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ゼエ、ゼエ、ゼエ……
バスを待ってる時間なんてなくて、目的地まで疾走した。学校以外引きこもり生活の俺にはだいぶキツい。アプリが指してる場所はこの当たりのはずで、駅までカフェやらブティックやらが連なるお洒落な商店街(つまり、俺にはあんまり縁がない界隈だな)石畳に舗装された並木で辺りを見回す——不穏な空気がビンビンきてる、感じる。それを頼りに接近していくと、黒色の炎が燃え上がる一角があった。
アレだ。
街を行き交う人々は、炎にも、異質な空気感にも気づくことはない。平時ふだん通り談笑して、あそこのランチおいしいよねーとか、芸能人のだれとだれが付き合っててショックーだとか、●●の新曲いいよねCD買ったしー、みたいな。のんきな会話して、ビルとビルの間に発生してる暗黒の渦に気づかない。幸せなだなぁお前ら。
どうして俺に見えるかっていうと、生まれつきに霊感が強いから。それを入学式で校長(綾と臣の叔父)に見いだされ、生徒会に欲しい人材だってスカウトされたっつー事だ。
「来ましたね、篠川君」
「お、副会長じゃん」
炎の闇に近づいていけば、長身の眼鏡男の姿がある。
「先ほど、弟君と二階堂さんが入っていきました。君が一番最後ですね」
「みんな早えーすね。じゃ、俺も」
俺は軽く右手を挙げて副会長に会釈し、炎の中に飛び込んだ。
——そっから先は異世界。降臨した妖魔サンが創り出した魔の空間。妖魔は俺たちの生きる人間界では思うように動けず、100%の力を発揮するためには魔界に似た空間を自分で創り出さないといけないらしい、こうやって。
ちなみに、ひょろ眼鏡はこん中に入る能力を持たない。ただ、対魔物の装置を造ったりなんか(妖力察知のケータイアプリとかな)優れているので、生徒会に所属してる。
「うおっ。大丈夫かよ」
俺の入り込んだ世界は、今の今まで歩いてきた商店街の風景がそのまますべて黒に染められた空間。壁の色も地面の色も、空の色もすべてが漆黒だ。此処に長くいたらきっと気が狂うだろう。
「し、篠川……」
片隅で、臣が倒れていた。制服は所々破れ、怪我をしている。無理して突っ込むなって言っただろーが。そばには二階堂さんの姿もある。臣に両手をかざしていて、放っているのは碧い波動。二階堂さんは傷を癒す能力を持ち、俺たちの闘いには無くてはならない存在だ。
「強かったんだな、敵は」
近づいて俺は訪ねた。臣はこくりと頷く。
「あ、ああ。かなり……僕じゃ、無理だった……悔しいよ、お前じゃないと姉さんを守れないなんて」
臣は両手で顔を覆った。その手の甲にも、傷は滲んでいる。
「その、綾先輩はどこだ」
「逃げ回ってる。此処はかなり広いんだ」
造り出せる空間の広さは、そのまま、妖魔の持つ力の強さに直結する。俺はため息を零し、敵サンの元に向かおうとした。すると。
「シノ君、これ」
二階堂さんに声を掛けられる。そのか細い声、ずいぶん久しぶりに聞いた。
「治癒の力を込めた水晶玉なの。怪我をしたら傷に翳して。多少なら治せるわ、一度きりだけど」
臣への治療を一瞬やめると、小さな手で俺に球を手渡してくれる。なんというレア・アイテム。ボス戦の前に賢者から秘宝を貰ったような気分(何でもゲーム世界に置き換えてしまうのが、俺のクセだな)
「ありがとう。臣をよろしくな、二階堂さん」
俺の言葉に、二階堂さんは頷く。
よしっ、行くか。カバンをその場に放り投げると、俺は水晶をポケットに入れ、黒い地面を踏み出した。