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雨と茜と古い記憶3

 机に移動した僕は、卒業アルバムの最後の方にある名簿を一組から順番に確認してゆく。

 一組に『茜』という名前の女子はいない。次は二組、三組……全てのクラスの女子の名前を確認しても、当時の小学六年生に『茜』という名前の髪の長い女子はいなかった。

 

 呆然として僕は、窓の外に目を向ける。小降りにはなったものの、まだ雨は降り続いている。

 少なくとも卒業時には茜は同じ学校にはいない。それでは、『茜』はいったい誰なんだ? クラスメイトではなかったのか?

 それなら、なぜ僕の小学生の頃のクラスを言い当てたのか?

 僕は、さらに深くなった疑問を胸に、リビングに戻る事にした。着替え終わってリビングへと戻った茜に僕の疑問を問いただすために。


 ドアが音もなく開く。制服に着替えた茜がリビングに入ってくる。

「制服、まだ完全に乾いていなかったから、乾かすのにドライヤーを借りたから」

「わかった」

 僕は茜から目を反らしたままぶっきらぼうに答える。

「なによ、愛想がない返事ね。こっちくらい見たらどうなのよ」

「こう?」

 茜に冷ややかな目を向ける。

「なによ、そんな目で睨まなくてもいいじゃない」

「おまえ、誰なんだよ?」

「誰って、私は茜だけど」

「なんで小学生の頃の僕のクラスを知っていたんだ?」

「なんでって……いきなりなによ?」

 いきなり……確かにいきなりかもしれないと、僕も熱くなった頭でそう思った。茜がバスルームに入るまでは、僕は確かに茜に対して丁寧に接していたはずだ。一応は説明をしなくてはいけないだろう。


「クラスを知っていたという事は、同じ小学校を卒業したんだと思って、さっき卒業アルバムを確認したけれど、お前の名前はなかったんだ。一体、お前はなんで僕の事を知っているんだよ」

「私が知っているのは五年生の時のクラスだけ」

「だから、なんで五年の時のクラスを知っているか聞いているんだ」

「私もいたから。途中まで」

「途中まで? なんでだよ?」

「父の仕事の都合で転校したのよ」


 僕は小学生の頃、友達を作る事なんて容易い事だと思っていた。ただ、名前を覚えて、話しかけて、一緒に過ごせばいいのだと。常にそうしていれば自然に友達は増え、人が集まってくる……と僕は思っていた。

 小学五年生の五月、クラス替えからまだ一ヶ月しか経過していないこの時期に、僕はクラスの全員の名前を覚え、ほぼ全員と打ち解けていた。ただ一人、僕の隣の席に偶然一緒に座る事になった、女の子を除いては。


 長い髪の、白いワンピースがよく似合う物静かなその少女には、そんな僕の常識が一切通用しなかった。


 僕が話しかけても気のない返事が帰ってくるだけで、ほとんど反応がないのだ。

いや、それだけではなく、休み時間も、給食の時間も、いや、学校への行き帰りさえも、彼女はたった一人で過ごしていた。

 一人が好きなのか、それとも、なにか考えがあって一人で過ごしているのか……。


僕は彼女の行動に興味を持ってしまった。


 隣の席のその少女に、僕は休み時間の度に授業の事や家での出来事をおもしろおかしく話しかけることにした。そして、そのうちに徐々に打ち解けてくれた彼女と給食を一緒に食べる様になり、帰りも誘いあう仲にまでなることができた。


 ちょうどその頃から、クラスメイトが僕を見る目が少しづつ変わってゆくのを肌で感じていた。

『翔太って最近、隣の子としか話してないね』

『あいつ、隣のあのネクラな女の子の事が好きなんじゃないか?』

 周りの友人が、少しずつ僕から引いてゆくのを感じはじめた。いや、『僕たちから』というのが正しい表現かもしれない。

 僕はその彼女とともに、打ち解けていたと思っていたクラスメイトから徐々に孤立していった。


 それからしばらくして、隣の席の女の子は『父の仕事の都合』との理由で転校してしまい、僕はその後も引き続きクラスの仲間から孤立したまま一年間を過ごす事になってしまった。


 僕はそれ以来、積極的に友人を作るのをやめてしまった。友人というものを信用する事ができなくなってしまったのだ。


転校して行った、その女の子の名前は、名前は……。


「茜……」

「なによ?」

「やっと思い出した。茜の事」

「なによ、今頃」

「確か小学生の頃は髪、長くなかったっけ?」

「さっきから、そう言ってるじゃない」

「やっぱり茜か。けれど、あんなに大人しかったのに、よく喋る様になったね」

「うるさいわね、余計なお世話よ」

「久しぶり!」

「その言葉を一番最初に欲しかったわね」

 茜は、目を伏せながら、吐く様に言った。

「で、いつから僕だって分かってた?」

「最初からよ。決まってるでしょ?」

「最初って、ファストフードの店から?」

「翔太、夕飯時にあそこばかり、もう何日も通っていたでしょ?」

「そう……、だけど」

「父の転勤で、四月にこの街に戻ってきたのよ」

「で?」


 茜はさらにうつむく。

「で? って……いいでしょ? 今のは忘れて」


「忘れてって……」

 茜の顔が、ほんのりと赤く染まっているのに気づく。


「明日、またメールするから。来てね」

「う……ん。やっぱり、もう帰るの? もう少し話をしたい気もするんだけど」

「うん、今日はもう帰る。また明日ね。今日はこのままで、送ってくれなくてもいいから」

「もう少しだけ。小学生の頃の話だけでも」

「今日は、もうダメ。帰るから」

 茜は帰ると言って聞かない。本当に帰りたいのだろうか?

 けれども、どちらにしろこれ以上引き止めても無駄だと僕は悟った。


 僕は天気が気になって、窓の外に目を向けた。まだ雨が残っていたら、傘くらいは貸してやらないといけないだろう。

 窓から見える街並は、雲の割れ目から、まるでカーテンの様に注がれた陽光に照らされて、黄金色に輝いていた。

 つい今しがたまで激しい雨を降らせていた真っ黒な雨雲は、すっかりどこかに行ってしまった様だ。

 街の遥か向こう側には、うっすらと虹が掛かっていた。


「明日は、美咲の日記から何か進展があると思うの。だから、絶対に来てね。翔太」

 茜はリビングのドアの前で、振り返り様に小さな声でそう言った。




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