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Let's face it.(4)

「なっ……」

 ジーンは言葉に詰まり、激しく狼狽した。

 小太郎がジーンを女と見抜いたことに。

(なんで?)

 目を丸くして、意味もなく口をパクパクとさせた。

 アキレサンドライトの瞳を持って生まれた子供は、精霊と通じる能力を持つ。そのため、成人を迎えるまで性別を隠すならわしがユン・カーシュ族にはあった。

 年頃になると出てくる性の特徴を成人するまで精霊術で隠し続けることで、性別を持たない中性の存在に見せる。

 アキレサンドライトの瞳を持つジーンも、性別がわからぬように常に心がけている。

 ユン・カーシュの女は髪を長くのばすのが慣習であるが、ジーンは髪を伸ばしてはいない。

 アキレサンドライトの瞳の子供は、髪を長くしていると感応能力が高まって「精霊に呼ばれやすくなってしまう」ので、成人するまでは伸ばすことを固く禁じられている。

 本当は、部族の女達の長く美しい髪に、とても憧れているのだが。

 部族の女の多くは、黒い髪を持つ。

 黒檀のように黒い髪をつややかに光らせる部族の女達が、羨ましくてならなかった。女性らしい丸味をもつ背中に流れる黒髪は、神秘的で官能的な美しさがあり、ジーンに『大人の女』を感じさせる。

 ジーンは自分のハチミツのような金髪が嫌いではないが、成人しても黒くない髪では部族の女達のようになれないのではないか? と思ってしまう。

 それだけではない。16歳になるというのに女らしい凹凸がない。棒っきれのような身体つきも、ジーンにとって切ない悩みだ。

 スレンダーと言えば聞こえがいいが、術をかけなくても『女性』と見られることがほとんどないのは、年頃の女の子にとって嬉しくない事実である。

 優秀な術師のジーンでも、性別を隠す術をかけ続けるのは精神力も体力も使うため簡単なことではない。だから、術で隠す必要がない身体なのは楽ではあるが、成人するまでに部族の女達のような曲線を描く身体になっているのか、ジーンは不安でならない。乙女心というやつである。

 だというのに、棒っきれのような身体をしているジーンを、小太郎は間違えることなく『女の子』と言い切った。

 なんとも複雑な気持ちが沸き上がる。

 小太郎の自分に対する扱いの数々が『女の子』に対するモノなのだと理解し、それにまた戸惑った。ジーンは『女の子』扱いされることに慣れてないのだ。

 それにしても、なぜわかったのか?

「……」

 ジーンはあることに思い至り、火がついたように顔を赤く染めると、小太郎の背中を闇雲にゲンコツでポカポカと殴った。

 驚いて振り向いた小太郎のアゴに、ジーンのゲンコツがヒットする。

「ィッツ」

 ジーンは涙の滲む瞳で小太郎を睨み上げた。

 棒っきれのような身体つきとはいえ、ジーンにもささやかながら胸の膨らみがある。

 屋根から落ちるときに、小太郎はジーンの身体を落下の衝撃から守るため抱き締めた。そのときに触ったに違いない――ジーンはそう思った。

 きゅっと胸を守るように両腕をまわす。

「触ったんだろぉおおお!!」

「待て待て待て待て待て待てっ!」

 潤んだ瞳で非難するジーンに、今度は小太郎が狼狽した。

「触ってない触ってない! 断じて触ってない!」

「触ったんじゃなきゃわかるわけないじゃないかっ!」

「触りたいけど触ってない。もうちょっと育ってからのほうがオレは嬉しい」

「ちっちゃいからってバカにすんなぁ~~」

 女らしくない身体を肯定する言葉を自分で言うのは、やはり傷つく。アレキサンドライトの瞳が青緑色から赤紫へと変化し、表面でかろうじて保っていた水分が大きな雫となって頬へと流れた。

 泣くつもりなどなかったのに、泣いてしまったことが悔しくてジーンは唇を噛む。小太郎を睨み付けているつもりなのに、ぽろぽろぽろぽろと涙が止まらない。

「ちょ、まっ、泣くなって」

 大慌てで小太郎は身体ごとジーンに向き直った。

 小太郎が頬に流れる涙を拭おうとした瞬間、ガッ!という激しい音が響いた。その衝撃音にジーンは身体を震わせた。小太郎の身体が大きく傾ぐ。

 ナナメに傾いだ小太郎の身体の向こうに、薄く目を細め顔を歪めた男の姿が見えた。

 銃床で小太郎の後頭部を殴ったのだと、ジーンは悟った。

 小太郎はジーンに自分の身体がぶつからないように、壁にバンと両手をつく。

「こ、コタロウ?」

 ジーンを抱えるように壁に手をついたまま動かない小太郎に、震える声で呼びかけた。小太郎からの反応はない。

「モンキーには用はないって言ったろ?」

 不快さを丸出しにした声で男が言う。

 銃口をジーンに向けると、卵を丸のみしようとする蛇のような笑みを浮かべた。

「さぁ、一緒に来てもらおうか、ゴッド・ジーン」

 ジーンの盾となっている小太郎の身体をどけようと男が手を伸ばしたとき、小太郎はすっと顔をあげニカッとジーンに笑いかけると、ジーンの涙をペロリと舐めた。

「ひえっ……?」

 驚いて涙を止めたジーンを満足げな顔で見ると、駒のように身体の向きを勢いよく変えた。

 身体の動きにそって、三つ編みにされた長い黒髪が弧を描く。ジーンの頭上をかすめ、小太郎の首に巻きつくように毛先が走り、眼前の男の頬と、銃をパシリと叩いた。

 男は何が起きたのかを理解するために数秒の時間を必要とし、理解すると頬をヒクヒクと小刻みにひきつらせた。

「シャビーモンキーが……よくも、よくも……」

 汚物に触れられた嫌悪感に顔を歪め、低く唸る。ワナワナと震える手で、何度も何度も小太郎の髪で叩かれた頬を拭う。

 それを面白そうに眺めていた小太郎は、額からアゴへとツーッと流れ落ちてきた血をペロリと舐めた。

「コタロウ、血が」

 ジーンは金の指輪をはめた両手の親指を合わせて、ジクジクと血を吹き出す小太郎の後頭部に手をかざす。親指にはめた金の指輪にはヒーリング(治癒)効果のある紋が刻まれているのだ。

 傷が治る気配はなかったが、止血することはできたようだ。それは、エフェクター相手に上出来といえた。エフェクターは精霊術を強制解除してしまう体質ゆえに、精霊術での治癒をほぼ受け付けない。

 ジーンはほっと息を吐く。そしてキッと顔を上げ爪先立ちになり、小太郎の肩越しに無理やり顔を出すと男を睨みつけた。

「ボクに用事なんだろっ。関係ない人間に乱暴すんなっ!」

 小太郎が手を上げ、ジーンを制す。

「もう客観的にも関係がある」

 そう言うと、ワナワナと怒りに震える男にニィイと笑みかけた。首に半回転して巻きついた三つ編みの毛先を持ち、男の鼻先をくすぐるように揺らす。

「アンタもそう思うよな?」

 男は答える代わりに三つ編みを持った手をバシンと銃身で叩くと、小太郎の額にグイと銃口を押しつけた。

「てめぇ殺してやる」

 血走った目で小太郎を見下ろし、撃鉄に指をかける。

 ジーンが悲鳴をあげた。

「やめろよっ、ボクが一緒に行けばいいんだろっ」

 小太郎は男から視線を逸らさず、心の底から思っているのだと相手に理解されるよう、力を込めてゆっくりと区切って言った。

「お・マ・エ・は・バ・カ・だ」

「……なっ」

 男の額に尋常ではない勢いで、筋が浮いていく。目に浮かんでいた蔑みの色は、怒りと憎しみに変わっていた。

 小太郎は肩を竦める。

「馬鹿って言ったんだ。わからないか? 悪いな、オレは西の言葉があんまり堪能じゃなくてね」

 と、流暢なロイヤルランゲージで小太郎は話す。

 ロイヤルランゲージは、西では上流階級の人間が使う言語であり、東の言語とは発音の仕方がまるで違うために、東の人間がロイヤルランゲージの発音を修得するのは難しい。

 男はヒュウと喉を鳴らした。何かを言おうとしたが、怒りのあまりに声にならなかった。

 ロイヤルランゲージを東のシャビーモンキーが使い、そして馬鹿だと言う。とんでもない侮辱だった。

 額にビッチリと密着させた銃におののくことなく、へらず口を叩くシャビーモンキーをいかに無様に地を這わせ殺してやるかを考える。血反吐をはき、泣き喚きながら死んでいくように――男はそれを想像することで、少し冷静さを保てた。

 自分の任務が何であるかを忘れてはいないからだ。しかし、それを小太郎の声が削る。

「お前、射角ってわかってっか? このまま撃てばジーンにケガをさせるぞ」

 男は眉をひそめた。小太郎の言葉が理解できなかった。

 小太郎は片眉を小器用にクイとあげてみせ、脇から額に張り付いた銃を指す。

「これだよ、これ」

 男が持っている銃――TT33は、安全装置が存在せず、引き金を引けば弾が出るシンプルな自動拳銃だ。ボトルネックカートリッジを使用しているため、弾速が速く貫通力に優れている。

 最近、どこかで大量生産されているらしく、安価で市場に出回るようになり、これを手にする者が増えていた。

 粗悪品も多いが、そんなことを気にせずに使う ならず者も多い。

「ムカつくことに、お前のほうがオレより背が高いんだ。いま額にはっつけてる銃も、ナナメに射角が入ってんだよ」

 男はさらに顔をゆがめた。

 だからどうだというのだ? 命乞いをするなら、もっと哀れにみじめったらしくすればいいものを。

 命乞いをしたからといって、許す気など毛頭ないが。全弾、モンキーの頭にぶちこんでやろう――そう考える。

 男は小太郎が脳漿を撒き散らす様を想像して、愉悦に少し口もとが緩んだ。それを見て、小太郎が溜息を吐く。

「おいおい、マジにわかってねぇの? 撃てばオレの頭を吹っ飛ばす――が、それだけじゃない。弾はオレの頭を貫通して、後ろにいるジーンにまで届くだろう。ジーンにケガをさせるぞ――確実に」

「……」

 小太郎の言うことはもっともだった。

 TT33に使われているボトルネックカートリッジは貫通力に優れているために、人体に留まらず突き抜けてしまう。

 男がかまえる銃の射線上には、小太郎の額、そしてゴッド・ジーンの脳天がある。

 ギリリと男は歯噛む――後ろにゴッドジーンがいなければ、脅しでなくすぐさま引き金を引いてやるものを。

 ジーンにケガをさせるわけにはいかない。『無傷で』と厳命されているのだ。

「撃ちたきゃ撃ってもいいが、ジーンにケガさせちゃ、マズイんじゃねぇの?」

「……下手な命乞いだな」

 銃をつきつけているという状況の優位性を崩すことはなく、男はやっと言葉を吐いた。

 このまま頭を吹っ飛ばせないのは残念でならないが、撃ち抜くのは足の甲でもかまわないのだ。撃ち抜かれた痛みで転げまわるところを心ゆくまで見物してから、頭に銃弾をくれてやればいい。

 男がそう考え、それを実行しようと腕の筋肉を震わせた瞬間、小太郎が動いた。

 銃を突きつける腕を垂直に蹴りあげ、銃をはじき上げる。銃は大きな放物線を描き、高く飛ぶ。小太郎は蹴りあげた勢いを殺さぬまま、地に残した片足で軽くジャンプすると、銃を蹴り上げた足のカカトを男の脳天に落とした。

 男は口から泡をふき、声もなくその場に崩れ落ちる。

 続けて、ゴツッと鈍い音が響き、屋根の上からライフルを手にした男が地面に叩きつけられた。脳天から血を吹き出している。小太郎が蹴り上げた銃が当たったのだ。1キロ近くある銃が降ってきたのだ、気絶して当然と言えた。

 小太郎がニヒッと笑う。してやったりと言いたげな顔だ。

「ええ!?」

 地面に倒れた男達を見てジーンは目を丸くした。

 向かいの屋根の上にライフルを手にした男が潜んでいたなど、ジーンはまったく気付いていなかった。

 すべてが一瞬の出来事だった。

「野郎っ!」

 ニヤニヤと笑いながら遠巻きに囲んでいた男達が色めきたつ。

「ぶっ殺してやるっ!」

「おっと銃は使うなよ、ジーンにケガをさせちまうぜ」

 ジーンにケガをさせる――男達はその言葉に怯んだ。

 小太郎は生まれた間を逃さなかった。すばやく左手に黒い手袋はめると、ジーンを両腕に抱き抱えて、通路をふさぐ男達の前に一気に詰め、身を沈めた。

 小太郎の長い三つ編みの毛先だけが男達の視界に残る。素早すぎて、小太郎の動きをまったく視認できなかったのだ。

 ジーンを抱えたまま、小太郎は刈り上げるようにして足払いをかけ、倒れていく男達を踏みつけながら通りへと飛び出した。

「ま、待て!」

 数人がすぐさま我に返りひっくり返った声をあげるが、小太郎は舌をペロリと見せるだけで、止まる気などモチロンない。グングンと加速する小太郎の後を、男達は慌てて追いかけだした。




***




 人で溢れかえる道をものともせず、人と人の間をすりぬける猫のように、小太郎は軽やかに駆けていく。ジーンを抱きかかえているのに、動きに不自由さは感じられない。

 その小太郎の腕の中で、ジーンはジタバタと暴れていた。

「バカ! 降ろせってば! 降ろせ、降ろせぇえええええ!」

 人前でお姫様抱っこが恥ずかしいとか、逃げるなら自分で走るとか。色々と言いたいことはあったが、それよりも重大なことがジーンを暴れさせていた。

「なぁーひ、ひってりゅんだよ(訳:なーに、言ってるんだよ)」

 ジーンに両頬を限界までひっぱられているため、まともに発音できない。

「石がダメになっちゃうぅうううううう!」

「らいひょーふ、らいひょーふ(訳:大丈夫、大丈夫)」

「んなわけないだろうっ、エフェクターのくせにぃいい!」

 ジーンが絶叫する。

「よふひれ、よふひれ(訳:よく見て、よく見て)」

 小太郎はジーンの身体を右腕に寄せ、少しだけ左腕に自由にし左手をひらひらとさせた。

頭を後ろにのけぞらせ、頬をひっぱるジーンの手から逃れる。

「ほら、手袋してるっしょ。これ絶縁手袋なの。IPO研究室特製のやつ、これ付けてるとエフェクトしないから安心して」

 IPO研究室には、ヴァリアントと精霊術の研究をしている課もあり、研究に協力している精霊術師もいると聞く。

「……ほんとに?」

 ジーンは絶叫するのをやめたが、疑い深い目で小太郎を睨む。

「ほんと、ほんと。オレ用に特別に作られたやつだから」

『お前って存在がこの世界の迷惑だ』と怒り狂いながら、研究室長のグリモアが作り出した手袋である。

 作り出した理由は、単純にして明解である。

 連邦警察の研究室で事件に関連した精霊術の道具や石を調べる前に、小太郎が事件現場でことごとくエフェクトしてしまうからだ。

(あいつは、いっつも怒ってるよなぁ)

 小太郎は走りながら呑気に思う。怒らせているのは自分であることを気にしていない。

 いまいち納得しきれていない顔で黙り込んだジーンに話しかける。

「これをつけてる間は大丈夫」

 頬に風を感じる速度で走っているのに、小太郎は息切れひとつしていない。

「ゴムみたいな材質だから、長時間は着けてられないんだけどな」

 なんで? とジーンは小首を傾げた。

「指先まで血がめぐらなくなっちまうから、手が腐って落ちる」

 材質の変更を申し入れているが、そのたびに『腐り落ちてしまえ!』とグリモアは怒鳴り喚き散らす。

 小太郎は気軽にいうが、現状のエフェクト絶縁の手袋を作り出すのにさえ、高度な技術と時間を要したのだ。今以上に高度な機能を持つ新しい材質を作り出すのは、簡単なことではない。小太郎がくるたびに、優秀な室長の血管がぷちっと切れて死ぬんじゃないかと、研究室関係者が怯えているのを小太郎は知らない。

「おっとと、イカンイカン」

 小太郎がふいにスピードをゆるめた。

 ジーンがはっとして顔を上げる。

「降ろせよ、自分で走る」

 自分が重たくてスピードが落ちたのだと思ったのだ。――それでなくとも、お姫様だっこのままでは恥ずかしくてならない。

「羽みたいに軽いからヘーキ」

 ぽーんとジーンの身体を宙に放りなげ、受け止める。

「ね?」

「でも」

 スピードをゆるめたじゃん――と睨み付ける。

「そんな心配しなくていいから」

「でも!」

「オレ様が駿足すぎて、アイツらが付いてこれなくなっちゃうからさ」

「……どういう、意味?」

 小太郎の肩越しに背後を見れば、先刻より追ってくる男達との距離が縮まっている。

 ジーンはふいに不安に襲われた。

「逃げてる、んだよね?」

 小太郎が大きな通りを選んで走っているのは、人混みにまぎれて逃げきるためだと思っていた。

 ジーンも逃げる時は、なるべく人混みに紛れ込むようにしている。人が少ない場所に逃げ込むのは得策ではない。

 人が多ければ、追跡者はこちらを見失う可能性が高いし、むやみに銃を使うわけにはいかなくなるからだ。

 小太郎はニカっと笑うと、唐突に足を止めた。

 ジーンをふわりと地面に立たせる。

「うん、なかなかイイ感じ」

 ご機嫌な顔で、小太郎は周囲を見回す。ジーンは唖然とした。

 小太郎が足を止めたのはバザールの中央なのだ。

 イルヴァーナのオークションが開かれる時期だけ、町の公園を開放して作られる借り設置のバザールのひとつ。

 オークションの時期には観光客が増えるため、ここのような借り設置のバザールが増える。

 もとが公園なだけに、観光客だけでなく散歩をしている地元民が多いし、大通りに設置できなかった屋台が所狭しと軒を連ねている。

「……な、に考えてんの、さ……」

「ここなら、やつらも銃を使わないだろ」

「そりゃ、そう、かもしれないけど……」

 これだけたくさんの人間で溢れているのだ。

 無差別殺人を厭わない人間なら話は別だが、人混みで銃を乱射する勇気を持っている者はそう多くはない。

 それにここで銃を使えば、普通のケンカと違い警察がすばやく駆けつけてくるだろう。

 ジーン達を逃がしてしまうだけでは、すまなくなる。

「あ、警察をアテにしてるんだ」

 小太郎の行動をなんとか納得しようとしたジーンに、小太郎はあっさりと首を横に振った。

「いんや、警察にこられてもオレが困る」

「じゃなに考えてんの!? 警察をアテにしてないなら逃げなきゃ! そもそもなんで警察に来られたら困るわけ!?」

「だって、アイツらぶっ飛ばしてねーもん」

 人指し指で自分の頭をつつく。

「コレの仕返しをしなくちゃなんないから」

 ケガをさせた本人にカカト落としを喰らわせたじゃないかとか、ついでに屋根から落とした人間だっているじゃないかとか。そんなことをしている暇があったら、可能なかぎり遠くに逃げるほうが得策じゃないかとか――ツッコミたいことがありすぎて、ジーンはどれからツッコんでいいのかわからなくなった。

 とにかく、説得するための言葉を考え、口にしようとした。

 しかし、もう遅かった。男達が追いついて、バザールに雪崩れ込んできたのだ。

 円陣を組むようにして2人を取り囲む。そして剣呑な気配を察した人々は、それをできるだけ遠巻きにした――が、バザールの活気は衰えることはない。

「ケンカだ!」

「ケンカだぞ!」

 どこか嬉しげな声がアチコチからあがる。

 イルヴァーナの人間は、この手の騒ぎに慣れているのだ。ケンカ程度は、見せ物のひとつくらいにしか考えていない。

 怯えているのは観光客くらいなものだった。

「いいねぇ、いいねぇ。この空気」

 全開の笑顔で、小太郎は嬉しそうに言う。

「良くないよっ、バカ!」

「だって、オレ」

 ガキ大将のような顔で、ニカっと笑う。

「ケンカするなら、観客いねぇと燃えないタチなんだもん」

「……」

 ジーンはクラリとした。言葉もないとは、まさにこのことだった。

 小太郎の瞳には一点の曇りもない。

 そりゃもう純真な子供のように目をキラキラと輝かせている。

 小太郎が本気で言っていると感じるだけに、ジーンは眩暈と頭痛に襲われていた。

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