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When it rains, it pours.(1)

 青い子馬亭でアレッドトゴードン、そしてリアドルが、奇妙な三角図を形成している頃、少しばかり離れたバザールで、騒ぎが起きようとしていた。

 その騒ぎの中心はもちろん小太郎である。

 円陣を組むように、小太郎とジーンを取り囲んだ男たちは、じりじりと輪を小さくしていく。

 人に見られていようがなんだろうが、なんとしてでもジーンを連れていく気なのだ。なにより、無礼でふざけた東のモンキーを叩き潰したいという気持ちが勝っているのかもしれない。

 小太郎は何か歌を口ずさみながら、足先で軽快なリズムを取っている。楽しそうに男たちの顔を見比べていた。

 周囲の見物人は、なにが始まるのかとワクワクして、いやおうもなく場の空気が盛り上がっていく。

 ベーゼで生まれ育ったジーンも、この手の騒ぎには慣れている。

 が。

(ケンカの中心になったことなんかないよ~)

 理解をこえる小太郎の性格と、思わぬ展開に翻弄され、ジーンは少しばかり狼狽していた。

 ジーンはそれなりの度胸を持っているし、コワモテの誘拐犯から逃げるのだって慣れている。ある意味、危険な状況に『場慣れ』していると言ってもいいだろう。

 とはいえ、あくまでも『逃げる・隠れる・身を守る』という点に置いてのみ慣れているのであって、誰かを殴ったり蹴っ飛ばしたりするようなケンカ慣れをしているわけではない。

 なんていっても、女の子なのだ。

 小太郎の背中に張り付くようにして周囲を伺いながら、無意識に両手で小太郎の革ジャンパーの裾を握りしめていた。

 円をじりじりと縮める男達と小太郎達との距離が、2メートルほどになったところで、ふいに小太郎がパン!と両手を叩いた。

 その音は、様々な音・声で埋め尽くされるバザールを貫き、響き渡る。

 ケンカ見物に集まっていた人々は思わず静まりかえり、中心にいる小太郎を見つめた。

 ニイと小太郎は笑むと、口を開いた。

「さて、お立ち合い!」

 舞台役者のように妙に通りのいい声で、周囲の観客へと話かける。小太郎の声に引きこまれ、周囲の人々は耳をそばだてる。殺気だった男たちでさえも、虚を突かれ思わず小太郎の次の言葉を待ってしまう。

 小太郎は両手を広げて周囲の男たちを指し示しながら、見物人達に問いかけた。

「このブッサイクな男どもの目的はなんだと思う?」

 お祭り騒ぎ好きのイルヴァーナの男たちが、その問いかけにすぐさま反応をした。

 食い逃げを追いかけてるだの、駆け落ちだのと、好き勝手なことを口々に言う。

 面白げな顔をして小太郎は聞いていたが、

「ナンパ!」

 という声に、膝をパンと打ってすぐさま反応した。

「近い!」

 見物人は「ほぉおう」という声を上げ、ジーンを捕らえにきた男たちの品定めを始める。ナンパするだけの器量があるかどうかを。見物人のお目がねに叶う男はいないのか、ブーイングが起こる。中でも一番ヤジっているのは、イルヴァーナの女達だ。

「出直しといで!」

「イルヴァーナの女はお安くないよ!」

 その声に、イルヴァーナの男達が合いの手を打つ。

「確かに安かねぇ! グラム1ウォン銅貨※で売っても、ウチの母ちゃんは10ウォン金貨になるからな!」

「違げぇねぇ、ウチのカカアなら、もっと高いぜ」

 男たちがゲラゲラと笑い合う。

「失礼だね、あたしゃ、そんなに重くないよ!」

 亭主の背中をバンと叩く女達がまた笑い合う。

「そんなに高いと売れないんじゃねぇの?」

 小太郎の問いかけに、イルヴァーナの男たちはすぐさま答える。

「ああ、売れねぇ売れねぇ。売れやしねぇ」

「売れなくって仕方ねぇから、母ちゃんと一緒にいるんだよ」

「なに言ってんだい、一緒にいてやってんだよ、バカ亭主」

「惚気なら、よそでやってくんな。ひとりもんにゃ目の毒だ」

 大げさに嘆くふりをする小太郎に、また笑い声が起きる。

 ケンカ特有の殺伐とした雰囲気はここにはまるでない。居酒屋での掛け合いのようですらある。

 その中心にいるのは小太郎だ。場の空気を小太郎が完全に掌握していた。

「まぁ惚気はそのくらいにして、ここにいるカワイコちゃん、誰だと思う?」

 それまで小太郎に集中していた視線が、ジーンに集まる。

 状況に完全についていけなくなっていたジーンは、視線が集まったことにおののいて、小太郎の革ジャンパーをさらに強く掴んだ。

 そんなジーンに小太郎はニカっと笑いかけると、周囲に向けて言い放った。

「驚くなかれ。なんと、あの有名なゴッド・ジーン!――」

 ジーンは思わず飛び上がった。

「おお!」と感嘆の声があがり、興味津々な視線がジーンに降りそそぐ。

 国内外に名を轟かせている有名な先見プロフェット、ゴッド・ジーンが姿を表したとなれば、注目せずにはいられない。ひとめ見ようと身を乗り出し押し合い、テントの上に登ろうとする者まででる騒ぎだ。

 ゴッド・ジーンの素顔を知る者は多くないのだ。

 ジーンが占い時にはローブをかぶり化粧けわいをしているからだが、普段も誘拐から身を守るため常に姿を隠しているためでもある。

 顔を知られていなければ、いかに有名であっても、何処にでも紛れ込み逃げることができる――というのに、こんな昼間の、しかもこれだけの見物人のいる中、素顔と素性を明かすことになろうとは、ジーンは思いもしない。

 小太郎はさらにトンデモない言葉を続けた。

「――の妹だ!」

「って、え"え"!?」

 ジーンは驚愕した。

 小太郎が何を言い出したのか理解ができない。

「なんてこと言うんだよっ」

 革ジャンパーの裾をひっぱって、小声で咎める。

「これ以上、変な噂バラまかれちゃ迷惑だっての!」

 それでなくとも、ヴァリアントだの、ヴァリアント探知機だのと、さんざん噂されているのだ。

 それに妹だなんて、でっちあげの嘘を信じる人間がいるかどうかはともかく、ジーンが女の子であることがバレる可能性だってあるではないか。成人する前に性別が知れてしまうことにペナルティがあるわけではないが、性別を隠すことによって占い師としての神秘性を高めていたりもするのだから。

「大丈夫、大丈夫」

 ジーンにだけ聞こえるような声で、小太郎がお気楽に答える。

「ハッタリは、デッカく大胆に。そこに小さな事実を混ぜこむと、人間ってヤツはアッサリ信じ込む」

「なんで、ここでワケのわからないハッタリを披露しなきゃいけないのさっ。アイツラだって信じないよ!」

「いや、そーでもなさそーよ?」

 小太郎の気楽な言葉通りに、ゴッド・ジーンを捕らえようしている男はジーン以上に驚愕していた。

 男たちは信じ難い思いでジーンを見る。

 ゴッド・ジーンの妹。

 そんな情報を、依頼主から得てはいなかった――というよりも、男達はゴッド・ジーンの正確な居場所を依頼主から得て襲撃したのであり、まさかそれが妹であろうとは思いもしない。

 ジーンの整った容姿は、男とも女ともどちらとも取れる中性的なものである。「男」と言われれば男と、「女」と言われれば女と思える線の細い体つきをしていることが、男たちに混乱を生む。

 自分達がいま捕まえようとしているのは、ゴッド・ジーンの妹なのか? 情報が不足しているのではないか?――そんな不安が押し寄せる。

 噂でしかゴッド・ジーンを知らない見物人達は、小太郎の言葉をすんなりと受け入れていた。

 もとより、ゴッド・ジーンの家族構成など知られてはいないのだ。「妹だ」と言い切られれば、わざわざ疑う者などいはしない。そもそも疑いが頭をもたげる間を小太郎の話術が与えもしなかったが。

先見プロフェットとして噂に名高いゴッド・ジーンが、その能力ゆえに狙われているってのは、みなさん知っての通り」

 小太郎の声が響く。

「こいつらは、ゴッド・ジーンをさらいに来た悪人ってわけだ」

 さきほどより大きなブーイングが起こる。

 信仰や呪術が生活の主軸にあるベーゼの人々にとって、先見プロフェットはベーゼの宝である。

 自然と調和する者として崇拝する存在なだけではない。先見プロフェットがいるから、多くの観光客が訪れ自分達の生活が潤うということを、人々は良く知っているのだ。

 砂漠に囲まれ乾き痩せた土地から得れるのはダイヤモンドだけであり、そのダイヤモンドさえも流通をごく一部の人間達に握られて、人々がダイヤモンドから直接に恩恵を受けることはほとんどない。

 ベーゼの中でもイルヴァーナだけは、宝飾のオークションのおかげで観光客が爆発的に増えるが、それは一時的な潤いであり、年間を通して変わることなく人々の生活に収入をもたらすのは、やはり先見プロフェットの存在なのである。

 だからこそ、先見プロフェットを連れ去ろうとする外国人や、囲い込む金持ちは嫌われているのだ。

 ましてやゴッド・ジーンは、能力の高さで有名なだけでなく、国や金持ちの専属とならない誇り高い先見プロフェットとして庶民に人気が高い。

「さて、こっからが聞くも涙、語るも涙ときたもんだ」

 ブーイングしていた見物人たちは、小太郎の話の続きを聞こうと耳を傾ける。ゴッド・ジーンを捕まえにきた男たちでさえも、だ。

 ジーンも、小太郎が次に何を言い出すのかと、呆然と見上げたままであった。

「このカワイコちゃんは、優秀な先見プロフェットゴッド・ジーンの双子の妹。兄の格好をマネて囮となって、兄を安全なところまで逃してるってワケだ。どうだい、この兄思いの妹は。もちろん妹だけじゃない、兄も妹思いときたもんだ。自分のことを思い危険な役目を買ってでる妹を守るため、このオレ様にボディガードを依頼してきた」

 大げさに声を張り上げ、身振り手振りを加えて、周囲を引き込んでいく。

「ところが! その依頼が少しばかり遅くってねぇ。オレが駆けつけたときには、この野郎どもがカワイコちゃんを取り囲んでいやがった。もう少し早ければ、こんなことにならなかったんだが」

 片手で額を押えると、残念無念という風に小太郎は首を振る。

「小さな路地に追い詰めたところで、コイツラもこのカワイコちゃんが、目的のゴッド・ジーンでないことにさすがに気が付いた」

 ここで小太郎がひと呼吸を置き、ささやくような声で語りかける。

「それで、どうしてたと思う?」

 聞いているほうは、続きを聞き逃すまいと息を詰める。

「このカワイコちゃんに、イヤらしいことをしようと飛びかかってきたってワケだ!」

「「でえ"え"っ!?」」

 ジーンと男たちは、はからずも同時に驚愕の声を揃えて上げた。無理もない。

 が、その驚愕の声は、周囲の女達の罵声に掻き消されてしまう。

「とんでもないヤツらだね!」

「女の敵!」

「玉を引っこ抜いちまいな!」

 威勢のいい罵声を浴びせながら男たちに物を投げつけたり、ホウキで小突いたりしはじめた。

 男たちも普段ならそんなことをされたままでいないだろうが、あまりの展開とイルヴァーナの女達の威勢のいい罵声に、完全に思考停止していた。

「ちょぉーっと、待った待った!」

 張りのある大声で、小太郎が女達の罵声を制す。

 制されたことに不満の声をぶつける女達に、小太郎は大げさにウンウンと頷いて見せる。

「わかるわかる、姐さん達のお怒りはごもっとも。こいつらは女の敵だよね。でも、こっから先はオレの仕事だ」

 同意を得るように、周囲をぐるりと見回す。

「それにここまで騒ぎになったからには、こいつらだってタダでは帰れない。そうだろ?」

 囲む男たちにも語りかける。

「騒ぎをおっきくしたのは、アンタだよっ!」

 小太郎の背中で、ジーンがひとり小声でツッコむがそれを聞くものはひとりもいない。

「殴りあいのひとつでもやらにゃ収まりようもないってわけだ」

「そうしなくても収まってたってば!」

 間髪入れず小声でジーンがツッコむが、これまた聞くものはひとりもいない。

「あたしも、こいつらに噛み付いてやろうか?」

「噛み付くのはダンナの尻だけにしといてくれ、姐さん」

「そんなもん汚くって噛めやしないよ」

 女達が笑いさざめく。

 小気味いいほどに掛け合いが続き、見物人のテンションは上がっていく。誰もがもう小太郎の味方になっていた。

「ひとりで大丈夫なのかい?」

「もちろん!」

 小太郎は胸を張り自信に満ちあふれた顔を見物人たちに見せ、ふいに顔を曇らせた。

「と、言い切りたいところだが、ちっとばっかしパワーが足りねぇ」

 小太郎との掛け合いに興じていた見物人たちが心配げにどよめく。

「加勢してほしいのか」

「とんでもない。カワイコちゃんを護る名誉ってのは、独り占めしたいタチなんだ。カワイコちゃんを護った男に与えられるモノといったら、カワイコちゃんの熱い包容とキスが相場だし、ね?」

 チラリと視線を寄越す小太郎に、ジーンは顔をカァアアアっと真っ赤にして怒鳴る。

「しないよっ、そんなこと!」

 ジーンの言葉に胸を押さえて、小太郎はよろめいてみせる。

「……ってことだから、オレにパワーが足りなくても仕方のない話ってもんだ」

 しょんぼりとした小太郎に、イルヴァーナの男たちが同情し、イルヴァーナの女達が笑い転げる。

「とはいえ、ここで護らなきゃ男が廃る。そうだろ、兄さん、姐さん方? ――そこで、だ」

 ニッカーとした笑みを浮かべ、懐から取り出した帽子を高く掲げ振り回しながら、明るく言い放つ。

「オレ様のパワーアップのために、金色・銀色・銅色のコインをひとつよろしく!」

 お祭り騒ぎ好きのイルヴァーナの人間が、この一言に乗らないワケがない。

 四方八方から飛んでくるコインを取り洩らすことなく、小太郎は帽子で受け止める。コインを受け止めながら、帽子の中をひょいと覗き、一言付け加えることも忘れない。

「ちょいと茶色が多すぎやしねぇか、兄さん、姐さん方。金色のほうがオレのパワーが増すってもんだぜ?」

 どっと笑いが起きる。

 ジーンを捕まえにきた男たちは蚊帳の外、完全に小太郎の独壇場だ。

「なにしてんだよ、アンタは!」

 ジーンが小太郎の革ジャンパーの裾をグイグイ引っ張っても、小太郎が硬貨を取りこぼすことなど全くない。

「おひねり貰ってんの」

「だから、なんでそーなんの!?」

「ケンカをタダ見させる気ねぇもん」

「~~~~ッッッ!!!!」

 ジーンは頭を掻き毟りたい衝動を、辛うじて堪える。

 冷静に冷静にと、呪文のように自分に言い聞かせる。とにかく、冷静にならなくては、自分の安全を確保することはできない――ジーンは経験上それをよく知っている。

 こうまで盛り上がってしまったら、ケンカが始まるまで収まることはないだろう。どう考えても、騒ぎの原因は小太郎だが、その小太郎に賭けるしかない。20人近くいる男たちを相手に、小太郎がどこまでやれるのかわからないが、さきほど見せたカカト落としから考えても、相当ケンカ慣れしているに違いない。

 もし、駄目でも――衆人の前で使うのは本意ではないが――派手な目晦ましの術でも使って、逃走する隙をつくればいいことだ。先ほどの狭い路地と違って、逃げ込む場所ならいくらでもある。

 コインをひとつ残らず取った小太郎は、帽子と共に懐にしまい込むと、背中に張り付いていたジーンの顔を覗き込んだ。

「子猫ちゃん」

「誰が子猫ちゃんかぁあああ!」

 しつこいようだが、小太郎はジーンのそんな反応を楽しむのみで、まったく気にしていない。

「今から、こいつら片づけるけど、危ないからココから一歩も動かないでね」

 そう言うと、見物人にも声をかける。

「はいはい、兄さん姐さん方~。いまから、おっぱじめるから、ちょっと離れて~」

 小太郎の指示にしたがって、見物人は少し大きく輪を広げた。

 ようやく状況の理不尽さを理解し、頭に血をのぼらせた男たちを、小太郎は人指し指で確認しながら数えはじめ、

「ひいふうみいよう……」

 いくらも数えないうちに、小太郎はその手を止めた。

「ありゃりゃ。思ったよりもいるんだね」

 困ったように小首を傾げる。

「ひとりずつ相手にすんのもかったるいなぁ」

「ふざけるな! モンキーがっ!」

 男たちが口々に吠える。冷静さを残している者は、ほとんどいない。

 小太郎はニヒっと笑うと、男たちに言い放った。

「面倒くさいから、まとめてかかっておいで」

 その言葉が合図となり、男たちが一斉に地を蹴った。


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※貨幣価値 1ウォン銅貨100枚で、1ウォン銀貨。1ウォン銀貨10枚で1ウォン金貨、1ウォン金貨10枚で1ウォン札。

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