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厄介な出会い

 背後から、にぎやかな談笑が聞こえてくる。

 注文をとるカウンターの声。揚げたてポテトの食欲をそそる香り。

 ハンバーガーを頬ばりながら、僕は窓の外をぼんやりと眺めていた。


 子供の頃にプラネタリウムで見たような、沢山の星がまたたく藍色の夜が、東の空から西の方角へ向かって、茜色の夕焼けを塗りつぶすようにゆっくりと浸潤してゆく。

 原色だった街並みが、青い影に包まれながら徐々に黒いシルエットへと移り変わる。


 幻想的ともとれる時の移ろいに、僕はつい目を奪われてしまっていた。

 夕方と呼べる時間はほんの少し前に過ぎてしまった、今は夜の入り口。ここはいつも寄るファストフードの店。


 この店の中だけは時の流れから取り残されたかのように、まるで昼間かと思うほど、暖かな明かりで照らされている。

 読みかけていた小説に目を移すと、僕はまたひと口、拳の中の夕食にかぶりついた。


 僕の家では、夏の間は父の実家へ帰郷する事が毎年の恒例行事となっている。

 今年もその行事は例年通り行われたわけなのだけれど、さすがに高校生にもなって親といっしょに夏を過ごす必要もないという事で、僕は家に一人で残っている。

 そして、今日も、昨日も一昨日も、一人の夕飯は決まってこのファストフードの店に世話になっている。


「で、美咲の事だけど、まだ行方わからないの? 里奈の所にもそれ以降、連絡ない?」


 空席を挟んでひとつ先の席にいる、僕と同じ年くらいの女の子の声が聞こえて来た。女子高生特有のはじけた感じからはほど遠い、深刻そうな話し声。友達と電話をしているらしい。


 なんとなく気になった僕は、声の方向に視線を移した。そして、その少女の容姿に思わず息を飲んだ。

 白い半袖のブラウスにチェックのスカート、この近くにある女子校の制服を纏ったその少女は、少年のようなショートカットの髪に白い肌、大きな瞳と、活発なスポーツ少女といった感じの、かつて見た事も無いような美少女だった。


「そう、私の所にも例のメール以降、なんにも連絡がないの。美咲の親も心配してうちに電話をかけてきているし、もしかしたら大事になるかも。そういえば、綾乃の所にも連絡ないのかな? 綾乃から何か聞いていない?」


 心配そうな少女の声に、僕は本を閉じた。そして、外の景色を眺める振りをしながら、聞き耳をたてる。


「……そう。今から会えるかなぁ? 里奈から綾乃にも連絡をとってもらえる? 彼女も友達だしね。……うん。そう。美咲の交友関係って私たちだけで手に負える相手ばかりじゃないんだよね。確かに誰か男の人が一緒だと心強いんだけれど……」


 少女の、少年の様な髪型の下には、白くて、そして細く長い首すじが、すらりと伸びている……。

 僕はいつの間にか少女に視線を向けてしまっていた。

  少女は僕のまなざしに気づいたのか、透き通った大きな瞳をこちらに向けた。


 絡み合う二人の視線。

 僕は気まずく感じて、そっと目を逸らした。


「大丈夫。それはなんとかなると思う。これから綾乃の家の前で待ち合わせ、できるかな?」


 そう言った後、電話の相手に少女がうなずいた。話はまとまったのだろう。少女がうなずく度に蛍光灯の明かりを白く反射しながら、ショートカットの髪がサラサラとなびいた。


「……うん。じゃぁ、それで。後でね」


 少女は視線を伏せながら、電話を切った。それから遠くをみつめて、一瞬なにかを考える素振りをした。そして、その後いきなりこちらを向いた。


「で、あなた、全部、聞いていたのよね」


 少女の声が聞こえた。心臓がとまるかと思った。反応に困った僕は、素知らぬ振りをしながら飲みかけのコーヒーに口をつけた。


「あなたよ。コーヒーなんか飲んでないで。聞いていたんでしょ?」

「え? 僕?」


 僕は思った以上に近くから聞こえてきた声に驚いて、少女の方に顔を向けた。少女はいつのまにか僕の隣の席に移動していた。そして、吐息がかかるほど僕に顔を近づけて来た。


「こっちを見ていた事も、話を聞いていた事も気づいていたわよ」


 近すぎて表情が読み取れない。僕は反応に困った。


「いや、聞きたくて聞いていた訳じゃ……」

「別に話を聞かれていた事は気にしていないけれど、友達が行方不明になっていてね。話を聞いていたのなら、なんとなく分かるでしょ?」


 少女の細い指が、僕の腿に当たる。襟元から漂う、爽やかな石けんの香りが鼻孔をくすぐる。


「うん。なんとなくは……」

「行方不明になったのは、友達の美咲っていう娘なんだけれど、親が心配していてね。私たちで出来る限り探してみたいのよ。一緒に来てくれない?」


 首をちいさく横に傾げながら、僕の目の前で少女は囁く。

 涼しげな、けれどもどこか甘い響きの声。


「えーと。気持ちはよく分かるよ。でも夏休みによくあるプチ家出かなんかでしょ? でも、それなら警察に任せた方がいい気もするけど……」


 同年代の女子との会話に慣れていない僕は、早くなってゆく鼓動を悟られない様に、わざとそっけなく答える。


「家出か……かも知れないし、違うかもしれない。よく分からないのよ」


 少女は、少し困った様な顔しながら目を伏せた。


「そうなんだ……でも、さっき『交友関係が私たちだけじゃ手に負えない』とか言っていなかったっけ? それなら自分たちで探すのは危険じゃない? それに、何で関係のない僕……」


 僕が質問をしようと思ったその言葉が終わる前に彼女の言葉が続いた。


「聞いていたのなら話が早いから。それにあなたは悪い人には見えないし」


 見ただけで安全な男だって言われた。僕はなんだか小馬鹿にされたように思えた。


「例えそう見えたとしても、人の事を見かけだけで簡単に信じない方がいいと思うよ。人を外見だけででは判断するのは危険だからね。君にはどう見えたかはわからないけれど、僕だってどんな悪人だかわかったものじゃない」

「さっきからとぼけ方が間抜けだし、そんな所が悪い人には思えないって言ってるの。悪い人はもっと冷静で、慎重よ。外見だけで判断なんてしていないから。そんな事よりねぇ、女の子が一人だけで出歩くの物騒だと思わない? こんな夜に。友達の家までだけでいいから、いっしょに来てくれると嬉しいんだけど」


 僕の話を全く聞いていないうえに、かなり図星だ。

 僕は態度には表れない様に気をつけながら、心の中だけでこっそりとたじろいだ。けれどもこんな女に付き合っている暇などない。いや、暇なら結構あるんだけれど、面倒は嫌だ。

 どう断ろうかと考えている所に、少女の指が、また僕の膝に当たった。

 反射的に下を向くと、前屈みになった制服の白いブラウス越しに、控えめな、けれども柔らかそうな胸の膨らみが視界に入った。


 僕は慌てて視線をずらす。


「胸、見たでしょ?」


 少女が僕の目を覗き込む。


「見てないよ。それに、柔らかそうだなんて思ってもいない」

「本当にとぼけ方が間抜けね。まぁいいわ。一緒に来てくれないと、店員に『変態がいます』って言いに行くわよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 ……それは嫌だ。明日から夕飯をとる場所がなくなる。いや、それだけじゃないんだけど、とにかく変態呼ばわりは嫌だ。僕は少女の目を見つめながら小刻みに、そして何度も首を横に振った。


「そう。じゃぁ、来るのね。これから私の後について来てくれる?」


 僕を覗き込む彼女の目が、一瞬殺気を含んだ迫力に包まれた。『こいつ、本気だ』と思った。

 何をするか分からない人間を相手にして、無事にその場をやりすごす事ができる選択肢は他に思いつかなかった。

 ついて行こう。

 僕はあきらめて小さく何度もうなずいた。





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