Sleeping beauty?
「……で、ここに第四部隊を配備……に…部隊…に頼む…して」
どこからか低い声が聞こえてくる。
男の声なのはわかるが、いったい誰の声なのか。
「ここに……配備…かどうかそれ…連合が来るら…だ…」
ああ、聞き覚えがあると思えば。
お前か、ヨハンセン。
というか、俺の夢の中にまで出てくるな。
「これでいいとお……だとし…ら…ですよね、セントジョン隊長」
ええい、煩い。
いい加減に消えろ。
だいたいなんで俺はヨハンセンの夢なんか見てるんだ?
「………セントジョン隊長?………お~い、隊長、聞いてます?」
だから俺は貴様のゆ……めなのか?
ここはどこだ?
ずいぶんはっきりとヨハンセンの声が聞こえるということは…。
…。
………。
………………(汗)。
「き、聞こえているっ!!」
別に立ち上がる必要もないのにガタッと椅子を倒す勢いで立ち上がった。明らかに聞いていなかったと言っているような反応である。
彼の名前はジャレッド・セントジョン
天涯騎士団第八空挺団陸戦部隊の隊長である彼は、たった今、部下の前で微笑ましい失態を犯してしまいましたとさ。
「………よだれついてますよ」
いたずら大好きな副隊長のアクセル・ヨハンセンがジャレッドの口元を指差す。
本当は何もないのだが寝ぼけているのか予測範囲外のことだったのか、とっさに口元を拭ってしまったジャレッド。
まさに『寝ていました!!』と言わんばかりである。
ヨハンセンの嘘だと気付いてももう遅い。
たくさんの部下の前でとんでもなく恥ずかしい姿を晒してしまったジャレッドは穴があったら入りたい気分だった。
ミーティング中に居眠りをしていた自分が悪いのだが、いたずらを仕掛けたヨハンセンをキッと睨む。
「珍しいじゃないですか、隊長が居眠りなんて」
ヨハンセンは意識を飛ばしていたジャレッドを責める様子も見せず、のんびりと笑いながら答えた。ミーティングに参加していた部下たちの表情も柔らかい。
隊長の居眠りという由々しき事態にも関わらず和やかなムードなのは、ジャレッドの人望が厚いおかげなのか。
誰よりも、人一倍以上がんばっていることを知っている陸戦部隊の隊員たちはこんなことでジャレッドを咎めたりはしないのだ。
むしろ、こうやって人間らしい一面を見ることができてラッキーと思っているらしい。
「す、すまない…」
一応、部下に示しがつかないと思ったのか素直に謝るジャレッドだったが、部下たちは全然気にしていないようだ。
「いやぁ、実は俺も半分寝てました」
とか
「隊長は働きすぎなんですよ」
とか
「たまには仮眠を取ってくださいよ、私たちだけでも大丈夫です」
などと逆にジャレッドを気遣う発言が多く飛び交った。
確かに、開戦してからずっと満足に寝たことがない。気が休まることはないのだ。
哨戒機があるとは言え連続して大量に攻撃を受けたら、いくら不屈の第八空挺団といえども危うい事態になる。
「は~い、提案がありま~す。みんなもそう言ってることだし、隊長は仮眠室に直行するということでいかがですか?」
ずずいと手を挙げて提案したのは魔導戦闘機のエースパイロット、マリア・ウラジミールだ。
なんとも間抜けな発言だと思うが、うんうんと一斉にうなずく隊員たち。
「そんなことできるか。いつ連合が攻撃を再開してくるかわからんのだぞ?」
今はアリステアの地上でごちゃごちゃやっているようだが、アリステア独裁政府軍の艦隊との睨み合いはずっと続いている状態だ。アリステア解放戦線の衛星基地フォトン辺りを境界線として小競り合いが頻繁に勃発している。
ジャレッドたちの戦艦が駐留するポイントではここのところ大きな戦闘はないが、いつ独裁政府軍が攻めてくるかわからない。
「そんな戯言は目の下の隈を消してから言ってくださいな。部下に健康状態を心配されるような隊長では、まだまだね」
痛い一言だな。
自分の健康管理もできない隊長など。
「だが…いや、そうだな。今から仮眠を取るとするか。ヨハンセン、お前に任せるぞ。サポートを頼む」
あっさりとマリアの提案を受け入れたジャレッドはテキパキと指示を出していく。
「素直が一番ですね。隊長」
その姿を見ながら、ヨハンセンがうんうんと頷く。
マリアが第四空挺団から転属してきた頃から隊長としての風格がますます出てきたというか、あまり怒鳴らなくなった。ヨハンセンに対する態度は相変わらずなのだが、部下に対しては辛抱強く接する。
そして一番変わったことは、人を信頼するようになったことだ。
フォトン奪還戦役後は懐疑的で、何でも自分でやらなければすまなかったことも部下に託すようになった。
「あら、隊長はいつだって素直よ。ヨハンセン副隊長が気付かなかっただけ」
ジャレッドの後姿を見ながら、マリアは嬉しそうに微笑んだ。
私だけが気付いていた貴方のいいところ。
思いやりがあって、誠実なジャレッド。
「……それとマリア」
部下にあれこれ指示を出していたジャレッドがヨハンセンの隣に座っているマリアの方を振り返る。ヨハンセンとマリアが親しげに話していたものだから、少し眉を寄せて低い声を出す。
「何?」
マリアにも何か指示があるのだろうか。
魔導戦闘機に2、3書き加えたい魔法陣があると言っていたのでそれのことだろうと思っていたマリアだったが、予想は見事に外れた。
「お前も休め」
「私は愛機とデートの約束があるからそれは無理だわ」
いきなり休めとは何事だろう。
パイロットは出撃要請でもない限りそれほど過酷ではない。
何といってもエリートパイロットなのだ。しかも最近人員が増え、ずいぶんと楽になった。
エースパイロットのマリアはほぼ常に待機しているのだが、過去の教訓からジャレッドと違って適度に仮眠を取っているのでそれほど眠たくはない。といっても、慢性的な疲労は蓄積するばかりなのできついことには変わりはないのだが。
「……俺が出ない時はお前にも仕事はないだろうが。人の事を言う前に、自分の目の下の隈も何とかしろ」
ヨハンセンに嫉妬しているのかぶっきらぼうに命令するジャレッドだったが、本気でマリアの心配をしているようだ。
念入りに目の下の隈を消してきたはずなのに、それを見破るとは。
「命令ですか?」
「隊長命令だからな」
にやりと笑って片眉を上げるジャレッドに、目の下を両手で隠すマリア。一通り指示も出したので、ジャレッドは逃げようと画策しているマリアの腕をさっと取ると細い腰を抱きしめた。
この二人が付き合っていることは公然にも秘密ではないので、隊員たちの反応はいたって普通である。
「あ~、隊長。職権乱用ですか?」
「今度は俺も彼女と一緒の休暇くださいッ!」
「抜け駆けするなって、前もそうやって休暇取ったじゃんか」
「そーだそーだ、ということで今度は私の番でよろしくお願いします」
いたって普通……かどうかは定かではないが、納得いかないような顔のマリアを半ば引っ張りながら部屋を出て行くジャレッドは、何とか次の休暇の約束を取り付けようと声をかける隊員たちに見守られながら扉の向こうに姿を消してしまった。
「ま、このことはいつものように見なかったことにしておくよ~に!」
「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」
ヨハンセンが念を押すように言うが、それはみんなもわかっていることだ。
いわゆる『暗黙の了解』というやつである。
マリアが転属してくる理由になった上官の職権乱用事件への憤りはすっかり頭の中から抜け落ちたのか。
戦地で愛人を作りよろしくやっている同僚たちのことをよしと思っていなかったことも忘れてしまったのか。
ジャレッドは時たまだが、最愛の恋人と一緒に甘い時間を過ごすことがある…戦艦内で。
それは騎士として色々やばいだろうと思ったりする苦労人ヨハンセンだったが、ジャレッドがマリアを連れて行くということは相当疲れているということなのだ。
今回もご多分に漏れずってことか……。
あの人は放っておくとどこまでも無茶をするから、どうかその優しさで癒してやってくれ。
長年の副官としても戦友としてもヨハンセンはそう願う。
不器用なジャレッドは疲れたとかきついとか、人としての当然の不満を滅多に漏らすことはない。
マリアが唯一の安らげる場所なのだ。
戦友としてはなんだか複雑な心境だが、男には心底惚れた女にしか癒せない傷があるものだ。
「よしっ、隊長殿にしっかり休んでもらう為にがんばりますかね」
「副隊長だけでは不安なので、俺たちもサポートしますよ」
「……やっぱり?」
やる気を出したはいいものの、すぐさま部下に突っ込まれて肩を落とすヨハンセンであった。
「もう、私は仮眠なんか取らなくっても大丈夫なのに」
仮眠室に引きずられるようにして連れてこられたマリアが不満を漏らす。
ジャレッドはそんなマリアに構うことなくテキパキと上着を脱いでダサいアンダーウェアになった。
「ジャレッド?」
「………俺が大丈夫じゃない」
ぼすっと身体をベッドに沈めて、ジャレッドがくぐもった声で答える。
これは。
本当に眠たかったのだ。
マリアがジャレッドの手を握ると、かなり体温が上がっていた。ここまで体温が上がると、居眠りをしたくなるのもわかるというものだ。
「しょうがない、私も付き合ってあげるかな」
「……ん」
ジャレッドはもはや半分以上夢の中。
マリアはジャレッドを起こさないように制服を脱ぐと隣に滑り込んだ。寝ぼけながらもマリアの温もりを求めて抱きしめるジャレッドにそっと囁く。
「みんな心配してるんだからね、人望の厚い隊長さん?……もちろん一番心配してるのは私だけど。…いつも思うんだけど、ジャレッドは睫毛が長いのねぇ。うらやましいわ」
夢か現か。
優しい囁きを子守唄に。
閉ざされたアイスブルーの瞳が見る夢の先。
そこにはきっと愛しい恋人の姿が。
SFファンタジー 宇宙の涯の物語から抜粋。
別サイトより転載。