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黒い世界を探索していけば、すぐに敵を見つけることができた。綾の姿も。
俺たちに近いヒト型の妖魔もいるけれど、今回の敵は違う。異形の植物、といった風体で、頭部は深紅の花。蔦や茎が絡み合い胴体とか四肢が出来ていて、かろうじて両腕、両足の形みてぇに認識できる。
これは、やべえ。
綾は蔦に埋もれながら、苦しげな表情だ。それもそのはず、緑の魔人に抱きしめられているのだから。何とか身をよじろうとしているが巻き付く蔦に阻まれて出来ず、唇も覆われて言葉を封じられている。綾の自由は完全に奪われていた。
異形の妖魔は、身体の一部を尻尾のように伸ばし、鋭利に尖らせつつある。対峙している俺の目の前で今、根の先が針のように細く変化していく——きっとそれを、綾に突き刺すつもりだろう。
綾の血肉は妖しの力を秘めている。喰らえば、強大な魔力が得られるという。そのために妖魔たちはわざわざ異界からやってきて、綾を狙っているのだ。綾を生贄にすればケタ外れに自らを高める事が出来、ひょっとすれば人間界も魔界もすべて含め、この世界を征服できるほどの強大さを手に入れられるかもしれない、と。
だから、何としてでも綾を守らなければならない。綾が喰われたらゲーム・オーバー。最強になった怪物の力で、全てがこの空間みたいに、漆黒に染められるかも知れねえ。
「させねーぞ、俺が!」
俺はカバンから出し、既に握りしめていた、刀の柄を振り上げる。
普段は刃の部分がない、鍔から下の部分しかない、持ち手だけしかない玩具のようなモノ。このままじゃ、剣とは呼べない。
剣にするためには、力を込めればいい。持ち主が霊力を備えていれば、反応して光の剣が生えて伸びる。俺はもちろん霊感が強ぇえから、柄から長刀を生み出すことができる。
ちなみにこの柄をくれたのも校長だ。君なら綾を守り抜けるかもしれない。スカウトしてきたときの一言目の台詞がそれ。そんでこの柄だけの刀を渡してきて、俺を今まで知らなかった世界に引きずり込んだ。
——俺は助走をつけ、鋭利になりつつある根茎に振り下ろす。光の刃は見事に一刀両断し、魔物は「ギィイイイ!」と醜い悲鳴を響かせた。
「先輩、大丈夫スか」
敵が悶えてる間に、綾に絡んだ蔦やら茎やらをほどく。ブチブチとちぎれるが、引っ張るだけでは綾を解放できない。刀でなぞり、刃も使って呪縛を剥がしていく。
「シノ!」
植物の感触だとかがスゲー気持ち悪かったけど、何とか綾を開放できた。綾は俺の身体に身を寄せる。
「無事で良かったっすよ。先輩が魔物に食われたら、たまんねーじゃん」
「すまん、俺……」
しゅんとした風に、うつむく綾。逃げ回る中で傷ついたのだろう、腿には酷く擦りむいたあとがある。俺は迷わず、二階堂さんから渡された水晶玉を綾に渡した。
「それあげます。俺がヤロウ潰してる間に、傷治しといて下さい」
そうして、俺は改めて柄を握る。今度は両手で。怪物はちぎられた茎をうねらせ、明らかに怒りを滲み出していた。花ビラは心なしか赤さを増して、血のように色づいていた。
「イライラしてんのかよ、植物!」
ギィイーって唸って、敵は蔦を鞭のように使う。多分、これに臣はやられたんだろう。だけど俺には通用しねえよ。振り下ろされるそれらも刃で斬る! ゲーセンの3Dゲームで鍛えた俺には子供だましだ。
次から次へと伸びて向かってくる蔦を切り落とす——敵もなかなかしつこいもんだ、そんなに身体の一部を切り刻まれたいのか?
その中で俺はケータイを取り出し、魔物の姿を写メで捕らえた。これも秀才副会長の発明。怪物の心臓ってどこにあるか分かんねえことが多いから、それを浮き彫りにするカメラ機能だ。
(正直、闘いの最中に写メ取る余裕なんて無いから、もう少し改良してほしく思ってる。他の方法開発しろよな?)
撮った画像を見れば、心臓はふたつ。胴体の真ん中と、咲いてる花の中心。其処を突いたらコイツは崩れる。
弱点さえ分かれば、あとは集中的に狙うだけ!
「お前なんかに、先輩殺らせねーよ!」
鞭攻撃の合間に、俺は地面を蹴った。長期戦っつーのは好きじゃない。一気にカタを付けたい。
「ググゥゥゥゥ!」
まずは胴にある心臓。刀を突き立てれば、黒色の体液(樹液?)みたいなのが多量に溢れた。はっきり言ってエグい。苦痛なのだろう、一層激しくうねうねと肢体を揺れ動かす。
あとは頭部だけ……ってその瞬間。
心臓一個潰して、俺は気がゆるんだのかもしれねえ。思い切りやられた、鋭利な茎の束が俺の胸元を直撃しやがった。
「シ、シノ!」
綾は絶叫してた。……あーあ、こんなところで死ぬなんて。鮮烈な激痛の中、俺を貫いていく緑の束を眺めてる。なんだかスローモーションに見えんだけど。俺はそのまま足を滑らせ、崩れ落ちた。
駆け寄ってくる綾。だめだ、来るなよ。臣たちの所に行ってくれ。
「二階堂の水晶だ。これで何とか」
「あ、あんた、使ってなかったの、かよ」
情けないことに、言葉を発すれば唇から血が垂れる。
「喋るな。ほら、すぐに治癒される」
そばにしゃがんだ綾に押し付けられる、水晶の温もり。優しげなあたたかさで、俺の傷に滲んでいく。心地良い……だけど。
こんなこと、敵サンの至近距離でやってる場合じゃねえ!
「に、逃げろ、あ、や」
苦痛の中で俺は喋る。植物の魔物は、俺たちににじりよって蔦をうねらせてる。や、やべえまた緑の鞭が来るだろ、これ——