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雨と茜と古い記憶2

「ふふーん。短髪だと髪が乾くのが早いわ。私、小学校までは親の趣味で超ロングだったんだけど、やっぱりこの髪にして正解ね。手入れが簡単だわ」


 茜がタオルで髪を押さえながらリビングに入ってくる。

 僕はそんな茜に、見るともなく目を向けた。

 ダブダブのTシャツは肩の位置がずりさがり、裾は腿の位置まで垂れ下がっている。


「やっぱり僕の洋服じゃ少しおおきかったかな、着心地悪いでしょ? それと、濡れた制服は浴室のハンガーにかけて、浴室乾燥させればすぐに乾くから」

「悪いけど、制服はそうさせてもらった。乾かないと帰れないからね。それと、着心地はそんなに悪くはないけれど」

「そう、それならしばらく辛抱してもらおうか。制服が乾くまでだけどね」

「そうさせてもらうわ。まぁ、短パンはウエストがゆるゆるだし、Tシャツは胸の所がきつきつだけどね」

 Tシャツの裾に隠れて短パンが見えない。裾から直接脚が生えている様にも見えるので、Tシャツの下には何も履いていない様にも見えてしまう。僕はあわてて目を反らした。

「Tシャツ、ぶかぶかに見えるけど?」

「ぶかぶかって……胸の事? なによ、少しくらい見栄を張ったっていいじゃない」

「いや、胸の事じゃなくって、全体的に。それに、そんな見え透いた見栄を張っても仕方ないでしょ? 僕は目の前で見ているのに」

「あーあ。この人には、少しは目の前の女の子を喜ばせようって親切心はないのかしら? 嘘でも相づちをうつとか」

「嘘とかで褒めても意味ないし」

「意味はあるわよ。おおありよ。私が嬉しい気持ちになるでしょ? あー、イライラするから、あなたの家族が帰ってきたら『襲われました』とか嘘ついてやろうかしら。こんな格好だし」

「そんな嘘こそ意味ないし。それに家族は帰って来ないよ」

「え……ごめんなさい」

 茜はなぜか、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「家族、みんな死んじゃったとか……?」

「なんでそうなる? 親の実家に帰郷中だよ。夏休みだし」

「言ってみただけよ。分かってるわよ、この時期だしね。でも、誰もいない家に私みたいなかわいい女の子を連れ込んで、あなた何か企んでいるんじゃないでしょうね?」

いや。普通、自分で『かわいい』って言うか……?

「で、僕がなにを企んでいるっていうんだよ?」

「そう言えば、この服だぶだぶで脱がせやすい……」

「脱がせる為にその服を選んだと? さっき妹の服を持ってくるって言ったのを断ったくせに」

「いや。あ、あなた、私に妹の服を着せて……って事? なんかずいぶんコアな趣味だけど」

「なに言ってるんだよ。違うって!」

「なにが違うのかしら?」

「なにがって……」

「ふん。もしそうなったら、どんな責任をとってもらおうかしら?」

 茜は数える様に指を折る。

「責任の取り方って、ひとつじゃないの? 指折り数えるとか、何通りあるんだよ?」

「いくつだって思いつくわよ。奴隷になってもらうとか、お金で解決するとか、痛い系だと二度とそんな事ができないようにハサミとかで『プチン』としてもらうとか、あと……えーと、結婚してもらうとか」

「普通は結婚が一番最初に来るでしょう! っていうか、責任っていったらそれひとつでしょ!」

「まだ高校生だしね、この先あなたがどうなるか分からないから、それが責任をとったことになるかどうか」

「将来性まで否定しないでください!」

「責任をとってもらったつもりが、一生重荷になるとか」

「僕の将来、どんななんだよ?」


 茜は僕の正面に移動した。ボーイッシュな髪に白いTシャツがよく似合っている。黒目がちな澄んだ瞳が、僕の事をじっとみつめている。

「じゃぁ、あなたのこと、信用していいの?」

「信用するもなにも、別に変な事を考えて家に連れてきた訳じゃないから」

「そうじゃなくって、信用していいのか確認しているのは、あなたの将来性。本当に信用して良いっていうのなら……」

茜は僕に向かってにじり寄ってくる。

「ん……えーと、ま、まだ高校生だしね。この先の事はどうなるか分からないから……」

 その場の雰囲気から、僕は高校生が立ち入ってはならない領域に立ち入りってしまいそうな危険を察知した。僕は慌てて茜から目を反らして、自分の将来性を否定した。まぁ、そうじゃなくても高校生のうちから自分の将来に確信を持てる人間もいないだろうけれど。

「よかった、私の思った通りの答えで。『将来性なら間違いない』とか言いながら抱きつかれたらどうしようって思ってた」

「おまえは、どっちなんだよ!」

「どっちって、からかっているだけよ」

 嬉々とした顔が憎たらしい。


「わかった。まだ雨は降っているけど出て行ってもらおうか?」

「なによ、冷たいわね。翔太らしくも無い」

「さっきから、僕らしいとか、僕らしくないとか、お前は僕の何を知っているんだよ?」

「小学五年の時は、一組だった」

 茜は、僕の目をまっすぐに見ながらそう言った。

「当たってるよ。確かに小学五年の時は一組だった」

 僕は茜の顔を見つめ返した。なんでこいつはそんな事を知っているのだろう。

「なんで分かるのかしら、って顔してるわね」

「普通、そんなの当てられたら気持ち悪いだろ? っていうか、人の顔色を読むなよ」

「分かりやすい男」

「例え僕が分かりやすい男だったとしても、小学生の時のクラスなんて、どうやって分かるっていうんだよ」

「それはともかくとして、ドライヤーで半分乾かしたせいか、もう髪が乾いたみたい。私ね、小学生の頃は親の趣味でウエストくらいまでの長さのロングだったのね」

「今からは想像できないな。今は、サラサラのショートヘアーだし」

「うん。あのころはお風呂に入った後、髪がなかなか乾かなくって、大変だった」

「けれど、話を蒸し返す様だけれど、それと僕の昔のクラスとどういう関係が……」


 そこまで言いかけて、僕は小学五年生のころの同級生の顔をひとりづつ思い浮かべた。そこまで言い当てるということは、茜と僕は同級生だった可能性もありえるわけだ。けれども、小学校の卒業写真を思い出しても、茜の顔はどのクラスの女子とも一致する気がしない。


「同級生……だった?」

「語尾が上がっているわね。疑問型ね」

「いや、女子って小学生と高校生では全然雰囲気が変わっちゃうから……っていうか」

「そう。私、そろそろ帰ろうかな? 翔太に帰れって言われたし」

 茜は徐に立ち上がる。


「いや、待って。機嫌悪くした?」

 僕の慌てた様子をに茜は口元を緩める。

「そうじゃないけれど、昨日は綾乃の家に泊まっちゃったから、今日はあんまり遅くなれないし」

「じゃ、帰る前に教えてくれ。どうしても気になるから。小学校五年のとき、茜と僕は同級生だったの?」

 僕が問いかけると、振り返りながら茜は僕を見下ろしながら、また微笑んだ。


「着替えるから。バスルーム、また借りるわね」

 僕は、茜の表情だけでは、その心まで読む事ができなかった。


 本棚から、小学生の時の卒業アルバムを取り出す。

 茜の意味深な言動が、僕にはどうしても気になってしまっている。

 そこで僕は、卒業アルバムで茜が同じ小学校に通っていたのかを確認するために、茜がバスルームで着替えている間に二階の自分の部屋に戻っている。


 階下からはドライヤーの音が響いている。




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