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When it rains, it pours.(2)

 取り囲んでいた男たちは、一気に小太郎のもとへと詰め寄る。

 いち早く辿り着いた男が、小太郎を殴ろうと踏み込んだ瞬間、小太郎はニヒッと笑みを残したまま、身を沈めた。

 男の視界に映るのは、小太郎の長い三つ編みの毛先と、背中に隠れていたジーンだけ。しかし、それも一瞬のことで、身を沈めた小太郎に足払いを掛けられ、視界は180度グルリと回転し状況を正しく把握できる間もなく、地面に叩きつけられていた。

 なまじ勢いをつけて踏み込んだだけに、身体が強打され、幾人かはそのまま意識を手放した。

 小太郎は独楽のように回転しながら、詰め寄ってきた男たちを次々に蹴り倒していく。ジーンに触れる距離に近寄らせすらしなかった。その勢いを殺すことなく立ち上がり、蹴り倒されても気絶しなかった運の悪い者達のみぞおちに重くカカトを落とし、意識を失わせる。

 そして、小太郎が再びジーンの前に立ったときには、男たちの数はたった3人になってしまっていた。

 見物人は、小太郎の鮮やかさに沸く。

「すごっ……」

 ジーンも驚嘆して声を洩らす。

 こんなに強い男であったことに驚かずにいられなかった。ケンカ慣れなんて言葉ですむものではない。この男は強い。ジーンが知っている強い男は、リアドルだ。そのリアドルよりも強いかもしれない。いや、あの乱入してきた赤毛達よりも?――強い気が、する。

 エフェクターの小太郎の近くにいるのは精霊術師にとって危険窮まりないが、小太郎と共にいることによってユン・カーシュの宝を取り戻す糸口が掴めるかもしれない――ジーンを守る小太郎の背中が、そう強く思わせた。

 きゅっと口もとを引き締める。

(決めた!)

 たったいまジーンは選択肢のひとつを選んだ。先見プロフェットとして自分の関わる未来を見通すことはできないが、それでも自分の選択に間違いがないことを確信する。

(――けど、微妙に残るこの不安感はなんだろう……)

 なんともいえな表情で、心の中で小さく呟く。

 ジーンが重要な決断をしているとも知らず、小太郎は明るい声で残った男たちを挑発していた。

「ばかだね、お前ら。さっきオレに足払いされたの忘れちゃったわけ? 同じ手口でやられんなっつーの。学習能力ねぇなぁ、おツムの中味はミジンコ以下だな」

「モンキーがっ!」

「罵倒する言葉にバリエーションがねぇぞ」

 男のひとりが怒りにかられ、懐の銃に手を伸ばす。

 しかし、その銃を懐から出しきるより早く、小太郎の手のひらが男の鼻先に突き出された。殴られる――と反射的に身構えた男に、小太郎はニイと笑いかける。

 突き出した手の指を、小指から順番に閉じていき、ゲンコツをつくりながら、手のひら側が上になるように回転させる。上を向いたゲンコツをゆっくりと開くと、手のひらには数発の銃弾があった。

「っ!」

 男は息を飲み、手の中の銃を握り締める。数秒前に比べて軽くなっているような気がした。そう、銃弾の分だけ軽くなっているような――。

「ま、さか」

「たったいま抜いちゃいました~」

 そう言う小太郎の手のひらから、銃弾がボロボロとこぼれ落ちていく。

「は、ハッタリだ!」

「いや、ホントホント」

「できるわけがない!!」

「なーんだって、こんなに人から信用されねぇのかな、オレ」

「ハッタリに決まってる!!」

「じゃ、撃ってみたら?」

「くっ」

「あ、大丈夫大丈夫。確かめてる間は殴らねぇから、遠慮なく試しなって」

 男は小太郎の額に銃の照準をあわせ、撃鉄を起こして引き金を引いた。

 が、カチカチと金属を叩く間抜けた音がするだけで、銃の殺傷力を披露することはできなかった。他の2人の男も慌てふためいたように銃を取り出し、小太郎に向け引き金を引く。銃弾は一発も発射されることはなく、カチカチカチカチと間抜けた虚しい音だけが辺りに響く。

 ジーンは、自分を守るために、目の前に立つ男の背を見上げた。

 小太郎が「撃て」と相手を煽るのは、それなりの勝算があるのだろうと推測していた。だから、慌てたりしなかったのだ。出会って1時間とたっていないが、相手をからかい平常心を失わせ倒すという方法を好んでやっている小太郎の性格を把握したからである。そうでなければ、とうに精霊術で姿を隠して逃げている。

 全面的に小太郎を信頼したわけではないが、「なるようになる」と腹を括ったのだ、が。

(い、いまの、ど、どうやった?)

 いったいどうやって銃弾を抜いたのか――?

 何か精霊術を使ったのなら、その気配にジーンが気付かぬはずもない。だが、エフェクターである小太郎が、精霊と盟約をかわすことができるわけもなく、また精霊術に「銃弾だけを抜く」といった器用な術も存在しない。

 となると、ジーンも知らないことわりの力を、小太郎が持っていることになる。

(怖っ)

 ジーンの背中に寒気が走る。それは、銃をかまえた男たちも同じだったのだろう。顔をひきつらせ、青ざめていた。目には、理解しがたい怪物を見るような怯えが浮かぶ。

 ケンカを見守る観衆も、状況を理解していないながらも、何か奇妙なことが起きているのを感じるのか、ケンカを煽る歓声に動揺したざわめきが混じる。

「し、信じらんねぇ」

 ふいに、小太郎が堪えきれぬように、笑い声をあげた。

 バシバシと膝を打ち、笑いまくる。

「マジ間抜けくせぇ。どこの闇ルートでカスを掴まされてんだ、お前ら?」

「コ、コタロ?」

 この状況で、なぜ小太郎が笑い出すのかがわからず、不安で眉をひそめてジーンは小太郎の顔を覗き込む。

「銃の点検くらいしろっつの」

「ど、どういうこと?」

「こいつらの持ってる銃って、よく闇で出回ってるヤツでさ。粗悪品が多いんだよ。ジャムって撃てなかったり暴発したりするんだけど、こいつらのは粗悪品どころか銃弾すら入ってなかったみたいよ?」

「え? え? え? 銃弾を抜いたんじゃ……」

「無理無理」

 小太郎は手を横に振りながら明るく言い放つ。

「いくらオレでも、両手で届く範囲でなけりゃ」

「じゃ、じゃあ、もしかして……」

 たったいま、小太郎がしでかしたことの恐ろしさに、ジーンの唇が震える。

「うん。もちろん、ハッタリ」

 白い歯を輝かせ、胡散臭いほどに清々しい笑顔で、小太郎はキッパリと言い切った。

 ジーンが心の中で絶叫する。

(いっやぁああああ!! この男と一緒にいたら、命が足りないっ!!)

 小太郎は銃弾を抜いたのではなく、粗悪品で撃てないと賭けた上でのハッタリだったのだ。

 もし粗悪品じゃなかったら?――そんな考えに、身体がカタカタと震える。

「ん? どしたん? 寒い?」

「ち、違うわ、バカタレぇえええ!!!」

 ジーンが怒鳴りあげるのと同時に、小太郎の目の前で固まっていた男が、腰に携帯していた銃を取り出し、銃口を小太郎の背に向けた。

「くそったれがぁあ!」

「!!」

 悲鳴を飲みこみ、目をつぶる――が、ジーンの耳に聞こえてきたのは、銃声でも悲鳴でもなく、さきほどのカチカチとした間抜けた音だけだった。

 顔を覆った手を離しゆっくりと目を開けると、目の前にはニカとした笑顔を浮かべる小太郎がいる。

 無傷だ。

「うわぁああああ!!」

 銃口を向けた男は喚き声をあげながら、何度も何度も引き金を引く。

 ゆっくりと振り返り、小太郎は狂乱する男に言った。

「バッカだな。オレの手の届く範囲だろ、お前は」

 小太郎の言葉を理解できていなかったが、男は恐怖で顔を引き攣らせた。

「脇に一丁、腰に一丁、腹に一丁。計三丁、お前の持ってる銃は全部弾丸入ってねぇよ」

「うあ、あぁああ」

 意味の持たない声を喉から震わせる。なんとか、眼前から小太郎を消し去ろうと、腹に携帯していた銃を取り出し銃口を向ける。それも、やはりカチカチと音を鳴らすだけで、銃弾を発しはしなかった。

 空の銃の引き金を引き続ける男に、小太郎はぎゅっと握った拳を突きつけ、ゆっくりと開く。手のひらから、いくつもの銃弾が地面に落ち転がっていく。

「抜いたって教えてやったろ?」

「うああああああ」

 狂ったように地面に転がる銃弾をかき集める男の脳天にカカトを落とし、手首を踏み壊した。男の手から離れた銃を器用に蹴りあげ、懐にしまう。もちろん、後でこっそりと売りさばくためだ。

「お前らねー、銃なんか出したらケンカじゃなくなっちゃうだろうが。殺し合いとケンカの区別もつかねぇのか、ったく」

 説教じみた声で言う小太郎の目を盗むようにして、残った男のうちのひとりが、ジーンに手を伸ばす。

 だが、ジーンの襟首に指が届く寸前で、男の手は小太郎に封じられていた。

「おっと、子猫ちゃんに手出しはダメっしょ」

「うぐぁあああああ!!!!」

 男は突然与えられた痛みに、口から泡を吹き絶叫する。ただ小太郎に指を掴まれただけの男が何故そこまで喚き声を上げるのかが、観衆はもとより仕掛けられている男本人にもにもわからなかった。

 人指し指と中指のたった二本を掴まれているだけなのである。小太郎が使っているのも、人指し指と中指のたった二本。

「あらららら、どうしちゃったのかな?」

 楽しげに男の顔を覗き込み、問いかける。

 ここに小太郎がしていることを理解できている人間は存在しない。

 指四の字固め――指を絡めとり、関節を痛めつける技。指への攻撃・関節技は、相手の戦闘能力を奪う極めて有効な痛め技である。どんな屈強の男でも、指を痛めつけられ折られては、戦闘の継続は難しい。

 小太郎が指に力を加えていけばいくほど、男は喚きまわる。

 ふいに、ボキリと鈍い音が響き、男の喚き声がひときわ高く響いた。小太郎が指を離すと、男の身体はグシャリと地に崩れ落ちた。

「軟弱な指だこと。指一本で逆立ちできるくらい鍛えとけ」

 そう言い、中指を立てる。

「さって、残りは、お1人様。……ん?」

 小太郎が怪訝な顔をして眉をひそめる。

 残りのひとりは、青ざめた顔で銃を構えた格好で固まっていた。

 恐れのあまり、動けなくなってしまったのだ。先刻まで、シャビーモンキーと蔑み、すぐに片づくと思っていた男に、大勢いた仲間をすべて倒されてしまったことに怯えていた。

 それを見て、小太郎が舌打ちをひとつ洩らす。

 無造作に男との間合いを詰めると、固まっている男の額にデコピンを入れた。ビシっと強い音と共に男の意識は失われ、勢いよく後ろにぶっ倒れる。

「しょうがねぇから、デコピンで勘弁してやらぁ。弱い者いじめしてるみたいで、オレがカッコ悪いかんな」

 数秒の間を置いて、歓声が沸いた。

 ゴッド・ジーンの妹を守り切った小太郎に、惜しみない賛辞がふりそそぐ。

 再び投げ入れられるコインを大喜びで集める小太郎に、見物人から笑いが起きる。

 もとの活気に満ちたバザールに戻ろうとした空気を、銃声が貫いた。

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