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アスファルトの上で見上げた夜空

 鉄道の高架と川の堤防に挟まれた薄暗い路地。僕たちは四人の男達に囲まれながら連れて来られている。繁華街から少し離れただけだというのに寝静まったかのように雑踏も、騒音も聞こえて来ない。

 高架下には明かりの消えた事務所や、倉庫か何かなのだろうか、閉じられたシャッターが並んでいる。どう見ても人の気配は感じられない。

 外部の助けは期待できそうにないなと思った。


「おまえたち、なにを探っていたんだ? あんな場違いな店で」


 アロハの一人が僕たちを見下ろす。


「なにって、友達を捜してただけだから」


 押さえておかないといまにも飛びかかりそうな勢いの茜。


「お前たちみたいな子供の友達があの店にいるわけがないだろう」


 もう一人のアロハが噛み付くように歯を剥き出す。


 遠くの電柱に蛍光灯が点滅している。

 いま、歩いてきたばかりの道。

 その先は十字路になっていて、右に曲がってガードをくぐるとさっきの繁華街に通じている。けれども、その十字路を曲がってこちらにやってくる人を期待することはできない。この奥は金網で仕切られた資材置き場になっていて、通り抜ける事ができないばかりでなく、この時間にはこの場所に用事がある者自体がいないのだ。


「茜のいうとおり友達の美咲を探していたんだ。それ以外にあんな店に行く理由がないだろう」


 里奈は茜よりいくぶん冷静なようだ。


「信用できるか、そんな事。どうせあの店の噂を聞いて来たんだろう? 探したって、もうあそこには子供が夏休みに遊ぶ様なクスリは置いてないからな」

「クスリって何よ? あんたたち変なクスリでも使っていたの? 警察にでも言いに行こうかしら」


 茜に言葉で反撃され、アロハの男は一瞬とりみだしたような表情を浮かべる。

 体格のいい男二人が茜ににじり寄る。

 一人が冷静さを失った目で茜の胸ぐらを掴む。


 まずい。


 思った瞬間に僕は脇にいたアロハの二人組のうち、弱そうな方に飛びかかる。

 鈍い音。右の拳に衝撃を感じた。

 僕の会心の一撃はアロハ男の左頬にヒットした。よろけるアロハ。

 全ての体重を右拳に集中したため、僕は少しバランスを崩しながら地面を見る。僕に殴られたアロハの男が、しりもちをつきながら驚いた様な目で僕を下から見上げている。

 怒りの表情を浮かべた三人の男の視線が、いっせいに僕に集まる。茜の胸ぐらを掴んでいた男は、茜から手を離してゆっくりとこちらに歩いてくる。


 僕の咄嗟の思いつきは正解だったようだ。


 僕は茜と目を合わせてから十字路に視線をやった。逃げろという精一杯の合図だった。

 それから、僕は全速力で十字路と逆方向の資材置き場に向かって走った。袋小路だということは承知の上だった。突き当たりで追いつめられて男達に殴られることも。男達を引き寄ることができれば、少なくとも茜と里奈を逃がす事ができる。最悪のなかでも最良の判断のつもりだった。

 背後から血相を変えた足音が近づいてくる。それでいい——僕は冷静にそう思いながら逃げ場の無い突き当たりに全速力で向かう。


「なんだ? この女?」

 背後からの声。僕は立ち止まり、振り返る。

 白いスーツの少女が、スカートの乱れも気にも留めない様子で、アロハの男を蹴り上げていた。

 茜の姿はない。茜は僕の思いのとおりに逃げたようだ。里奈、おまえは逃げなかったのか。


「翔太、一人じゃ無理だ。それにそっちは行き止まりだぞ」


 僕は顔を押さえた。分かっているんだよ。お前達を逃がす為にわざと男達を引きつけていたのに。


「わかってる。早くお前も逃げろ」


 叫びながら僕は、僕と同じく立ち止まり、里奈の反撃を唖然としながら見ていた電話男に体当たりをする。

 里奈に気をとられ、僕に注意を払っていなかったその男は、不意をつかれてよろけた。

 僕はその脇をすり抜ける。

 里奈の蹴りを受けたアロハ男は直ぐに体勢を立て直し、里奈に掴みかかろうとしている。

 両腕を前に突き出してそれを防ごうとしている里奈は、避けるように目を閉じたまま、顔を横に向けている。


 相手を見ていない。危ない。


 僕は両足で力一杯踏み切って、アロハ男に飛びかかる。男は僕のタックルをくらい、里奈を掴み損ねる。

 無様に地面に転がる男、その足を掴む、やっぱり地面に転がる僕。


「逃げろ、里奈」

「だって、翔太」


 駆け寄る里奈に向かって小さな声で囁く。


「お前も女の子なんだから、なにかあったら取り返しがつかないだろ? 早く逃げるんだ」


 一瞬の、里奈のおびえる様な目。


「だれか、呼んでくるから」


 パンプスの音が遠ざかって行くのが聞こえた。

 里奈の逃げ去る姿を確認しようと思った。けれども、僕にはそれが許されなかった。里奈の後ろ姿に視線を向けようと思ったその瞬間に、大きな力が僕の後頭部に命中したからだ。

 殴られたのか、蹴られたのか、どちらにしろその衝撃のせいで、僕はアスファルトにあおむけの状態に転がった。暗い星空が、視界に広がった。


そのあと、胸部に、腹部に、衝撃が走った。


 里奈は、ちゃんと逃げられたのだろうか。身体中に鈍い痛みを感じながら、僕はそんな事を考えていた。



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