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2-1.宙ぶらりん

乾果那いぬいかな長谷川暁はせがわさとると横断歩道で別れてから、半月程が過ぎようとしていた。


社内恋愛とはいえ、部署もフロアも違う二人。

暁は営業職なので社外に出ることが殆どで、今の二人のことを知るものは殆どいなかった。

それがいいのか悪いのか、何事もなくすぎる日々に、

果那はもう自然消滅でいいのではないかと思うようにもなっていた。


あれから何度も連絡しても、メールにも電話にも無反応の暁に、

それ以上何かすることが考えられなかった。

康祐くんも相手がそうなら仕方ないんじゃないの、と言っていたし。


「あれ、もうこんな時間か。めぐみたちに連絡しておかなきゃ。」


果那はフロアの柱にかかっている時計に目をやり、

ようやく手直しの終了した資料をプリントアウトした。

必要な部数をホチキスで留めると、ケータイを取り出して短大時代の友達に少し遅れるとメールを打った。

今日は久しぶりにいつもの四人で食事をすることになっている。


サークルからOB会への招待状が届いたのだ。

全員出席に決まっているだろうが、その話をすることを理由に集まるのだ。

果那は女子短大だったが、その近くにある現在康祐が通う私立大学のテニスサークルから勧誘が来ていて、そこに参加していた。


3月になると卒業生の追いコンと同じ頃にOB会が企画されている。

昔はなかったのだが、就職難と晩婚が続く中、少しでもきっかけがあればと幹事たちが考えたらしい。卒業後5年くらいは招待されている。


果那は出来上がった資料を手に、明日の会議に出席するマネージャの席を回って歩いた。

果那の上司が作った資料に不備があり、その上司に今日は結婚記念日だからと頼まれた訂正作業。

今どき仲のいい夫婦なんていいですね、と二つ返事で請け負ったのだが、

予想外に手間がかかってしまった。


最後に、一階の営業部のフロアへ降りた。

今日はノー残業デーなので殆どの部署で人気がなかったが、営業部は明かりがついていた。

そっとドアの羽目ガラスから様子を伺う。

営業部に残っていたのは、長谷川暁一人だった。

果那はにわかに緊張して、大きく何度か息を吸った。


「仕事だから、書類を置いてくるだけだから。」


でも、話をしたいというなら今がチャンスかもしれない。

果那は迷ったがやはり決められず、運を天に任せてドアノブを引いた。


「お、お疲れ様です。」


小さく声をかけて中に入ると、ドアの音に驚いた暁が振り向いた。

そして、果那を確認するとフイ、と顔をそむけてデスクに向かった。

果那はそのまま進み、暁の後ろを通ってマネージャの席まで来て、口を開いた。


「や、山下マネージャの席はここですよね?」


暁はチラリと目だけ果那に向けて、頷いた。

果那はひきつりそうになりながらなんとか笑顔を作って会釈をすると、資料を机に置いた。


「あの、まだ残っているんですか。」


「・・・・」


「私はこれでお先に失礼します。」


「・・・お疲れ様。」


暁がパソコンに向かったまま口を開いた。

果那は暁が返事をしたので、そのまましゃべり続けた。


「あの、ケータイに何度も連絡したんだけど、どうして出てくれないの、かな。」


また暁は無言だ。


「できたら今度、話をする時間が欲しいんだけど。」

「私たち、もう別れちゃったのかな?」


「そっちが好きじゃなかったんだから終わってるんだろ。」


ぶっきらぼうに暁が答えた。


「わ、私は暁さんが好きだったよ、本当に。だって、好きじゃなきゃ・・・」


果那は口ごもった。

ようやく暁が椅子を回して果那と向かい合う。


「好きじゃなきゃなんだよ。」

「好きじゃなきゃ、できないことたくさん、あるし。」


果那は小さい声で言った。


「なに?」

「・・・色々考えて、もっとちゃんと私を解ってもらいたいって思ったの。もっとダメなところもたくさんあるけど、全部素直に見せてから、駄目かどうか決めてもらいたい、なって・・・好きなのは本当だよ、だって、私の初めての・・・・」


果那は恥ずかしさに目を瞑ってうつむいていた。

ふと、指先を握られ目を開くと、暁が椅子に座ったまま果那の顔を覗き込んでいた。


「俺も、ずっと考えていたよ。果那が遠慮してるのわかっていて、それが気に食わなくて、なのになんでただ黙っているだけで自分から果那のことたくさん聞いてあげなかったんだろうって。俺も本当に好きだったのかどうかって。」


暁はいつもの優しい顔で果那を見ていた。


「ケータイとか、出なくてごめん。俺もよく考えたかったんだ。それに、ちょっとずるいけど、果那から来てくれることを待ってた。」


果那はほっとして微笑んだ。


「来週とか、時間ある?」

「それが、いろいろ出張が重なってて。客先と研修とで体が空くのが来月になりそうなんだ。」

「そっか・・・」


暁はすまなそうに果那の頭をくしゃっと撫でた。


「メールも電話もちゃんと出るから。俺もかけるし。

だけど、ちゃんとした話は顔を見て話したいな。」


果那は頷いた。そしてふと時計に目をやり声を上げた。


「しまった、待ち合わせに1時間も遅れちゃう!」

「え?」

「今日は短大の友達と会う約束だったのに、急に残業になっちゃって。とりあえずあの、メールするね!」


果那が慌てて立ち去ろうとすると、暁が立ち上がって果那を引き寄せた。


「急に元気になるなよ、まだお互い答え出してないんだから。」


苦笑交じりの声が体を伝わって耳に届くと、果那は暁の胸の中で少しだけ緊張した。


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