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蛾の巣

 僕は目の前の、白い背中を必死に追いかけている。

 携帯を覗きながらふらふらと歩く女子高生風の女の子や、居酒屋をさがしているのであろう、ビルの横に貼り付けられた極彩色の看板を見上げながら歩くサラリーマンを避けながら、僕は街の明かりにすっかり元気になった里奈を追いかけている。


「翔太、こっちだ。ゆっくり歩いていると私に追いつけないぞ。私の事を見失ったら置いてゆくからな」


 里奈は振り返りざまにそう言うと、長い足を最大限に活用して颯爽と歩いてゆく。

 自分で望んで来ているわけではない僕は、別に置いて行かれても一向に構わない訳なのだが、むしろ、ははぐれた振りをして家に帰ってもいいくらいの状況であるのだが、そんな事はこの軽薄な美少女には理解できていない様だ。いいかげんにして欲しいと思った。さっきの、森林公園のあれは何だったのだろうか。


「里奈、僕を置いて行くならここまでだ。僕は帰るからな」

「翔太、後ろを見てみるんだ」


 路地の中央で、里奈は立ち止まると振り返りもせずに言った。


「ん?」


 僕は里奈に言われたとおりに後ろを振り返ると、どこかで見た事のあるような女の子が立っていた。


「翔太、返すわけにはいかないんだから。あなたは私たちの盾なのよ」


 私服でわかりにくかったが、胸の所で腕を組んだ、不機嫌な顔をした茜がそこにいた。


「あ、茜。どうしてここに?」

「ここが目的地だから」


 茜は目の前にあるビルの一階を指差す。


「でも、里奈さんはあんな所まで進んでるけれど」

「里奈と初めて会った時の会話、覚えてない?」

「えーと。ジロジロ見るな的な?」

「違う。その前」

「えーと?」

「痴漢をひとけの無い場所に誘導してて、道に迷ったって」

「あ、……そんな事も言ってましたね」

「そこまで思い出したのならわかるでしょ?」


 茜の表情はさらに不機嫌になる。


「えーと?」

「里奈はそういう子なのよ」

「そのとおり。私は方向音痴なのだ。茜、いてくれて助かったぞ」


 里奈はきびすを返し、当たり前のようにこちらに向かって走ってくる。


「って、道は確認してあるって言ってたのに、里奈さん」

「確認はしていたさ。けれども迷わず目的地につけるとはひとことも言っていないぞ。そんな自信なんて私にはないからな」

「そこまで自信満々に開き直るかよ! 普通!」


 里奈のおおざっぱな性格にあきれながらも、僕は茜が指差したビルの一階に目を向ける。『nest of moth』と書かれた地味な黒い看板の下に、大きな白い蛾をかたちどった彫刻の施された重そうな木製のドアがあった。


「ここなのか? 茜」


 カフェバーという言葉から、ガラス張りの、オープンな飲食店を想像していた僕は、その閉鎖されたような、いかにも入りにくそうな店構えに戸惑いながら茜に確認する。


「そう。ここ」


 頷きながら答える茜。


「調べた事があるんだけど、昔、ちょっと問題を起こして警察に摘発されたことがあるのよ、この店。問題っていうか、非合法……違法っていうか」

 

茜の言葉に里奈が割り込む。


「調べたのはかなり前、なのだけれどな。美咲が学校帰りに寄っていたのはこの店だろうという事は日記を見る前からなんとなくはわかっていたのだ。けれども美咲が入り浸っているのはこの店ではなく、似た様な名前の別の店だと思いたかったのだ。危険、というか、問題があるのは最初から分かっているし、ここまで来たくなかったというのが本当の所なのだけれどな」


 里奈は、白い、窓のない壁に取り付けられた、入る者を拒むかの様な分厚い木のドアをみつめる。

 ドア施された奇妙な蛾の彫刻がライトに照らされて浮かんでいるように見える。


「美咲がね、ここに立ってこの彫刻をじっと見つめているの、見た事があるのよ、塾の帰りに」


 僕は左肩の先にある、茜の小さな顔をみつめた。

 少し緊張したような表情を一瞬浮かべると、茜は沈黙のまま頷いた。




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