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放課後は必ず、生徒会室に顔を出さねばならない。あほらしい。堅物の副会長やら、熱血ヤロウの渉外やら、俺と気が合うような人間は誰もいない、非常に退屈な空間だからな。
「おい篠川、今日も綾さんとこ行くのかよ〜!」
教室を出るとき、クラスメイトに声を掛けられた。うざい。好きで行く訳じゃない、行かないと怒られるから行くだけ。
「うらやましい。なんで、よりによってネクラのお前がスカウトされたんだよ」
「おれ達の綾さん独り占めしやがって……」
「キモいんだよ、お前ら」
つい、舌打ちを零してしまいながら、俺は廊下をすたすたと行く。後ろからはチクショー!とヤツらの声が響いてくる。畜生って言いたいのはこっちだ、早く家に帰りてーよ。
「会長からお話、聞かせていただきましたよ……」
生徒会室のある第二校舎への道程の途中、『堅物の副会長』と一緒になった。
ノンフレームの厚眼鏡を掛けた、陵高入学時から学年1位をキープしている秀才。聞いた話だと、2歳の頃から読み書きと小学生レベルの計算が出来、神童と呼ばれていたとか。
「篠川君があまりにも陰惨たる性癖をお持ちのようですので、光合成によって性根が多少プラス方向へと転じるようにとの期待を込めての校外行動、という件を」
「あぁ、俺がネクラだから遠足するって話ですね。お断りしますよ」
「断る? きみ、会長の御厚意を?」
「俺にとっては迷惑な話だ、学校来んのも憂鬱なのに、これ以上どこに行こうってんだ!」
「語調を荒げないで頂きたい。がなり声は鼓膜に優しくないですから」
「うるせえな、ひょろメガネ。大体陰惨たる性癖って、俺は至ってノーマルだぞ」
「篠川君。聞き捨てならない台詞だ、その何たら眼鏡という単語は僕を形容するにふさわしくない」
ひょろめが……もとい、副会長と喋っている間に、生徒会室と札の下げられた一室に着く。扉を開ければいつもの面々が揃っていた。綾の姿もある。
「遅いぞ! 姉さんを待たせるなんて、失礼な連中だッ」
俺たちが入室した途端、ばんっ、と机を叩いて起立する俺の同級生。これが『熱血ヤロウの渉外』おまけに綾の弟というステータスを持つ。
「臣、そう怒るなよ」
ニンテンドーDSで遊んでいる綾は顔を上げて、弟をいさめた。けれども十五分前行動が当たり前だというポリシーを持つ臣クンは俺らを許せないらしく、やたらとつっかかってくる。
「生徒会の一員としての気概が足りない! 特に篠川、書記になって三ヶ月も経つというのに、全く自覚が芽生えないなぁッ!」
「好きでなったんじゃねえんだよ。芽生えるわけねえだろバカが」
「何ぃ!」
「ちょっと、喧嘩はやめないか」
綾はDSを閉じた。ため息を吐いて、俺達の顔を見渡す。
「俺が遠足に行こうって言ったのは、シノのことだけが理由じゃない。生徒会メンバーの親睦を深めようと思ってだな」
「姉さん。俺はその『遠足』ってものに反対だ」
言い返す臣。おっ、初めて俺と意見が合ったな……
「どうして」
「危険だよ、姉さんはふつうの身体じゃないんだ。この陵高は叔父様が経営してるから、校内全体を結界が包んでる。送り迎えの車にも、俺たちの暮らす家にも結界は張ってあるから安心だ。だけどその一歩外に出たら危ない。僕はなるべく、姉さんに外に出て欲しくないよ」
「みんなが護ってくれるから、俺は安心だぞ?」
「姉さん。でも、万一ってことがある。俺は姉さんのためを思って」
臣は立ったまま視線を机に落とし、やがてうつむいてしまった。俺はその様子を眺めつつも、一番端の席に座る。
そう——陵綾は特異体質。それも、かなりやっかいな、世界の命運を握るような体質。
正直、ここらへんの事情にはゲーム好きの血が騒ぐ俺がいる。あまりにも現実離れしていて、今まで生きてきた日常とは全く違う異次元の話みたいだから。生徒会に入れられて、詳細を色々と知ったり目の当たりにした今でも、ありえねぇーとか、信じらんねえとか思ったりもする。
「そうだそうだ、俺も反対、綾先輩。遠足なんて誰のためにもならないんじゃないすか」
俺は臣に同調した。俺の目線の先では会計の二階堂さんも頷いている。二階堂さんは三つ編みのお下げを足らしてスカートも膝下まである古風な娘で、言葉を発することは滅多にない(正直、俺よりも二階堂さんのほうがネクラなんじゃないのか?)
すると。綾は眉目を歪めた。表情には、悲しげな色を滲んでいる。
「なんだ! 俺は、みんなの為を思って言ったんだ、おまえたちがいつも喧嘩ばかりしてるから。それなのに、そう拒まなくても、いいじゃないか!」
「ね、姉さんっ!」
椅子から立ち上がり、綾は足早に部屋を出ていってしまう。すぐに追いかけていく臣。廊下に響く、二人分の駆け足の音。
開け放たれたままの扉と、置かれたままの綾のカバンやDS。さすがの俺も、あっこれちょいやばい雰囲気か? なんて思った。残された面子——副会長は「僕は反対してないんですがねぇ」と呟いてから取り出した文庫本を読みはじめ、二階堂さんはというと、これ以上此処にいてもどうにもならないと判断したのか。とっとと部屋を出ていってしまう。
……俺も眼鏡と此処にいてもしょうがないし。帰るか。