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When it rains, it pours.(3)

「コタロウ!」

 ジーンが悲鳴のような声で叫ぶ。

 至近距離を通り抜けた銃弾に、小太郎の頬は火傷のような赤い筋が浮いた。硝煙の匂いに小太郎は鼻を歪めヒュウと息を吐きながら、頬にできた傷に指先で触れる。

「アッツゥ……」

「動くんじゃねぇ!!」

 怒鳴り声がするほうに、周囲の視線が向かい、どよめく。露店の店主の喉もとを片手で絞め上げ、こめかみに銃口をあてた男が、怒りで血走った目で、小太郎を激しく睨み付けていた。

「……た、助けてくれぇ」

 露店の店主が震える声で訴える。さっき小太郎と一緒に掛け合いをしていた内の1人だ。

「動くんじゃねぇぞ、モンキー。少しでも動けば……、わかってるだろうな?」

「……」

 小太郎は不思議そうな顔をして、自分に激しい憎悪を向ける男の顔を眺めた。男の額には乾いた血がはりついていた。先刻、銃を持っていることで圧倒的優位に酔いながら、小太郎を嘲笑い脅しつけ、あげくカカト落としをくらった男である。執念深く追ってきたのだ。

 しかも、ただ追ってきただけではない。新たな男たちを従えている。男たちは全員ライフルを手にし、銃口をすべて小太郎に集中させていた。

 ジーンは緊迫した状況に身体が震えてしまうのを堪え、術を使うタイミングを伺う。いくらなんでも、この状況で小太郎に分があるとは思えなかった。なによりも、人質となった店主が心配でならない。無関係な人間が巻き込まれててしまうのは嫌だ。放っておくわけにはいかない。

 術を使おうと胸元の水晶に手を伸ばした瞬間、

「誰?」

 心の底から不思議そうに聞く小太郎の声に、ジーンは思わず膝がカクリとなった。緊迫状況に緊張が極まっていたぶん苛立ちで頭に血が昇り、すかさずツッコミを入れる。

「アンタがさっきカカト落としした男だっつの!」

「あ~あ、さっきの」

 小太郎の顔に理解の色が広がった。うんうんと大げさに頷きながら、男に向けてパンパンパンと大げさな拍手を贈る。

「リッパ、リッパ。その執念深さは蛇にも匹敵。オレのカカト落としくらって、短時間で起きあがったヤツは、そうはいねぇよ? 蛇男へびおちゃん、リッパリッパ。褒めてあげちゃう」

「クソが! クソモンキーがっ!! てめぇは楽には死なせねぇ。血の入った肉袋になるまで殴りあげて、身体をバラバラに引き裂いて、ミキサーにかけてやる!! ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺す!」

 怒りに狂いながら、男――小太郎命名・蛇男は人質の喉を絞めあげる。人質が濁った声をあげて、苦しみ悶えた。

 当然、助けてくれる――そう期待した周囲の視線が小太郎に降りそそぐ。小太郎にライフルの照準を合わされていることがわかっていても、なにかしでかしてくれるような期待をしてしまう。

「殺す? オレを? だったら威嚇なんかせんと、いまの一発で仕留めとくべきだったんじゃね? 油断してたから、アンタの思い通りになるチャンスだったのに。でも、もう無理だから。残念無念ごくろうさん、まった来ってね~」

 コインの詰まった帽子をブンブン振り回しながら、明るく言い放つ。

「クソモンキーめ、思いあがりやがって、バカにしやがって。人質が見えないってのか、ボンクラめ、動くんじゃねぇっ」

「オレ、視力はいいのよん? これは親切心で言っとくんだけどさ、それ以上、首をしめたら人質死んじゃうぜ。蛇男ちゃんのオツムの程度が心配になってきちゃったんだけど、オレ。人質ってのは生きててこそ価値がある。わかる?」

「バカ!」

 ジーンが小太郎の革ジャンパーの裾をひっぱた。

「人質がいるんだから、アイツをからかうのはやめろよっ。ボクは、ボクのせいで誰かが死ぬなんて嫌なんだからね!」

「子猫ちゃんのせいってこたぁないと思うけど?」

「アイツの目的、ボクじゃんか!」

「すでにオレを殺すことが、蛇男ちゃんの人生の最大目標になってるんじゃないかなー。目標達成はできないだろけどねー」

 そう言って小太郎は無責任にヘラヘラと笑う。

「あ、あああああ、アンタだってっ!!」

 ジーンは掴んでいた裾を思い切りグイと引っ張る。思わぬ力強さによろめいて、ちょっと驚いた顔をする小太郎に、大きなアレキサンドライトの瞳が潤まないように必死に堪えながら訴えた。

「あ、ああああ、アンタだって、しししししし死んだら、ど、どーすんだよ。ぼ、ボクのせせせいだって思うのヤなんだからっ!!」

 健康的な浅黒い肌が、赤く赤く染まる。言い放つと顔を逸らし表情を見せないが、短いハチミツ色の髪の毛では、耳まで赤く染まっているのを隠せてはいなかった。

 顔を逸らすジーンに、ふっと笑みこぼれる気配が落ちてくる。そして、からかうような柔らかい声が耳に届いた。

「泣いちゃう?」

「泣くかっ、バカ!」

 ジーンのアレキサンドライトの瞳が、陽光に反射し濃い緑色に煌めく。小太郎はジーンの頭に手を置くと、子犬を撫でるようにグリグリと髪の毛を掻き回す。

「オッケ。女の子の涙は苦手なんだわ、オレ」

「撫でんな、バカ! 泣いてない、バカ!」

「そんな連続でバカバカ言わないでくれる? 自分の名前が実は“バカ”だったんじゃないかって気がしてきちゃうから」

「ライフルで狙われてるってわかってんだろ、バカ!

 ジーンの真摯な瞳に、小太郎は初めて気が付いたような顔をして銃口を向ける男たちを見回した。

「うーん、どうしよっかなー」

 ジーンの頭にポンと右手を置いて小太郎は思案する。それをジーンは払いのけようとするが、小太郎の手はビクともしない。

 ライフルを向ける男たちは、先ほどの間抜けな男たちとは違う。ちゃんと整備されたライフルを持ち、冷静に照準を小太郎に合わせている。訓練されているのだろう。命令があれば、過たず小太郎の眉間と心臓を撃ち抜くに違いない。

 射殺命令がないのは、小太郎の側にジーンがいるからであり、またこの場での男たちのリーダーである蛇男が、そんなアッサリとした殺し方を望んでいないせいである。

「ボクの術で逃げよう。ボクらがいなくなったら、人質の意味なくなっちゃうから、解放されるんじゃない?」

「子猫ちゃんの術で逃げるってのはオレたちは安全だと思うけど、蛇男ちゃん、残った人達に八つ当たりすると思うぜぇ」

 ジーンは言葉に詰まった。

 実際問題、ジーンの術で逃げるほうが安全だが、銃で人を追い詰め、人質をとるような相手なのだ。加えて執念深さ。小太郎が言うように、ジーンの術で逃げた後、人質が無事に解放される可能性は低い。

「はいはいはーい、提案!」

 小太郎はシュッと右手をあげると、蛇男に向かって言い放った。

「蛇男ちゃんが人質にしてるオッサンってさ、オレにとって、なんの義理もないわけー。だから、死んじゃっても痛くも痒くもないんだー。しかも、オッサン救出って、オレ的にも燃えないしさ。どーでもいいんだよね」

 小太郎の思わぬ言葉に、さっきまで完全に小太郎の味方についていた観衆が怒り、ブーイングが巻き起こる。

 銃声が鳴った。蛇男が、ブーイングを沈めるために空へ向けて放ったのだ。

「人質に価値がないことをアピールしたいらしいが、関係ないな。だったら、この人質は今すぐ殺そう。邪魔だ」

 空に向けていた銃口を、人質のこめかみに向ける。

「待っーた、待った! 人の話は最後まで聞けって。子猫ちゃんと、オッサンを交換しようじゃねぇか」

「は?」

 理解できない言動に、ジーンが放心する。観衆も、蛇男も同様だった。

 その静けさを利用して、畳みかけるように小太郎は話し続ける。

「いい話だろ? 子猫ちゃんは、オレにとって燃える救出相手だし、蛇男ちゃんにとっては何が何でも手に入れたい重要人物。かつ人質にして、オレの動きを封じることもできる。もちろん、オレを無事に殺すことができたら、子猫ちゃんをお持ち帰りしてもいいっていう景品つき。ど?」

「…………」

 蛇男の口もとがサディスティックに歪む。

「ゴッド・ジーン、こっちに来てもらおうか」

 小太郎の提案が通り、交渉が成立したのだ。事態が深刻化していくことに、周囲の観衆の緊張も高まり、声を発する者はひとりもいない。先刻までの陽気なお祭り騒ぎは静まりかえり、空気は質量を増したように重くなっていく。小太郎がなにをしようとしているのかがわからず困惑しているのだ。事態を無事に収めてくれることを祈るように見ていることしかできない。

 そんな中、小太郎だけは事態の深刻さも重さも感じぬかのように、軽く軽く言葉を口にする。

「子猫ちゃん、ちょっとの間だけ、あっちに行ってくれる? オレの側はちょびっと危なくなっちまうから」

「でも……」

 アレキサンドライトの瞳が不安で揺らいだ。長いまつげにふちどられた大きな瞳をいっぱいに開いて、小太郎を心配そうに見あげる。

 小太郎の人質交換の提案には驚いたが、ジーンに異論はない。無関係な人が巻き込まれるくらいなら、自分が人質になったほうがよほどいい。最悪、連れていかれることになったとしても、命の保証だけはされるだろう。彼らは、ジーンの能力が欲しいのだから。

 だが、蛇のように執念深い男を相手に、小太郎がどうなるか――。

 ここまで騒ぎを大きくしたのは、目の前にいる小太郎自身だということをスッカリと忘れ、ジーンは心の底から心配をしていた。

「コタロウ」

 小さな声で呼ぶ。

「だーいじょうぶ、すーぐに迎えに行くから心配無用。オレは死なないし、誰も死なない。死なせない」

 ニカっと笑う。

 その笑顔は底抜けに明るい。

 小太郎はジーンの背を軽く叩いて、蛇男のほうへと向かわせる。離れる寸前、ジーンに何かを小さく囁いた。ジーンは小太郎の言葉に小さく頷くと、人々が固唾を飲んで見守る中、しっかりとした足取りで歩き蛇男の前に立つ。怯むことなく、血走った目をした男をきゅっと見上げた。

「ボクが来たんだから、オジサンは離せ」

 蛇男の顔に、冷笑が浮かんだ。

 限界まで絞めあげていた店主の喉を離すと、空気を貪ろうとした喘いだ店主の後頭部を銃床で強かに殴り、地面に落ちた身体を蹴りあげた。

「なんてことすんだよっ!」

 店主に駆け寄ろうとしたジーンの襟首を掴みあげ、蛇男は優しげな声で、紳士的な笑みすら浮かべて言った。

「手間を取らせてくれたな、ゴッド・ジーン。大人しくしてさえいれば、こんな騒ぎにもならず、ケガ人も出ず、これから人殺しをせずにすんだんだがね」

 何も言わず睨みあげるジーンに、忌々しげ睨み鼻で笑う。

「生意気で愚かなガキだ」

 ジーンを後ろに控えていた男に放りなげると、ジーンと完全に引き離された小太郎と撃とうとする男たちを手で制する。

「次はお前だ」

 蛇男は目を剥いたまま微笑んだ。ライフルで撃ちぬいて即死だなんて、楽な死に方をさせるつもりはこれっぽっちもないのだ。ライフルを構えさせたのは、あくまでも逃さないためでしかない。

 小太郎は両手をひらひらとさせて見せた。

「さーて、どうする? 裸踊りでもしてみせようか? ダンスは得意よん?」

「動くなと、さっき言ったはずだ」

 ジーンを手に入れ圧倒的優位に立った蛇男は、先刻より冷静さを取り戻していた。蛇男は優越感とサディスティックな喜びに顔を輝かせ、油断なく銃を構えたまま小太郎へと歩み寄る。

「両足をくっつけて、手は身体に沿ってまっすぐ降ろせ」

 小太郎はちょっと意外そうな顔をしてみせたが、すぐに蛇男の言葉に従い、直立不動の姿勢をとった。蛇男は小太郎の身体にピッタリと銃口を当てる。心臓の真上だ。撃てば間違いなく小太郎は即死するだろう。

 ジーンは小さく息を飲んだ。

(どうしよう?)

 側から離れるとき、小太郎はジーンに「あっちに行ったら、オレが声をかけるまで、絶対にその場から動かないでね」と囁いた。その通りに本当に動かず何もせずにいていいのか不安に駆られるジーンに、小太郎は安心させるように笑顔を見せ、蛇男にからかい気味の声をかける。

「で、こっからどーすんの? 定番の“地面に這いつくばって靴を舐める”でもする?」

「それは、いまからオレがさせてやる」

 スルリと銃を懐にしまうと、ドスッと重い音を立てて、蛇男の拳が小太郎のみぞおちに入った。十分に体重の乗った重たいパンチだ。小太郎の身体が軽く浮く。だが、地面に崩れ落ちることはなく、直立不動の姿勢から少し身体をくの字に曲げたものの、同じ位置に立っていた。

「いまので倒れないとは、丈夫なもんだなモンキーは」

 半眼で見下ろす蛇男を見上げながら、小太郎は口内にせりあがった胃液を吐き捨てる。

「いやいや、オレが特別に丈夫なわけじゃない。アンタのヘナチョコパンチじゃ、這いつくばれないってだけなんだわ、これが。もうちょっと頑張ってくれる?」

 この状況であっても、相手を煽りからかうことを止めない小太郎に、ジーンはもちろん、周囲の観衆も言葉もない。

 蛇男は残忍な笑みを口もとに湛えると、小太郎の顎を下から強かに殴りつけた。

「減らず口を閉じろ」

 横っ面をぶん殴る。

「いいか、お前は逆らえないんだ。それを頭に叩き込め」

 もう一発。だが、小太郎は倒れない。

「しぶといな、モンキー」

 忌々しげに呟いた蛇男の顔がふいに輝く。

「そうだ、いいことを思いついた。いまから100発殴る。ヘナチョコパンチだから痛くもないはずだ。100発殴る間、倒れず気絶せずにいられたら、解放してやろう」

「……殺すんじゃなかったっけ?」

 切れた唇に顔をしかめながら言う小太郎の顔を、平手で殴る。

「口を開くなと言っただろう。もし、倒れたり気絶したり、少しでも反抗してきたりしたら……お前の代わりに、ここにいる誰かを殺そうか。幸いなことにライフルはたくさんある。銃弾切れの心配をしてくれなくてもいい。ここにいる全員を殺すだけの弾丸は十分にある。心配せずに、存分に倒れてくれ」

 周囲の悲鳴を飲み込む気配に、蛇男の残忍な笑みが深まる。だが、小太郎が望む反応を返してこないことに、怪訝な顔で見下した。それに対し、小太郎はニヤリと笑う。

「……いいね、アンタ」

「なんだと?」

「見事なまでの悪役っぷり。惚れ惚れすんね。おかげで、オレは苦難に立ち向かうヒーローってわけだ。自分の役割が格好良すぎて痺れっちまう」

「……薄汚いモンキーの分際でっ」

 蛇男は吐き捨てると、小太郎を殴りつけた。

 腹に顔にと、執拗な打撃が続く。

 身体が揺らぐことがあるものの、小太郎が倒れることはなかった。直立不動に立たされた場所から半歩さえも移動せずに、ただただ殴られる。殴られた衝撃で切ってしまった口内から、血が周囲に散る。まぶたも切れ、血が流れ散った。

「はーっは、モンキーの血が赤いなんて初めて知ったぜ。生意気にも我々と同じ赤い血か」

 念入りに小太郎の身体に拳を沈めながら、興奮気味に蔑みの言葉を吐き続ける。

「そういえば、モンキーの女ってのはどうなんだ? 犯ったことがないんだよ。ケダモノ臭そうで犯る気もしないが、絞まりだけは良さそうだ。どうなんだ、具合を教えてくれよ」

 それまで平然と拳を受けていた小太郎の唇が険悪に歪む。黒々とした瞳に怒りが灯った。それをみて、蛇男はさらに楽しそうに殴り続けた。殴られるたびに、身体が右に左にと揺れ、小太郎の長い三つ編みもダンスでもしているかのように、大きく揺れる。

「この近くにモンキーの女だけ集めた売春宿があるのを知ってるか。やつらは臭いからな、宿は下町の奥の奥にある。噂でしか知らないが、銅貨を見せただけで、自分でスカートの裾をたくしあげて、股を開いて見せるってよ」

 拳で殴るだけでは飽き足らなくなったのか、頭を両手で掴み押さえ込むようにして、膝で腹を蹴りあげる。

「もう、やめて! やめてよ!! ボクはどこにだって行くからっ!!」

 ジーンの叫びにも耳を貸さず、蛇男は小太郎をいたぶることにだけ専念する。東の国の原住民。程度の低いサルを嬲りいたぶる楽しみに浸る。なにより、少しも揺らぎもしなかった小太郎の表情が、東の女を嬲る言葉を口にするだけで歪んでいくのだ。愉快だった。

「なぁ、モンキーの女って臭いんだろ? そんな女に股を開かれても、どんな臭いがするんだか、想像するだけで吐き気がする――イっ!」

 腹を殴ろうとして、ガツっと音をたてて何か固いものが蛇男の拳に当たった。小太郎のジャンパーのポケットの中身が当たったようだった。楽しい行為を痛みで唐突に遮られたことに苛立ち、蛇男は小太郎の顔を睨む。

「何を隠していやがる」

 小太郎の顔はもうボロボロだ。大きく喘ぎ、肩で息をする。切れた口端を舌で舐め、それが痛くて顔を歪めていた。

「答えろ」

「……なん、でも、ねぇよ」

 答えるのもやっとといった感じだ。

「出せ」

 蛇男の命令に従って、小太郎が腕を動かそうとしたのをすぐに止めた。この男は何をするかわからない。

「待て。……余計なことはするなよ。わかっているだろうがな」

 そう言うと、蛇男は自分の手を小太郎の懐に突っ込んだ。手を懐に入れられたことに不快を示す小太郎に、下卑た笑みを浮かべながら蛇男は懐の中にあった3つの麻袋を取り出した。

 ひとつは、先ほどまで小太郎が帽子でかき集めていた金だ。

 麻の袋に入れられたその重量感に満足げに目を細めると、蛇男は自分の懐にしまった。小太郎の唇がピクリと動いたが、何も言わず無表情に蛇男のことを眺めていた。

 もうひとつは、金が入っていた袋と同じような重量感があったため、蛇男は期待して中味を確認した。だが、中に入っていたのは小さな1cm大の鉄の玉で、蛇男を落胆させた。これは子供がパチンコや木で作った鉄砲で遊ぶときに使う物だ。

 そして、3つ目の袋には、黒に近い灰色の玉が入っていた。金属のような鈍い光を放っている。卵よりひと回り小さいくらいの玉は、金銭的な価値がありそうでもなく、見た目ほどの重さもなく、武器になりそうでもなく、蛇男の興味は引かなかった。

「……なんだ、これは。モンキーは玉遊びがお好きってか?」

 小太郎は肩を竦めただけで、何も答えない。口を開くなと言われているからだが、そうでなくとも答えるつもりはないのが表情から見てとれる。

 蛇男は鼻を鳴らすと「くだらん」と言い捨て、小さな玉の入った袋を小太郎の顔に投げつけ、灰色玉を地面に叩きつけた。

 瞬間。

 小太郎がニィイイと笑んだ。

 それが蛇男が最後に見た小太郎の顔だった。

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