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里奈の記憶


「なぁ、道を知っているのはお前なのに、なんで僕が先を歩いているんだよ?」


 素朴な疑問を僕は里奈に投げかける。

 夜だというのに右手に広がる森林公園からはセミの声が途切れる事なく聞こえてくる。

 黒く、大きな木々が歩道を覆うように枝を伸ばしている。

 この鬱蒼とした公園の脇を通らないと綾乃さんの住むマンションから駅に行く事が出来ない。

 なので、僕たちは、この少し寂しい道を歩いている。かなり広めの歩道を、縦一列で。


「夜道は危ないからな。翔太は先を歩いて、私を守る盾になるのだ」


 背後から里奈の声が聞こえてくる。


「盾って、茜みたいな事を言っているんじゃねーよ」


 姿が見えなければ迂闊にもときめいてしまう事がない。正面を向いたままの僕は、強気に、はっきりと言える。


「それに、里奈って強いんじゃないの? たぶん真剣にやりあったら、僕じゃ勝てないきがするぞ。いつだったかの綾乃さんの家での蹴り……って言うか」

「そんな事はない。正面からやりあったら、男になんて勝てる訳がないだろう。不意をつけば別だけれどな」

「そうか、確かに綾乃さんの家での蹴りは不意だったな」

「逆に、不意をついて襲われたら、私なんて男に太刀打ちもできないぞ」

「そんなもんかな。意外だな。里奈でもそうなのか」

「そんなもんだ。それに、暗い所にはトラウマもあるしな。翔太もこの辺に住んでいるのなら知っているだろう? 六年前の、私たちが小学校五年生の頃の事件を」


「えーと?」


 小学校五年というと、ちょうど僕は茜との事で同級生からハブかれていた時期のことだ。僕にはそのころの、友達からの情報といったものが一切ない。


「わから……ない」

「そうか、翔太は男子だからな。それほど関係なかったって事か」


 僕には関係ない話だったのか。だから知らないと。けれども『事件』という言葉が気にかかる。


「それで、事件って?」

「いや、忘れているならそれでいい。っていうか、私は『それ』を思い出すのも嫌なのだ」

「えーと?」

「広い意味での『被害者』の一人でもあるわけだから」

「被害者って、里奈に何かあったの?」

「いや、何も無かった。と、いうか偶然にも未然に防がれたというか」

「え? それは……」

「それ以上は聞かないで欲しい。今はできれば思い出したくもないし、話したくもないのだ」

「ん……わかった。聞かないでおくよ」

「ありがとう、翔太。でも暗い夜道を歩いていると、私は『それ』をどうしても思い出してしまう。だから……」

「だから?」


「私から離れないで欲しい。翔太」


 着ているシャツの背中を、後ろから掴まれる感触があった。後ろにいるのは、掴んでいるのは里奈。

 姿なんて見えなくても、存在を感じるだけで充分に鼓動が早くなってゆく。僕は前言を撤回せざるを得なかった。

 こんなに広い歩道を縦一列になって歩くなんて、人に見られたらなんて思われるだろう? けれども、里奈を意識して、いや、それとは別に、か弱い少女を守らなくてはならないという使命感からか、僕には、僕の背中を掴む指を振りほどく事はできなかった。


 そうして、僕は、里奈を背後に感じながら、そのまま歩き続けた。

 森林公園の、遥か奥まで続く深い暗がりが終わり、繁華街の喧噪が間近に聞こえてくる所まで。



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