3
スマートフォンが震えたのは、地元の街並みを歩いているときだった。暮れなずむ路地で俺はポケットから取り出し、表示されている名前を見て眉間にシワが寄った。陵臣。
さしずめ。勝手に生徒会室を出ていったことに関しての文句だろう。そう思って出てやると、予想に反し、取り乱した様子の声が俺の鼓膜に響く。
「篠川。どうしよう、姉さんが!」
「何だ、『敵』か?」
臣の取り乱しぶりに俺がまず連想したのは、それだ。
敵。
綾の特異体質が招き寄せる妖魔たち。俺たちの暮らす世界とは別次元に、魔界と呼んでさしつかえない、禍々しい異世界が存在する。其処に棲むのは、人ではない姿と強大な能力を持ったヤツら。
そんな『魔物』たちにとって、綾の血肉はひどく魅力的に映るらしい。綾は魔物を呼び寄せてしまうのだ。
異界から来るそいつらに襲われるというのが、綾にとっては幼少からの日常。
陵高生徒会の真の意味と正体は、綾が魔物に喰われることを防ぐために結成された護衛集団。
「ちがう。姉さんを見失ってしまったんだあぁッ、僕のせいだ! こんなことなら、おまえと仲良くするんだった」
「よく探せよ、学校の中にいるんだろ?」
「探してるさ。それなのにちっとも見つからない……篠川も手伝ってくれ、頼む!」
ハァ、なんで俺が。もう家の近所に戻ってきちまってるんだけど。今からまた学校戻れってのか?
——その時。突如として、ケータイが非常音を上げる。俺は驚いて耳元から離し、画面を見た。
(おいおいおいおいぃ! キてんじゃねーかこれ)
俺たち生徒会メンバーのスマホには、市内に妖魔が出現すると作動する、特殊なアプリがインストールされている。秀才・ひょろめがね……いや、副会長様の開発したアプリケーション(システムの仕組みは、もちろん俺なんぞに分かるはずもない)このタイミングで出現するということは——ひょっとしたら、綾は結界のない校外に出ちまってて、それを狙って……っつーことかもな?
「篠川ぁッ、妖魔反応だなんて!」
もう一度ケータイを耳に当てると、臣は泣きそうな声だ。
「ど、ど、どうしよう僕、僕!」
「ばっかやろう。ぐずぐずしてる場合か、普段あんなに気ぃ強いくせに、こういうときになるとあんたは」
「だって、だってさ!」
ちぃっ。俺は来た道を戻り、疾走しはじめた。コンバースでアスファルトを蹴る。
「今学校戻る。敵のヤロウ強そうだから、無理に突っ込んでくなよ!」
臣との通話を切り、俺は走りながらもケータイ画面を見た。妖力の反応は陵高近く。微妙に校舎を離れてるところが、綾を襲ってそうで怖い。うーん、イヤな予感しかしねぇな。