動かすと、全身に痛みが走る。


「翔太さん?」

 

 名前を呼ばれたので、痛みをこらえながら声に向って首を曲げると、綾乃さんがいた。


「よかった、気がついて。痛くない?」

「うん」


 僕は少しだけ嘘をつく。心配をかけないための嘘。


「それよりここは?」

「ここは、病院。翔太さん、ここに運ばれてからずっと寝ていたみたいだから心配しちゃった。もう起きないのかって……それで、昨日の事とか覚えてる?」

「えーと。茜と里奈と、美咲さんの働いていたカフェバーに行って……」

「うん。記憶にも問題はないみたいね。で、それから後は?」

「その後、男四人に襲われて……その後は覚えてない」

「うん。その後ね、茜が警察を呼んだのよ。あの子元陸上部で足も速いから、大事になる前に人を呼ぼうと思って急いだらしいの。でも警官と一緒に戻ったときにはもう翔太しかあの場所にいなくって。翔太を襲った男達には逃げられてしまったみたいね。その後、里奈が呼んだ救急車に乗せられて、ここに来たみたい」

「そうなんだ? 二人に助けられたな」

「逆に二人を助けたのは翔太でしょ? 聞いてるんだから」

「二人は無事?」

「翔太さんのおかげでね」

「自分の役目を果たしただけだよ。茜に言われたとおりにね」

「ああ、あれ。あれね、茜は本心から言っていた訳じゃないと思うの。翔太さんにあんなこと言ったの、今ではかなり後悔しているみたいだし」


 僕は笑顔を作ろうとした。けれども痛みで口元を緩めるので精一杯だった。


「解っているよ。でもね、僕が囮になることで二人を逃がすことが、あの時点では一番いい判断だと思ったんだ。茜に言われたから、っていうのは半分冗談みたいなもので、本当のことを言うと、茜から『盾になれ』なんて言われてなくても僕の行動は同じだったと思うんだ。だから、これは茜のせいじゃないし、僕の判断の結果なんだ」

「うん。それはなんとなく解ってる。翔太さんならそうするんじゃないかってね。でももうこれからはあんまり危険な事はしないでほしいの」

「危険っていうか、男として当然の事をしたまでだよ。さすがに四対一だとこんな結果になっちゃうけどね。これは茜のせいでも、里奈のせいでも、もちろん君のせいでもないから、心配はしなくていいんだよ」


 痛みに堪えて、ぼくはまた口元を緩めた。

 綾乃さんの黒目がちな瞳が、ほんの少しだけ潤んだ気がした。すぐにうつむいたせいで目元が前髪に隠されてしまったので、確かにとは言えないけれど。


 ベッドからはみ出した僕の手に、ひんやりとした、柔らかい手が重なった。


 鼓動が早くなる。


「翔太さん、私ね……」


 ピンクのつややかな唇が何かを言いかけて止めた。


「なに?」


 何かに思いついた様なそぶりで、綾乃さんは面を上げる。

 前髪の下の、黒目がちの透き通った瞳が、何かを考えるように横に逸れる。綾乃さんの、透き通る様な白い頬に、うっすらと赤みが広がる。


「ん……と、いい人だね。翔太さん」


 寂しそうな、悲しそうな、僕の事を本当に心配しているように見える綾乃さんの表情を、僕は見ながら目蓋を閉じた。もう少し眠りたい。


「そんなでもないよ。ところで、もう少し休もうかな。少し疲れた気がする」

「うん。安心したから私はこれで帰る事にする。それと、翔太さんが気づいた事、二人に知らせておくから。……これからはあんまり心配させないでね、……翔太」


 そういえば、ベッド脇の花瓶に生けられた花は、綾乃さんからのものなのだろうか? 落ちてゆく意識の中で、僕はそんなことを考えていた。



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